「尊厳死法制化」は周囲の人間から”自殺を止める権利”を奪う―「尊厳死の法制化を認めない市民の会」呼びかけ人・川口有美子氏インタビュー - BLOGOS編集部
※この記事は2012年09月14日にBLOGOSで公開されたものです
現代社会の問題点を改めて提示する新感覚のインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。第９回目は、「尊厳死」をテーマに、NPO法人ALS／MNDサポートセンターさくら会の理事を勤める川口有美子さんにインタビューさせていただきました。川口さんは、著書『逝かない身体―ALS的日常を生きる』で、ALS（筋萎縮性側索硬化症）に罹患した母親との十年以上にわたる介護生活を描写し、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しています。現在、一部で進みつつある「尊厳死法制化」の問題点を中心にお話いただきました。【取材・執筆：永田 正行（BLOGOS編集部）】
※本シリーズは、毎月SYNODOSに寄稿している論者のインタビュー記事を掲載し、その記事への疑問や異論・反論に対する回答記事を掲載するという方式を採用しています。記事へのご意見は、コメントフォームおよび議論ページにお寄せください。締め切りは9月18日（火）正午とさせていただきます。次回の記事掲載日は26日（水）を予定しております。
「死」に対する抵抗感が薄れつつある
―そもそも「尊厳死」とはどういったことを指すのでしょうか？「安楽死」とどう違うのか、など定義があれば教えてください。
川口有美子氏（以下、川口）：はっきり定義はできませんが、尊厳と死をくっつけて、「尊厳死」とする言葉の生成自体を疑問に思っている人がいます。「尊厳死」という言葉自体が「許せない・有り得ない」という。死ぬまでは「尊厳生」であるべきだと
ですが、一般的には「尊厳死」という言葉は市民権を得ているというか、理想的な死に方をイメージさせる言葉になってきていますよね。「尊厳死したい」という人の気持ちもわかります。この場合の「尊厳死」というのは、最期まで大事にされて、満足して、亡くなるということですよね。家族や友人に看取られて人生に折り合いをつけて死ぬことを「尊厳死」というのだろうなと思います。
こうしてみると「尊厳死」という言葉の捉え方には、いろいろあるので、無理に定義しなくてもいいと思うんですよ。なので、まず「尊厳死」したいと思っている方たちに、この言葉に不快感を持っている人もいるよ、ということを知ってもらいたいのです。
優生保護法などの政策を積極的に打ち出した国会議員、太田典礼が設立した「日本安楽死協会」は、1983年に「日本尊厳死協会」と名称を変更したら会員が増え出しました。「安楽死」では、老人や障がい者などの弱者切り捨てのイメージが強く、社会的に認知されにくかったのです。典礼は７３年に『安楽死のすすめ』という本の中で「無益な老人は社会的に大きな負担である」などと書いていたわけで、まあ、正直と言えばそうでした。
―「安楽死」から「尊厳死」への名称変更は非常に効果的だったわけですね。
川口：太田典礼は、70年代初頭から「死ぬ権利運動」をしていたわけで当時としては革新的な考え方の持ち主でした。ただ、これは「死ぬ権利運動」というより「安楽死させる運動」です。典礼は高齢者や障がい者といった”社会的にコストの掛かる人”は、「生きていても価値がない」ということを臆することなくズバッ言った人ですが、現在の日本尊厳死協会のサイトでは、今でも彼を創始者としてたてまつっています。ほとんどの一般会員はそのあたりのことはわからないで入会しているようですし、尊厳死が最大の医療費社会保障費の削減策と言われていることも知らないというか、そういう意図ではないと信じている方も少なくないようです。
―「安楽死」というと、「殺される」というイメージがありますが、「尊厳死」と聞くと、何となく「自分で選べる」という風に感じますね。
