新型コロナ感染拡大に伴う経済対策として打ち出された「現金給付」。しかし、現状のままだと史上空前の不正財政支出になりかねない(写真:アフロ)

昨今の経済現象を鮮やかに切り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する――。野口悠紀雄氏による連載第12回。

政府はコロナ対策経済政策を決定しました。ここに盛り込まれた政策には、公平性や不正利用の可能性、手続きなどの点から見て、大きな問題を含むものがあります。緊急時には、できるだけ一律に支給し、あとで審査するといった手法が必要です。

どうやって収入減を証明するのか

今回の経済対策では、新型コロナウイルスの感染拡大によって収入が減った世帯への現金給付が盛り込まれました。給付額を1世帯当たり30万円。給付金総額は3兆円規模に上るとみられます。

一律給付でなく、条件を付けて支給制限をした給付は、間違いなく不公平を生むでしょう。


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第1に、コロナに感染したけれど所得制限で現金給付を受けられない世帯と、感染していないが別の理由で所得が減少した世帯と、どちらを助けるべきでしょうか。

第2に、わずかの差で条件を満たせなかった人は、大きな不満を持つに違いありません。

第3に、現実問題として不正行為が横行する可能性が強い。これが最も大きな問題です。

所得減の要件をどのように決め、どのように審査するかは極めて難しい課題です。現在の案ではこれが確保されていないので、著しく不公平な政策になります。

個人の所得を正確に把握できる官公庁は、税務署か税務事務所しかありません。しかし、現在の体制では、現金給付に必要な審査を行う余裕など到底ありません。

政府案では、現金給付を受給するには、収入減少を証明する書類を、住民が市町村の窓口に自ら申告することになっています。証明書類は、会社員なら給与明細書となります。つまり、受給のために必要な証明書類を、企業という私的な主体が発行できるのです。

そうなると、「収入減少」の証明は簡単です。悪徳経営者なら、この制度を次のように悪用できるでしょう。

まず、所得制限を満たす従業員の給与を減らします。従業員に現金給付を受け取らせて、その穴埋めをさせます。これだけで、巨額の収入が得られます。

例えば、月収20万円の従業員を雇う経営者は、従業員の給与を3カ月間、10万円に減らします。そして、「給与が30万円減少」という証明書を発行します。従業員は国から現金給付で30万円受け取るので、収入は不変です。こうして経営者は、給与を一人当たり30万円節約できるのです。100人の従業員がいれば、3000万円儲かります。

現金給付は、悪賢い者が濡れ手に粟で巨額の不正収入を得ることを可能にする制度です。3兆円の大部分は、このようにして消えるでしょう。

史上空前の不正財政支出となる可能性

注意していただきたいのですが、前出の数値例において、雇い主が給与を30万円減らし、その旨の収入減証明を発行するのは、形式的には不正ではありません。したがって、その証明書で現金給付を受けるのも、同様に不正ではないのです。

政府は減収証明書の偽造対策を講じるといいますが、上述の収入減証明書は、形式的にいえば、偽造ではありません。これにどう対処するつもりなのでしょうか。

いうまでもなく、これは実質的には著しく不当な受給です。政府には、収入減証明の不正発行と、それを用いた不正受給をどう防止するかを示す必要があります。そうしなければ、史上空前の不正財政支出となります。

条件付き現金給付は、困っている人や損害を受けた人を助けるのでなく、悪賢い人たちに不当な利益を与えるだけの制度になるのです。そして、この財源を納税者が負担します。

いまいちばん必要なのは、オーバーシュート(爆発的な患者急増)に備えて病床を整備することであり、それに向けた予算措置が求められます。しかし不正受給によって、そのための貴重な3兆円が消えてなくなるのです。

にもかかわらず、野党は現金給付に反対しないもようです。とにかくおカネがもらえるわけですから、反対すれば国民の支持を失うと考えるからでしょう。

しかし、事実は逆です。不当で不公平な給付が行われれば、国民の不満は爆発するでしょう。性善説に基づくしかないともいわれますが、これではあまりに無責任。問題を放棄するに等しいものです。

