独自のブッキングと上質な空間が多くの音楽ファンに愛されてきたビルボードライブ。今春にはUK新世代ジャズシーンの最先端アクトが次々と登場して話題を呼んだ。この来日ラッシュをジャズ評論家・柳樂光隆が総括。

『We Out Here』以降の成長過程

2010年代の後半あたりから、イギリスのジャズシーンが一気に盛り上がり始めた。これまでジャズ不毛の地だった国で、若いアーティストが次々と頭角を現わし、ライブには若いオーディエンスが大勢押しかける。その活況が世界的に認知されるようになったきっかけは、ジャイルス・ピーターソンが編纂した2018年のコンピレーション『We Out Here』。そこにはシャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシア、エズラ・コレクティヴ及びジョー・アーモン・ジョーンズといった重要人物たちの楽曲が、シーンの熱気と共に収められていた。

この新しいムーブメントを、日本にいち早く届けたヴェニューがビルボードライブだった。UKジャズ隆盛のきっかけになったと言われる伝説のユニット、ユセフ・カマールを2017年に招聘したあと、2019年にもジョー・アーモン・ジョーンズやカマール・ウィリアムス(元ユセフ・カマールの片割れ、ヘンリー・ウー)を呼び、2020年2月にはジョーも参加するシーンの最重要グループ、エズラ・コレクティヴの初来日公演も実現させている。だが、まさにその時期からコロナ禍が深刻化したため、大阪公演こそ開催できたものの、東京はあえなくキャンセルの憂き目に。日本でも話題になりだしたタイミングで、UKジャズの勢いにストップがかかってしまった。

あれから3年を経て、今年3月にエズラ・コレクティヴがついに再来日。東京公演はソールドアウトとなり、事実上のリベンジ公演は近年の鬱憤を晴らすかのような大賑わい。日本におけるUKジャズ普及のリスタートを示すような快演だった。


エズラ・コレクティヴ(Photo by Masanori Naruse)

僕が本誌WEBで行ったインタビューでも語っていたように、グライム、レゲエ、アフロビートなどが組み合わさった彼らの音楽はまさしくダンスミュージック。ホーンセクションの2人が楽器を吹きながら客席を2階席まで練り歩き、グルーヴィーな演奏でこれでもかと煽ることで、着席スタイルのビルボードライブで観客が踊りまくる。そのスペシャルな光景にも、バンドが標榜する「Joyful Vibrations」が感じられた。

僕は2020年の大阪公演も観ているが、彼らのステージングは当時よりあらゆる面でレベルアップしていたように思う。流行り始めた頃のUKジャズは粗さも目立ったが、この3年間でシーン全体が底上げされ、見違えるほどに成長したことをエズラのパフォーマンスは物語っていた。そして、ここからビルボードライブを舞台とした怒涛の来日ラッシュが始まる。


ヤスミン・レイシー(Photo by cherry chill will.)

5月初旬にはヤスミン・レイシーが初来日。UKジャズの新鋭が集ったブルーノート・レーベルの再解釈企画『Blue Note Re:imagined』にも抜擢されたシンガーソングライターで、UKならではのネオソウルを提示した1stアルバム『Voice Note』を引っ提げての出演となった。彼女はその柔らかな声を活かし、ジャズもソウルもR&Bもレゲエも軽やかにフロウしながら物語を紡いでいく。さらにバンドメンバーも、ピアノのサラ・タンディなど『We Out Here』以降のシーンで引く手数多の名手揃い。ベースラインを軸にした独自のグルーヴを生み出すリズムセクションに、サラ・タンディは巧みに和音を乗せてヤスミンの歌を彩る。そして、UKシーンの先輩であるザラ・マクファーレンや、もっと遡ればシャーデーにも通じるヤスミンの声が、ゆったりと宙を舞っていった。


ヴィレッジ・オブ・ザ・サン(Photo by Masanori Naruse)

その2週間後には、ベースメント・ジャックスのサイモン・ラトクリフ率いるヴィレッジ・オブ・ザ・サンが登場。ここで注目すべきは、デュオとしても活動している2人の重要プレイヤーが参加していたこと。シーン屈指のサックス奏者にして、UKジャズを語るうえで欠かせない教育団体「Tomorrow's Warriors」の指導者でもあるビンカー・ゴールディングと、『We Out Here』への参加やビヨンセの起用でも知られるドラマーのモーゼス・ボイドにとっても本邦初ステージとなった(しかも、サラ・タンディが早くも再来日して出演)。スピリチュアル・ジャズ系のサウンドを軸に、シンプルな構成とグルーヴを維持しながらひたすら即興していくスタイルなので、必然的に個々人のソロパートが長くなり、即興能力の高さが爆発。ビンカーは芯のある力強い音色で途切れることのないフレーズを吹き続け、モーゼス・ボイドは独特のセッティングを活かし、アンサンブルを唯一無二のものへと塗り替えていった。

特異なポジションにいる2組

ここまでの3公演では『We Out Here』周辺のキーマンたちが活躍していたが、6月に来日したアルファ・ミストとマンスール・ブラウンは、また別の角度からUKジャズの充実ぶりを感じさせてくれた。


アルファ・ミスト(Photo by cherry chill will.)