川口：患者の権利としての「自己決定」という考え方は、尊厳死協会が名称変更した同年1983年に日本病院会も患者の説明文として使い出しました。その前に、日本では『恍惚の人』という小説がベストセラーになり、今で言う認知症、いわゆる「ボケ老人」の存在が社会問題となりました。認知症の老人の家族介護の話ですが、「こんな状態でも生かしておいていいのか」「呆けてみっともない姿を晒して生き永らえるよりは、亡くなったほうが家族のためじゃないか」という考え方が広まって、そこから” 尊厳のない生”、転じて「尊厳死」という言葉が定着していったと言えます。
ただ「安楽死」としての「そういう人たちを死なせていい」という主張に対しては、今より用心深かったように思います。「安楽死」というと、ナチによる障がい者やユダヤ人の大量虐殺のイメージがあり、戦後の反省も記憶に新しかった。
しかし、最近また「安楽死」とそう変わりのない「尊厳死」が定着してきたなと。2005年6月にも日本尊厳死協会から「尊厳死の法制化に関する請願書」が両院に提出されました。あれから7年くらい経っているわけですが、私たちが「生保受給者や障がい者や高齢者が社会保障費削減のターゲットにされている」「社会的な圧力を受ける」と言った時の推進派の反応が違ってきています。「重度障がい者になってまで生きていたくないのは個人の選択の自由だ。障がい者を否定するつもりはない。」と開き直られてしまったり。でも、これこそが差別的発言ですが、言っている本人は気が付いていない。というか、政治家が恥じらいもなく堂々と差別発言をしているのを見ると、これはもう弱者切り捨てを社会が容認してしまったんじゃないかと思えてなりません。
―実際問題、「寝たきりになったらいっそ殺してくれと思うし、それだったらいいんじゃないの」という意見の人もいると思うのですが。
川口：それは、まあほとんどの人が、寝たきりになる前はそう思うだろうと思います。
―ただ、当然「実際になってみないと分からない」という部分もあります。川口さんは、十数年間にわたって母親の介護をされてきた経験がありますが、そうした状況に追い込まれた方、また介護する側は、どのような心理状況になるのでしょうか？
川口：私も自分の母が難病になるまでは、そうした状況をまったく想定していませんでした。母がALS（筋萎縮性側索硬化症）になるまで、身内に障がい者は１人もいなかったです。だから何の迷いもなく「母は尊厳死するべきだ」と思っていたんです。
ただ、母はすんなり死なないんですよ。母も病気になる前は「尊厳死したい」と言っていたくせに、きっぱり呼吸器治療を断らない。つまり、「もうすぐ死ぬ」という決意をしないんです。私の祖母は晩年は認知症だったので、母自身が介護で相当苦労していました。だから、「家族に迷惑掛けたくないから（尊厳死する）」と言っていたのに。いざとなると決断できなくなっていました。
このＡＬＳという病気は、患者が自分で生死の選択をするという点が、とても残酷なんです。それで母は、だんだん病状が悪くなってくると死ぬのが怖くなって、「呼吸器をつけない」と言わなくなってしまったんですよ。ということは、家族としては「未練があるな」と。呼吸器をつけたら10年も20年も生きるかもしれないと医者に言われて、母は「えー嫌だ」と言いながらも、私には「死にます」と絶対に言わなかった。
―ご著書を拝読させていただくと、お母さんも「死にたい」という意思表示を文字盤上でされる場合があるものの、一方行動で死を否定しているという実態もある。そうした際に、どこまでを本人の意志と捉えるのが難しいところだと思うのですが。
川口：患者が「生きたい」という素振りをし続けても、家族がそれをわざとキャッチしない・分かっているけど分かんないふりをする、ということもできる。そういう感情も、介護する家族にはあるんですよ。もし、なんらかのサインを受け取ってしまったら、応えてあげなきゃならないでしょ。「じゃあ呼吸器つけよう」と言わざるをえない。それを、尊厳死推進派の人たちは、「家族が強引に治療をしちゃった」ということがある。よくそういう言い方をする。「本人が死を決意しているのに、家族が治療してくださいというから、治療しないわけにいかない」というのですが、そういうことばかりではないと思います。家族は本人の意思を受け取ってしまったら、対応せざるを得ないんです。特に死に直面した患者の”助けてサイン”には避けがたいものがあります。それ、ほったらかしたら見殺しですよね。
