フランクフルトに加入したマリオ・ゲッツェ【写真:Getty Images】

写真拡大

【ドイツ発コラム】新加入組でレギュラーポジションをほぼ確実にした元ドイツ代表MFに注目

 ドイツカップ(DFBポカール)1回戦で2部のマクデブルクに4-0で快勝したフランクフルト。

 1部クラブが2部クラブに勝ったのだから騒ぐことはないというほど、当たり前の出来事ではない。

 カップ戦はいろんなことが起こる。今季でいえばUEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場クラブのレバークーゼンが1回戦で3部のエルフェアスベルクに負けているし、原口元気がプレーするウニオン・ベルリンも4部ケムニッツに延長戦の末に辛くも2-1勝利。フランクフルトにしても昨季は1回戦で3部のマンハイムに0-2で敗退している。

 シーズンが始まったばかりの段階だからまだチームとしてまとまりが生まれていないことも多々ある。そんななか、フランクフルトが順当な勝利を挙げたという事実は、昨季作り上げたチームとしてのベースを壊さずに今季に向けてスタートが切れている証だ。

 オリバー・グラスナー監督はプレシーズンでシステムやポジションにおける実験をほとんどせず、昨季からの戦い方を踏襲した。グラスナー監督は言う。

「なぜ、システムをどんどん変えたりしなかったのかという理由はシンプルだ。昨季からプレーしている選手は自分たちのプレースタイルが血となり、肉となっているからだ。新しく加入した選手は、まずそれを自分のものとしなければならない。トレーニングで彼らはまだ多くの局面で考えすぎているのが見てとれるはずだ」

 電撃的にプロ選手としての引退を表明したマルティン・ヒンターエッガー以外、昨季主力としてプレーしていた選手は全員フランクフルトに残留している。移籍市場が閉まるまでいくらかの変化は起こり得るかもしれないが、チーム内に確かな継続性があるのは、今季に向けて大きなメリットとなる。

 そんなフランクフルトにおいて唯一、新加入組でレギュラーポジションをほぼ確実にしているのが、元ドイツ代表MFマリオ・ゲッツェだ。2014年ブラジル・ワールドカップ(W杯)では決勝戦のアルゼンチン戦で途中出場を果たすと、延長後半に左サイドからのクロスを見事な胸トラップボレーで値千金のゴールを決め、ドイツに4度目のタイトルをもたらした選手だ。

 天才児と呼ばれ、今後しばらくはゲッツェの時代が続くとさえ思われていた。W杯終了後にはドルトムントからジョゼップ・グアルディオラ監督が就任したバイエルン・ミュンヘンへと移籍。まずまずの出場数とゴールやアシスト数を記録したものの、絶対的に必要な主軸にはなれなかった。

 かつての恩師ユルゲン・クロップからリバプールへの移籍を誘われたが、ゲッツェは古巣ドルトムントへの帰還を決断。だが、病気や負傷の影響もあり、トップフォームを取り戻せずに、苦しい時代が続いていた。

プレッシャーから解放され、楽しむ感覚を取り戻したオランダ移籍が転機に

 転機となったのはオランダリーグのPSVへ移籍したことだろう。ドイツを離れたことで、メディアからの尋常ならぬプレッシャーから解放されたゲッツェは、ドイツ人指揮官ロジャー・シュミット(当時)の下、サッカーに集中できる環境で、サッカーを楽しむ感覚を取り戻していった。

 そんなゲッツェはフランクフルトが熱望していたピースだった。UEFAヨーロッパリーグで優勝したとはいえ、リーグでは11位止まり。特にペナルティーエリア付近で守備を固める相手を打ち破る術が十分ではなく、不用意なミスからカウンターを受けては失点を繰り返す悪癖を解消できないでいた。

 日本代表MF鎌田大地が奮闘するも、変化をつけられるのが鎌田一枚なら、相手はそこさえ押さえればなんとかなる。爆発的な突破力を誇るフィリップ・コスティッチが左サイドにいるが、そこへのパスが予想できたら、相手はそこに最初から2枚の選手をおいて対応できる。

 入団会見でその点を聞かれたゲッツェは落ち着いた様子で次のように答えていた。

「監督がどういうプレーをするかを決める。僕の強みは最後のところで守備を固める相手に対してスペースを崩すこと。チームのために、僕のプレーで貢献したい。自分のパフォーマンスを可能な限り引き出したい」

 以前はメディアからの質問に神経質になったり、気持ちを乱されたりしていたこともあったが、ゲッツェももう30歳。さまざまな経験を積み、ハードルを乗り越えて、成熟した1人の男がそこにいた。

「メディアで言われるあれこれとは違うテーマを持って取り組んでいる。大事なのはプレーを楽しむこと。そしてピッチで、自分のパフォーマンスを出すこと。満員のスタジアムでプレーできることが楽しいし、トレーニングをして、プレーをして、ゲームに出てという毎日が素晴らしい。ここ数年間のことは僕にとっては過去のことだ。前を見ている。自分の、自分たちの課題に取り組んでいく」

 獲得を熱望した選手だけに、グラスナー監督はゲッツェの能力を最大限に信頼している。

「『私におかしなことを言わせないでくれ。君のほうが僕よりもずっとスペースを見つけ出すことができる。君のクリエイティブさをもたらしてくれ』って言ったよ」

巧みなパスやドリブルで攻撃をけん引、鎌田がより生きる可能性も

 ドイツカップのマクデブルク戦では相手の隙を突いた巧みなパスやドリブルで攻撃をけん引。そしてゲッツェが加わったことで相手のマークがそちらに引き付けられ、鎌田がよりフリーになれ、生きる局面が増えている。このメリットは大きい。

 CLに挑戦するフランクフルトにとってゲッツェの存在感はどんどん大きくなっている。ブンデスリーガ開幕戦では古巣バイエルンとの対戦。これも運命だろうか。ドルトムントでの最後の対戦相手もまたバイエルンだったのだ。記者会見でそのことを聞いたゲッツェはちょっと驚いて、そのあとにニコッと笑って話をした。

「バイエルンもあの時からいろいろと変わっているから。バイエルンやドルトムントとの対戦は特別だし、楽しみ。開幕戦でバイエルン。それもホームで戦えるのは素晴らしい」

 金曜日に始まるブンデスリーガでゲッツェが好プレーを披露し続けたら、9月の代表戦で招集される可能性だって出てくる。期待をしたくなる選手。それがゲッツェだ。(中野吉之伴 / Kichinosuke Nakano)