アルファ・ミストは特異な立ち位置にいて、J・ディラの影響を公言し、トム・ミッシュとのコラボでも知られるビートメイカーでありながら、独学でピアノを身につけた鍵盤奏者でもある。彼が率いるバンドの演奏は、コンテンポラリージャズの要素もありつつ、メランコリックでくぐもったフィーリングはローファイ・ヒップホップ的で、そこにも独自のバランスが感じられた。さらにアルファ・ミストは、バンドリーダーとしても卓越した指導力を発揮しており、バラバラな個性をもつ奏者たちをのびのびと機能させながら、的確にまとめ上げていく。そのなかで際立っていたのはドラマーのジャス・カイザー。UKジャズの大半がリズムで「踊らせる」作りであるのに対し、アメリカの先端スタイルも取り入れた彼女の演奏はリズムを「聞かせる」もので、明らかにアンサンブルの軸を担っていた。


マンスール・ブラウン(Photo by Masanori Naruse)

そして、UKジャズ最大の謎といっても過言ではないのが、ギタリストのマンスール・ブラウン。『We Out Here』にもトライフォースというグループで参加していたり、アルファ・ミストらとコラボEPを発表するなどシーンとの接点は少なくないのだが、周囲とは似ても似つかぬ音楽性を貫き通している。影響源を尋ねてもトラヴィス・スコット、マイク・ディーン、ルドウィグ・ゴランソン、ブリアルなど普通のジャズ・ミュージシャンからは出てこないような名前ばかり。「日本語の響きは美しくて、描きたい感情を鏡のように映し出してくれる」と本人は語っているが、日本語のタイトルを冠したリーダー作には孤高のサウンドが詰まっていた。

そんな彼のステージは、音源を遥かに上回るほど衝撃的だった。音源では作りこまれたダウナーな世界観が魅力だったが、ライブではエレクトロニック・ミュージック的ともいえる質感を大量のエフェクターと3つのアンプで作り上げ、ほぼメタルと言ってもいいほどにギターを弾き倒し、タッピング奏法までやってのける。しかも、主役の分厚いギターを中心に、バンドの4人で爆音を鳴らし、重低音が身体にまで響いてくる。ここまで迫力ある音を出せるビルボードライブにも驚いたが、こんなふうに音響システムの限界を試すような音楽をやるミュージシャンが、まさかUKジャズの界隈から出てくるとは思わなかった。

今回振り返った5公演は、2023年現在のUKジャズがどのような状況で、そこからどんな音楽が生まれているのかを幅広く伝えてくれた。『We Out Here』はリリース5周年を迎え、その頃に注目を浴びたミュージシャンたちは成長し、音楽性を洗練させながら、それぞれの独自性を追求している。シーンの行く末は知る由もないが、可能性が無限に広がっていることは間違いないだろう。今後も来日が続くことを期待したい。

ビルボードライブ今後の注目公演

José James
ON & ON -sings BADU-



稀代の歌い手がエリカ・バドゥをカバー

スモーキーかつメロウな歌声と、ジャズを拡張する独自のセンスで知られるホセ・ジェイムズ。これまでに何度もビルボードライブ公演を行ってきた彼が、ネオソウルの女王エリカ・バドゥの代表曲をカバーしたトリビュート作『On & On: Jose James Sings Badu』をパフォーマンスするプレミアムステージを開催する。本誌WEB掲載のインタビューで、エリカの功績について「ヒップホップを理解するジャズ・シンガーの先駆け」「ここ25年のジャズにおける最重要人物」と力説していたホセ。自身の楽曲に加えて、敬愛する彼女の名曲たちが鮮やかに蘇る。

2023年7月31日(月)・8月1日(火)ビルボードライブ東京
1stステージ OPEN 16:30 / START 17:30
2ndステージ OPEN 19:30 / START 20:30
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2023年8月3日(木)ビルボードライブ大阪
1stステージ OPEN 16:30 / START 17:30
2ndステージ OPEN 19:30 / START 20:30
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サービスエリア 9,000円
カジュアルエリア 8,700円(1ドリンク付)

Karla Bonoff & Livingston Taylor



70年代シンガーソングライターの夢共演

カーラ・ボノフは70年代のアメリカ西海岸を代表するシンガーソングライター。1977年の2ndアルバム『Restless Nights (ささやく夜)』などで知られ、繊細なメロディと飾らない歌声が愛されてきた。かたや「リヴ」ことリヴィングストン・テイラーは、カーラとも親交のあるジェイムス・テイラーを兄に持ち、ハートウォーミングな歌と味わい深いギターで名曲の数々を届けている。そんな2人のレジェンドが、昨年12月のホリデーシーズンを祝すツアー「Home for the Holidays Tour」を経てビルボードライブに登場。貴重な共演ステージをお見逃しなく。