介護は家族にしたら、どう考えたって負担ですよ。「いい人生だった。ありがとう」と感謝して「平穏に」死んでくれるのが理想です。だから「尊厳死」も「平穏死」も、家族のために提唱している言葉。病人は死が目前に迫っていたら、海で溺れているのと同じです。生存に絶大なる未練を見せて、生きる手段があるのなら何としてもしがみつく。望みがあるうちは試したいと思うのがふつうです。
「重い病気・障がいがある」と「何もできない・価値がない」は同じではない
―川口さん自身も、簡単に言えないようなご苦労をされていますよね。介護のために、当時住んでいたロンドンから帰国して、妹さんもお仕事を辞めています。肉体的にも経済的にも非常に負担の掛かる介護生活を経験されていますよね。
川口：若い世代にとっては、介護なんてまだまだ先の話ですよね。私も親の介護に、そんなに早く突入するなんて考えてもいなかった。母が乳がんを患ったのは私が31歳のとき。そして厄年の33歳で母のALSが発症しました。30代に突入した途端、次々と親の病気が始まったんです。
母はまだ生きたいと思っているんだろうなと感じたので、看病しないわけにはいかないし、もし自費で家政婦さんを雇うとなると１日１万円程度はかかります。母は「パパの年金の半分は私のもの」「まだもらってないけど、パパの退職金があるはずだから、それを当てにして今から貯金を切り崩して私の介護に使え」とか言うんですよ。すると、父は嫌だという（笑）。
しょうがないから、私と妹、父の３人で在宅介護していたんですけど、平均１日16時間、寝る時間以外は何らかの看病をしていました。看護師を雇おうとすれば、一晩４万円が相場でしたから、丸１日頼むと8～10万掛かります。月にすると2～300万円。よほどの大金持ちじゃなければ無理。在宅始めてすぐ疲れちゃって、すごくネガティブになっていって、「なぜ日本には安楽死の法整備がないのかなあ」と。日本を安楽死できる国にして母を楽にさせようと思い、ホームページも作りましたね。今でもその記述は残しています。そんな風に親の介護を経験した人は、誰でも普通にネガティブになるんですよ。
―そういう介護のネガティブな面を充分に経験されているのであれば、「こんなに負担が掛かるのであれば、尊厳死を認めたほうがいい」という考えた方をされるのが、ある意味自然なのではないでしょうか？壮絶な介護を経験されながらも、尊厳死の法制化を認めてはいけないと、お考えになっているのは何故なのでしょうか？
川口：母の遺書を読んだことが大きな転機になりました。まだ母が自書できるうちに、死んだ時に読んでほしいと書いたものだったのですが、母がトータルロックトインといって、全くコミュニケーションが取れない状態になっていたので、まだ生きているんですが、母の承諾もなく先に遺書を読んでしまいました。
そうしたら、そこには「人生は楽しい」と書いてあって、こんなひどい状態になっているのに、「人生は素晴らしい」ですよ。泣かせますよね。一方で、「母も病気の初期だったからこういうことが書けたんじゃないか」「呼吸器をつけないで死ぬつもりの時に書いたに違いない」と冷静に思ったんですよ。遺書を握りしめ、どう理解したらいいのか、考え込みましたね。
それで、やっとわかりました。私が母のことを死んだほうがましと断定したら、母は娘に存在を否定された人になってしまう。でも娘が「生きているだけでもありがたい」と思えば、そこに母の存在理由が生じます。母の尊厳は周囲の人間が決めている。私だけでなく、母に医療や介護をする人は、母から尊厳を奪うことも与えることもできる。
難病患者や老人は「生きる価値がない」って自分で言うんだけど、本人がそう思うのは仕方ないでしょう。母もずっとそうだったように、迷惑ばかりかけてしまうので、だんだん情けない気持ちになっている。でも、だからと言って同調してしまうのはどうかと。特にこういう病人は、本人が何を思っているのか外からはわからない。こちらで想像するしかない。ならば意味は他者が与えるべきもの。逆に尊厳をおとしめたり、奪ったりしたらいけない。これらは、患者が自己決定できるようなものではない。
―「生きている価値」や「尊厳」というのは、簡単に決められるものではないと。