現金給付の不正受給を防ぐためには、将来、調査を行い、もし実態と異なる申告をしていたら、信じられないほど巨額の罰金を科す必要があります。それによる抑止効果を狙うしかありません。こうした措置は、絶対に必要です。

緊急事態宣言によって発生したもう一つの難題が、営業自粛で生じる損失の補償問題です。野党などからは「要請と補償はセットで」との批判が出ています。

実際、営業自粛すれば、売り上げがなくなってしまう半面、家賃や光熱費、維持費は払う必要があります。また、従業員への給与の支払いもあります。使用者側の休業手当支払い義務がどうなるか、まだはっきりしません。

これに対して、特措法担当の西村康稔・経済再生担当相は「一律に補償は難しい」としていました。営業自粛は要請であって強制ではないからだ、との論理です。

安倍晋三首相は4月7日の衆議院議院運営委員会で、緊急事態宣言で営業休止を求められた事業者などへの損失補塡は「現実的ではない」と否定しました。

実際、補償にまともに取り組もうとすれば、経済的損失は巨額になる可能性があります。これを判断する基準として、アメリカの場合は第2四半期(4〜6月期)のGDP(国内総生産)が3〜4割程度減るという予測がなされています。

日本の場合、営業自粛対象や期間がアメリカとは異なるので、これほどの規模になるか、わかりません。しかし、GDPの数割の規模になることは十分考えられます。これほど巨額の損失を国が補償することなど到底できません。

「要請でも補償」はすでに約束済み

ただし、いうまでもないことですが、「規模が大きいからできない」という論理は通用しません。また、「自粛は要請であって強制ではないから、補償の義務はない」も同様です。

この論理はすでに破綻しています。なぜなら、2月に休校要請を実施したとき、その影響で仕事を休まざるをえなくなった保護者への休業補償を行うとしたからです。また、上で述べたように、政府は困窮世帯への現金給付をすでに決めています。これと、自粛要請で売り上げが減少する事業者との公平をどう確保するのでしょうか。

この問題は極めて難しいものです。ライブハウスや映画館、バー、ナイトクラブなどだけの問題ではありません。生活必需品以外の幅広い小売店が自粛の対象となるからです。

しかも、関係者まで含めれば、収入減少者の範囲は極めて広くなります。例えば、書店が営業できなくなれば、出版社やその関係者の収入も減少することになります。そのうえ、事態は急を要します。手元に現金がなくなれば、事業は倒産してしまいます。

そこで、休業補償についても、上述の現金給付の場合と同様の手法を適用することが考えられます。

まず、補償を受けられる条件を詳しく公示します。該当すると考える企業や事業者は、オンラインで申し込みます。無条件で申し込みが受け付けられることとします。

そして後日、証明書類を提出することとするのです。無提出なら、給付金没収。虚偽申告と判定されれば、巨額の罰金とします。

なお、この場合は、現金を給付するのでなく、公的金融機関による無利子の貸し出しであってもよいでしょう。担保などをどうするかは要検討です。

まず給付し、あとで審査すべし

現金給付にしても休業補償にしても、これからさまざまな公的申請が必要になります。窓口で申し込むのでは、コロナ感染を拡大する場を提供することを意味します。すべての公的申請をメールで受け付け、必要書類は写真添付でよいとすべきです。

いま必要なのは、現場に事務負担をかけず、申請者が申し込み窓口に集まらなくて済み、迅速に効果が期待できる施策でしょう。現金給付も 休業補償も、事態は急を要します。とりあえず現金を配り、後で調整して正しい給付にすることを考えるべきです。

これは、一見するほどおかしな制度ではありません。申告納税では、納税者の判断で申告し、納税します。それが過少申告なら、あとで非常に重い罰則措置があります。

現金給付や所得補償も、これと同じ扱いにすればいいのです。とりあえず給付し、あとで審査して、不正請求に重い罰則を科すのです。