※この記事は2012年09月29日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第239回

　約300人の死者を出した、2009年にイタリア中部で発生した地震について、直前に安全宣言を出して被害を拡大したとして、科学者や政府防災局の幹部が過失致死罪に問われている。検察は禁錮４年を求刑しているという。(*1)

　もうなんか、疑問とか怒りとかを通り越して、ただただ情けない。
　なにが情けないかって、このニュースに対して、「昔、確かに人権を大切にしていたはずの人たち」が「日本の安全神話への責任追及は？」などという文脈で、賛同的な態度を示しているということだ。

　地震予知は未だ困難である。地震大国日本においても初期微動と主要動の伝達のズレを利用した緊急地震速報を実用化するのが精一杯で、どの地域にどのような規模の地震がいつ発生するのかというレベルの予知は、いまだに十分な精度を持っていない。緊急地震速報だって、「たくさん緊急地震速報は発生するけど、大した揺れではない」ということが大半だ。私たちは地震予知や先立っての予測の難しさを震災後に実体験として学んだはずである。ましてやイタリアで十分な予知、予測ができるとは思えない。

　だから無責任でいいと言いたいわけではない。もちろん災害被害拡大の責任をとって、彼らにポストからの辞任を要求したり、反省を促すことは必要だろう。しかし、今回の場合は刑事罰である。これは責任の取らせ方としては有無を言わさぬ異様な方法ではないか。

　いわゆるネトウヨが「日本なら、民主党議員も逮捕だなｗｗｗｗ」というコメントを残すのなら分かる。彼らが政敵を駆逐するために、臆面もなく警察権力を利用しようというのは、その民主主義からかけ離れた思想からして当然の話だ。ネトウヨが敬愛しすぎて親近憎悪の感情を抱く韓国では、元大統領が逮捕されたり殺されたりするのは当たり前らしく、そういう国にしたいと願っているのだろう。

　しかし、震災以前までは「反権力・人権・自由」ということでやってきたはず人たちが、原発憎しのあまりにそれと同じレベルの発言をしてしまう。そのことが僕には本当に情けない。一昨年までの彼ら自身だって、このニュースに賛同している自分の姿を見せたら「私はいったいどうなってしまったんだ！？」と恐れ慄くに違いない。彼らは震災以降、それほどまでに転向してしまった。

　安全であるという見解を見せて、実際に被害が起きたら逮捕をするというなら、政府も科学者もどれほど小さなリスクに対しても、過剰に対応しなければならなくなる。

　例えば、商店街で犯罪が起きるかもしれないので、監視カメラをいたるところに設置する必要があるだろう。また近所にホームレスや障碍者といった「私達とは違う人」のための施設を設置することにも反対しなければならない。彼らが子供たちに何をするかなど「分からない」のだから。もちろん、性犯罪の前科がある人間など、犯罪予備軍なのだから、GPSでもなんでもくっつけて行動を管理監視しなければならない。非正規労働者の単身男性など、世の中にどんな不満を持っていて、いつ女児を襲ったり、通り魔事件を起こしてもおかしくないのだから、全員牢屋行きである。実際に被害が起きてからでは遅いのだから。子供を守れ！　社会を守れ！　予防原則の徹底だ！！

　俺達は、そうした予防原則を当然とした警察化の動きに対して、民主主義社会における当然の文脈から、ずーっと批判を加えてきたんだろうが！　それがいったいなんだ！　こんなあからさまで安易な、単に地震の憂さばらしでしかない報復措置に対して、なんら批判できず、それどころか日本国内でも適用しろと示唆する元左派の連中は！！　いつからお前らはBig Brotherの信奉者になったんだ！　クソったれめ！

*1：専門家らに禁錮4年求刑＝ラクイラ地震予知失敗で―伊検察 （時事通信） - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120926-00000017-jij-int

プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

・@T_akagi - Twitter