母の存命中から、橋本みさおさんという、母より１５歳ほど若いALSの患者さんと患者会活動をしていたのですが、「ママは私のせいでこんなになった」と言って橋本さんの家でよく泣いていたんですね。そうしたら橋本さんに「泣いていたらダメだ」「根性がない」と怒られたんです。
橋本さんとの対話は特殊で、バイトの学生が彼女の口の形を上手に読み取るんです。身体は足指一本しか動かない。そんな極端な不自由をしているのに、橋本さんは動じない。それで、橋本さんと一緒に活動をし始めたら、橋本さんは母みたいに進行の早い患者じゃなく、割とゆっくり病状が進んでいたので、いろんな事がいっしょにできるんですよ。自分では全く動けないのに。（笑）
例えば、学生ヘルパーとトロント出張して１泊してその帰りに金沢大に立ち寄って日帰りとかするんですよ。無茶です。そういう人といるととても楽しい。大野更紗さんだって軽い患者じゃないです。なのにあんなに仕事している。ですから、重度障害や難病だから〇〇できないとか、苦痛や悲嘆ばかりの人生ではないんです。
推進側の目的は医療費を減らすこと
―現状で、尊厳死を法制化しようという動きがある中で「本人の意思表示が明確で、手続きさえはっきりしていれば問題ないのではないか」と考える人もいると思います。現状の法案のどのあたりが問題だとお考えですか。
川口：まず現状、法律がなくても、「治療を受けたくありません」という場合は、そうしている。にもかかわらず無駄な治療も結構あるんですね。そのために、犠牲になっている人もいる。だからと言って、法律で呼吸器や胃ろう（口から食事がとれない場合に、直接胃に栄養を入れる栄養投与の方法）をしないという取り決めをするのではなく、個別に対処するためにはどうしていくかという議論にしていかなければならない。
でも現状は治療の「不開始」「停止」という話に傾斜しすぎています。そうではなくて、そういう状態になる前の、高齢者の豊かな日常生活について計画しなければならない。安心な老後が想像できない現状では、老いたらとんでもない目に遭うだろうと悲観的にならざるをえない。だから政治家は高齢者を死なせるために法律を作るのではなく、高齢者の豊かで質素な生活のための政策を考えてほしいが、議員では誰が真剣に取り組んでいますか？
―そもそも川口さんは、尊厳死と言われているもの、「自分の意志で、私は十分生きたと。だから死なせておくれ」という人を否定しないわけですよね。で、そういうことが現状でも可能にも関わらず、なぜ法制化しなくてはならないのか、がポイントだと思うのですが。
川口：彼らが尊厳死の法制化を狙う理由は、何度も言いますが、今のままだと高齢者にコストがかかり過ぎているという現状の打開策としてです。
―推進側の最低の目的というのは経済、つまり医療費を減らしたいということですか。
川口：それは間違いないと思います。尊厳死は今後ますますあらゆるエコノミーに入り込んでいきますよ。
―現状でも、自ら死を選ぶことができるにも関わらず、法制化の動きがある。ということは、現状よりももっと踏み込んだことをしたいということになります。そうした中で、推進派は具体的に何がしたいのでしょうか？
川口：法律案には二つあって、第一案は「治療しない」というところに留めていますが、第二案では「現在治療をしている人の呼吸器をはずしてしまう」という部分まで踏み込んでいます。「現に行っている延命治療の中止」ということで、呼吸器や経管栄養を外すことを主張しているわけで、これがＡＬＳ等、呼吸器を常時装着している患者に恐怖を与えないはずがないでしょう。
ですから、尊厳死協会が「法案の対象は高齢者で、障がい者は関係ありませんよ」といっても、「治療停止」を含む第二案が上程される可能性がある限り、障がい者は部外者ではありえないんです。
第二案を通せば、日本は積極的安楽死を高齢者と障がい者のみに認めることになる。これらの人たちが家族に多大な負担をかけている現状では、患者の命は家族の意向に大きく左右されるので、第二案が成立したら呼吸器を付けている障がい者は、家族のために自殺を覚悟しなければならなくなる。
そのほかにも細かく見ていけば、満15歳から法律適用するとか、患者が自分で望んで治療停止しても、家族は保険金を受け取れるとか、運転免許や保険証に治療を断る旨を記載するとか、おかしな点は山ほどあります。