2023年9月1日(金)ビルボードライブ東京
1stステージ OPEN 16:30 / START 17:30
2ndステージ OPEN 19:30 / START 20:30

2023年9月2日(土)ビルボードライブ東京
1stステージ OPEN 15:30 / START 16:30
2ndステージ OPEN 18:30 / START 19:30
サービスエリア¥9,000-
カジュアルエリア¥8,500-(1ドリンク付)
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2023年9月4日(月)ビルボードライブ横浜
開場16:30 開演17:30 / 開場19:30 開演20:30
サービスエリア指定席¥9,000-
カジュアルセンター指定席¥9,600-(1ドリンク付)
カジュアルサイド指定席¥8,500-(1ドリンク付)
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2023年9月6日(水)ビルボードライブ大阪
開場16:30 開演17:30 / 開場19:30 開演20:30
サービスエリア¥9,000-
カジュアルエリア¥7,500-(1ドリンク付)
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dvsn



ドレイク主宰レーベルの先鋭R&Bデュオ

ドレイクが率いる「OVO Sound」所属のR&Bデュオ、dvsn(ディヴィジョン)が待望の初来日。彼のヒット曲「One Dance」「Hotline Bling」なども手掛けたプロデューサーのナインティーン85と、シンガーのダニエル・デーリーによって2015年にトロントで結成。翌年発表のデビューアルバム『Sept.5th』は世界中のR&Bファンに絶賛され、その勢いは2022年の最新アルバム『Working on My Karma』でも留まることを知らない。90年代R&Bを想起させる高品質サウンド、セクシーで美しいファルセットに酔いしれながら、シーンの最前線を体感してほしい。

2023年9月4日(月)大阪・ビルボードライブ大阪
1stステージ OPEN 17:00 / START 18:00
2ndステージ OPEN 20:00 / START 21:00
サービスエリア 11,300円
カジュアルエリア 11,300円(1ドリンク付)
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2023年9月6日(水)・7日(木)東京・ビルボードライブ東京
1stステージ OPEN 17:00 / START 18:00
2ndステージ OPEN 20:00 / START 21:00
サービスエリア 11,300円
カジュアルエリア 10,800円(1ドリンク付)
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Terrace Martin



ケンドリック・ラマーも手掛けた実力者

テラス・マーティンはジャズとヒップホップを繋ぐ現代最重要プロデューサーとして、ケンドリック・ラマーの歴史的名作『To Pimp A Butterfly』を筆頭に、スヌープ・ドッグ、トラヴィス・スコットなど錚々たるトップ・アーティストの作品を手掛けてきた。さらに、マルチ奏者としても一級品のスキルを誇り、今春にはロバート・グラスパー、カマシ・ワシントンとの豪華プロジェクト「ディナー・パーティー」での初来日ステージを成功させたばかり。自身の名義では6年ぶりとなるビルボードライブ公演で、どのような最新モードを見せてくれるのか。

2023年9月11日(月)ビルボードライブ横浜
1stステージ OPEN 16:30 / START 17:30
2ndステージ OPEN 19:30 / START 20:30
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2023年9月12日(火)ビルボードライブ大阪
1stステージ OPEN 16:30 / START 17:30
2ndステージ OPEN 19:30 / START 20:30
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2023年9月14日(木)9月15日(金)ビルボードライブ東京
1stステージ OPEN 16:30 / START 17:30
2ndステージ OPEN 19:30 / START 20:30
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サービスエリア 9,800円
カジュアルエリア 9,300円(1ドリンク付)

Mndsgn & The Rare Pleasures
with Devin Morrison



Stones Throwの顔、バンドセットで登場

10代からビートメイキングを始め、これまで代表作『Yawn Zen』『Body Wash』『Rare Pleasure』のアルバム3枚を米西海岸の名門レーベルStones Throwからリリース、現在ではレーベルの看板アーティストの一人となった。ヒップホップをベースにソウル、ファンク、R&B、ジャズなどの要素を独自のフィルターで融合させ、その唯一無二のスタイルで世界中の音楽ファンを魅了している。バンドメンバーにはLA新世代ミュージシャンのドリームチームが集結。また、ゲストには現代を代表するR&Bシンガーソングライター/プロデューサーのデヴィン・モリソンを迎えている。ファン待望の現行LAシーン最重要人物達によるステージは必見だ。

2023年9月13日(水)ビルボードライブ東京
1stステージ Open 16:30 / Start 17:30
2ndステージ Open 19:30 / Start 20:30
サービスエリア 8,900円
カジュアルエリア 8,400円(1ドリンク付)