「結局は労働組合の言いなり」経済悪化のツケを若者に課す文在寅の迷走
■韓国の雇用状況「悪化は避けられない」
韓国経済の後退懸念が一段と鮮明化している。
特に、韓国経済のけん引役である輸出の減少が続いている影響は大きい。対中輸出は幾分か持ち直しつつあるものの、米国や欧州、インドなどの他の地域向けの輸出が深刻だ。その背景には、新型コロナウイルスによって世界の需要が落ち込んだことがある。
韓国が高いシェアを持つDRAMなどの半導体の輸出は横ばいだが、その他の輸出品目に関しては厳しい状況が続いている。世界的な需要の低迷に影響され、自動車、鉄鋼や機械などの輸出が減少した。その結果、韓国の労働市場の悪化が鮮明になっている。
労働組合などを支持基盤とする文在寅(ムン・ジェイン)大統領が、本格的な労働市場の改革を進めることは難しいだろう。今後も、雇用状況の悪化は避けられないとみられる。特に、20代前半を中心に韓国の所得・雇用環境は一段と悪化する恐れがある。文大統領にとって、これからの経営政策の運営は一段と難しくなることが予想される。
■長い目線でみると、中国は韓国の競争上の脅威に
もともと、韓国経済には輸出依存度が高いという特徴がある。韓国はサムスン電子をはじめとする大手財閥企業が海外から技術や資材を確保し、汎用品を大量生産し、低価格で輸出するビジネスモデルが中心だった。特に、半導体などの分野では、こうした手法で世界シェアを高め経済成長を遂げた。
近年の韓国経済を振り返ると、2018年以降、同国の輸出は急激に減少した。その背景には、最大の輸出先である中国が経済成長の限界を迎えたことや、米中貿易摩擦の激化によるサプライチェーンの混乱があった。
一方、昨年後半に入ると世界的な5G通信の普及が支えとなり、韓国最大の企業であるサムスン電子の半導体事業が回復した。それによって、輸出をはじめ韓国の景況感は幾分か持ち直しの兆しを示した。
ところが2020年に入ると、新型コロナウイルスの感染拡大によって、韓国の輸出は再び急減した。個人消費の落ち込みも重なり、1〜3月期の実質GDP成長率は前期比でマイナス1.3%だった。コロナショックが韓国経済を直撃し、深刻な景気後退への懸念が高まっている。
4、5月の韓国の輸出は、それぞれ前年同月比で20%超減少した。6月の輸出は同10.9%の減少だった。輸出の減少幅が幾分か穏やかになったことは、中国経済の持ち直しに支えられた。4月半ば以降、中国では感染の拡大が小康状態となり、それまで支出を控えていた人々の購買意欲が戻り始めたからだ(ペントアップ・ディマンド)。
ただし、今後、韓国が中国への輸出によって景気回復を目指すことは難しいだろう。現在、中国は米国がファーウェイへの制裁を強化したことに対応するため、サムスン電子などからの半導体調達を重視している。その一方で、中国は国内の半導体生産能力を強化している。やや長めの目線で考えると、韓国にとって中国は競争上の脅威に変わるだろう。
それに加えて、中国では鉄鋼などの過剰生産能力が深刻だ。それは、韓国の鉄鋼業界にとって逆風になる。米国では経済再開とともに感染者が増加しており、世界的に耐久財や基礎資材への需要は低迷するだろう。
■文在寅は「無から有」を生み出せない
輸出が減少し、韓国国内での生産活動は低迷している。その結果、韓国の雇用環境の悪化が鮮明だ。5月、韓国の失業率(季節調整ベース)は4.5%に上昇した。この水準は、2017年5月に文政権が発足してから最悪だ。
同月、製造業では、6万9000件の雇用が喪失した。製造業と非製造業の両分野で希望退職を募る企業も増えている。特に、若年層の失業率の高さは軽視できない。韓国の失業者に占める25〜29歳の割合は、OECD(経済協力開発機構)加盟国中で最高だ。若年層を中心に韓国の所得・雇用環境は一段と深刻化しつつある。
外需依存度の高い韓国経済の安定には世界経済の落ち着きが欠かせない。そのために必要なのが、新型コロナウイルスに効果のあるワクチンの開発と供給だ。英アストラゼネカは、9月のワクチン供給を目指している。
ただし、副作用の有無やどの程度の効果があるかなどに関して不確実性が高いとの見方を示す感染症の専門家がいる。先行きの不確定要素が多い中、世界各国は新型コロナウイルスのリスクに対応しつつ経済を運営しなければ、V字回復は見込めない。
韓国銀行(中央銀行)が行ったアンケート調査によると韓国企業の27%が新型コロナウイルスの感染が終息しないのであれば、雇用を削減するとしている。また、企業の37%が本年の新規採用を保留すると回答している。若年層の雇用機会は一段と限定されるだろう。
その中で、文政権は有効な対策を打てていない。5月に文政権は公共部門を中心に156万人(韓国の労働力人口は2800万人程度)の雇用を創出すると宣言した。それに基づいて、文政権は仁川(インチョン)国際空港公社などの非正規雇用を正規雇用に転用し始めた。
その政策は無から有を生み出すものではない。文政権の経済運営は、持つ者から持たざる者へ政府の力によって富を移転させるか、既得権益の強化に終始してしまっている。その発想で若年層の閉塞感を解消し、韓国の社会と経済のダイナミズムを引き上げることは難しいだろう。
■韓国の現状は日本にとってひとごとではない
今後、韓国の経済格差が拡大するだけでなく、その固定化が進む恐れがある。資本主義経済である以上、競争原理によってある程度の格差が生じることは避けられない。重要なことは、格差の固定化を解消することだ。そのために政府は規制緩和などを進め、より公平に競争が進み、効率的に生産要素が再分配される環境を整備しなければならない。
それとは逆に、文大統領は規制を強化し、企業の経営を圧迫してしまった。加えて、韓国は半導体の製造技術や経済運営に必要な資金をわが国や米国に依存してきた。言い換えれば、韓国は自力で競争力ある独自の技術を生み出し、無から有を生み出すという意味での製造業を育めていないといえる。無から有を生み出すことができなければ、雇用を創出することは難しい。雇用が増えなければ、所得や資産を持つ人と、持たざる人の格差はどうしても拡大する。
また、韓国経済を見渡すと、半導体に代わる成長のけん引役が見当たらない。半導体大手サムスン電子1社の売り上げはGDPの12%に達し、同社の業績が韓国経済に無視できない影響を与える。現在、半導体や一部IT関連以外の韓国産業界の業況はかなり厳しい。世界が新型コロナウイルスに対応しつつ経済を運営しなければならないと考えた場合、サムスン電子に対する韓国経済の依存度は高まるだろう。
そう考えると、若年層を中心に韓国の所得・雇用環境は一段と厳しさを増し、経済格差がこれまで以上に固定化してしまう恐れがある。労働組合などを支持基盤とする文大統領が構造改革を進めることは一段と困難になり、韓国経済が長期の停滞に陥る展開は軽視できない。
韓国が直面する状況はわが国にとってひとごとではない。コロナショックを境に、わが国がIT後進国であることがはっきりしてしまった。わが国にはサムスン電子に比肩する半導体メーカーが見当たらない。
わが国経済が持続的な成長を実現するためには、政府が大胆な発想をもって規制緩和などの構造改革を進め、新しい独自の技術が生み出される環境を整備することが不可欠だ。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)