―推進派は誰の意思を代表しているのでしょうか？
川口：日本尊厳死協会は言うまでもないのですが、今回は免責が欲しい医師会もだと思います。医者の中には法制化反対の人がたくさんいます。でも、「医者の業界」となると、やはり患者の自己責任を明確化することによって，免責は欲しいのだと思います。
患者の苦痛に直面している医者は楽にしてあげたいと思ってしまう。それにベッドも開けなければいけない。慌ただしく決断しなければならない。医師を孤独な決定者、独善的にならない話し合いのプロセスをもっとつめていくことで、医師を守れると思います。厚労省は2007年「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を定めました。その通りにすれば「不開始」に関しては、問題は生じにくいはずです。
―海外と比較すると、日本は何とかして生かそう生かそうとしていて、そこに歪みが出ているという言説も一部ではありますよね
川口：患者のQOL（クオリティ・オブ・ライフ）を無視して治療していたという反省があり、患者の権利として治療を断る権利も出現しました。そこに医療経済の視点がすっと入ってきて、医師側からは対費用効果が問われるようになり、「無益な治療」と考えられる治療はしなくなった。でも日本はまだ、救命を第一義とする医療倫理が残っていて、そこを批判されるでしょう。
日本のＡＬＳ患者の呼吸器装着率は３割強ですが、それも批判の的になってます。欧米の主だった国では１割以下ですから。日本では医者が患者に無理やり呼吸器をつけているんじゃないかって。でも、そんなことはないですよ。日本は超重度のＡＬＳ患者によるピアサポートが充実しているので、生死のぎりぎりのところで意思を変えて呼吸器をつける人が少なくないんです。
―それは海外の在り方がおかしいということですか。
川口：いえ、私たちは、欧米の生命倫理学とは違う生命倫理でも生きていると思われます。重度障がいを持っている人でも、生きている限り尊厳があると言える人は少なくないはずです。西洋の生命倫理の原則として、「自律の尊重」という概念がありますが、日本では自律や自己決定を重視しないで、家族や村の合意に因って判断しているところがある。
たとえば、意思疎通ができない遷延性意識障害の父親がヘルパーに介助されて、息子の授業参観に来ても、そのクラスの全員が彼の事情を知り、それでもなお父親としての役割を認めていれば、「いいお父さんですねえ」ということで、不思議に思われない。父子とも偉いと言われる。これは本当の話。ここは生命倫理の専門家に語っていただきたいところです。
尊厳死法制化は周囲の”自殺を止める権利”を奪う
―今回の法案では、「患者本人が尊厳死を希望するという意志を文章で表示している場合であれば」という文言が入っていますから、「であれば結構安心じゃないか」と思ってしまう部分があります。しかし、私が「寝たきりになったら死んでもいいです」と書いたとしても、１年後自分の子供が妊娠して、あと10ヶ月頑張って生きれば孫の顔が見れるかもしれないとなったら、その意志は変わると思います。そうした周辺環境の変化などを考え合わせると「自分は延命措置しないで」と明記して、そのせいで死んでしまうかもしれないことは、それなりにリスキーだと思うのですが。
川口：想像力は大事ですよ。「寝たきりになってまで生きていたくない」と思うのは当然です。だけど、今おっしゃったように、そんな人でも、孫が生まれるとか、嬉しいことはいくらでもあるわけですしね。
―そんなものかもしれませんね。
川口：みんながみんなそうとは言えないけど、病人の気持ちは変わりやすいですから。そんなもんです。
―ただ「そんなものだ」というのは理解できるのですが、「尊厳死の法制化」に反対する論理として、説得力がないと感じてしまいます。
川口：どうしても心配なら、リビング・ウィル（事前に、延命措置を希望しない意思を表明する文書）を自分でそっと持っていればいいんですよ。今の気持ちを書くのはまったく問題ないし、自分で持っているのが一番安全です。いつでも書き換えたり、廃棄できる。「いつ書き換えてもいい」とは法案にも書いてあるけど、病人はみんなの顔色を見てますから、正式な書類を一度書いたら、なかなか書き換えられないです。
尊厳死が法制化されていない今でも、延命治療を拒否すると病院が用意した事前指示書という書類に「呼吸器つけません」等と書くことを勧められます。いったん書いたらどうなるかというと病院が保管してしまう。しかもそれを病院のコンピューターに入れて、あらゆる部署で見られるようにする。
例えばその人が誤嚥（食べ物や異物を気管内に飲み込んでしまうこと）か何かで倒れて救急車で運ばれてきた時に、救命救急室でそのデータがパッと出てくるようになっている。もしかしたら倒れた時、その人はもうちょっと生きたいと思って運ばれてきても、以前に書いたものが最終データとして出てきて、「この人は治療してほしくない」ということで、家族が同意したらそのまま亡くなってしまう。法制化しなくても、事前指示書でこれくらいできます。法制化されたら、リビング・ウィルが一番強くなって、家族の意見を聞かないでよくなるから、終末期医療の決定プロセスは簡略化されます。
―確かにまったくそういう状況がリアルではない状態で、「俺は寝たきりになったら死にたい」といっていても、その言葉に説得力はあまり感じません。法制化してしまうと、”その瞬間”の自分の意志にそぐわない形で延命が停止される可能性があるということですよね。
川口：私は自殺は個人の自由と思っています。本気なら誰も止められないでしょうから。争点は、どこも動かせない人が「自殺したい」という場合です。誠実であろうとすれば、自分では死ねない人なら、どうやったら死ねるか一緒に考えてあげなきゃいけない。ただ私たちには死にたい人の「自殺を止める義務」もある。そして、それは「権利」でもある。本人の自由な自己決定のみを法制化してしまうと、家族友人から「自殺を止める（生存に必要な治療をしてもらう）権利」を奪ってしまうことになります。それが一番の問題なのではないかと。そして、医者の「治療する義務」も奪うので、職業倫理を変容させることになってしまいます。
―「どういうふうに自分が死んでいくのか」あるいは、「介護という作業をどう引き受けるべきなのか」ということについて、若いうちからイメージを持っておく事も大切でしょうし、議論していくことも重要でしょうね。健常者として何の不自由もなく生きているとなかなかイメージできないですが。
川口：統合教育は重要です。子どもの時から重い障がいの人と同じ教室で机を並べていると、病気や障がいに対する偏見がなくなります。もっとも効果的な平等意識の育み方です。今は重度障がい者と健常児を分離しているから、障がい者になるくらいなら「死んだほうがマシ」と思ってしまっても仕方ないように教育してます。まず、教育現場から変えていかないとだめ。「尊厳死」を推し進めようとする社会全体の仕組みを大きく変えないと覆せないと思うんです。
―本日はありがとうございました。
プロフィール
川口有美子（かわぐち・ゆみこ）： 1995年に母がＡＬＳに罹患。1996年から実家で在宅人工呼吸療法を開始し、2003年に訪問介護事業所ケアサポートモモ設立。同年、ALS患者の橋本操とNPO法人ALS／MNDサポートセンターさくら会を設立。2004年立命館大学大学院先端総合学術研究科。2005年日本ALS協会理事就任。2009年ALS/MND国際同盟会議理事就任。共編著書に「在宅人工呼吸器ポケットマニュアル」（医歯薬出版）。「人工呼吸器の人間的な利用」『現代思想』2004年11月（青土社）。単著に第41回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『逝かない身体―ALS的日常を生きる』。Twitter：@ajisun1208
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冒頭でも紹介したように、本シリーズでは、読後にユーザーが感じた意見に対する解答記事の掲載を予定しています。コメント欄や議論ページを通じて、寄せられた意見・異論・反論を基に次回のインタビューを実施しますので、議論への積極的な参加を期待しています。
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