大相撲春場所も無観客での開催を強いられている(写真:ロイター/アフロ)

3月19日から開催予定だった「第92回選抜高校野球大会」の中止が決定し、涙を流す高校球児の姿が報じられるなど、新型コロナウイルスの新たな影響が波紋を呼んでいます。

新型コロナウイルスの影響を受けているエンターテインメントは、高校野球だけではありません。すでに多くのニュースが報じられているように、スポーツ、音楽ライブ、テレビ番組、動物園、ミュージアム、公営競技など、あらゆるエンターテインメントが無観客、延期、中止などの対策を余儀なくされています。

それぞれのエンターテインメントはどんな対策を取り、どんな基準で無観客、延期、中止を決めているのか。それぞれの関係者や専門記者などから聞いた情報をもとに掘り下げていきます。

「学生」「教育」が経済効果を無力化

選抜高校野球大会がそうであったように、どのエンターテインメントも、まず選手や出演者、関係者、観客の健康と安全を最優先に考えたうえで判断が下されていることは間違いないでしょう。

そのうえで選抜高校野球大会は3月11日の発表直前まで、無観客開催を前提に準備をしてきました。しかし、「野球は屋外競技であるうえにコンタクトの少ないスポーツだからプレー中は大丈夫ではないか」という希望は持てても、移動や宿泊を含む24時間すべての安全を確約することは不可能。

さらに、中止を決定づけたのは、日本高野連の八田英二会長が言っていたように「高校野球は学校教育の一環」という理念。「学生」「教育」は、入場料、食事、宿泊、交通、観光などの経済効果を考慮せず、無観客から延期を飛び越えて中止を決定づける最大の要因なのです。もし大会中に選手や関係者の感染が判明して打ち切りとなったら、生徒や学校へのダメージは計り知れず、「教育上それだけは避けたい」と考えるのは常識的な判断でしょう。

一方、「学生」「教育」の理念がないプロ野球は、3月20日に予定されていた開幕戦の延期を発表しました。同様にJリーグも再開の延期を発表しましたが、テニス、バレーボール、大相撲、音楽ライブ、お笑いライブ、寄席、演劇、競馬、競輪、競艇、動物園、美術館などは、「無観客で開催し、テレビやネットでの放送・配信で見せる」という形を採用したのです。

それぞれ事情や姿勢の違いはありますが、無観客と延期の決断を分けているのは入場料収入の重要度。開催回数や観客数が多く経営の柱となっているエンターテインメントほど、「無観客でイベントを消化したくない」と考えるのはビジネスの観点では当然でしょう。その点、「延期か、無観客か」とさまざまな噂が飛び交っている東京オリンピック・パラリンピックの無観客開催は考えづらいところがあります。

エンターテイナーからのメッセージ

開催回数や観客数がプロ野球やJリーグよりも少ないエンターテインメントにとっても、もちろん入場料は重要な収入源。それだけに無観客開催は不本意ではあるものの、「楽しみにしてくれていた人々へのファンサービス」「選手や出演者のモチベーションキープ」などのために踏み切っているそうです。

エンターテインメントの世界で有名な「show must go on」(ショーはどんなことがあっても続けていかなければならない)」というフレーズを一度は聞いたことがないでしょうか。これはロックバンド・Queenの楽曲や、ジャニーズ事務所を立ち上げたジャニー喜多川さんのモットーとして知られているフレーズであり、無観客開催は「新型コロナウイルスの感染が拡大しても、俺たちはやめないし、あなたたちを楽しませ続ける」というエンターテイナーたちからのメッセージでもあります。

幸いにして現在はネットの発達でライブ配信が可能になり、規模の大小を問わず無観客開催の意義が深くなりました。その意味では、もし現在の状況が好転せず、今後も大規模イベントの自粛が続いたら、プロ野球やJリーグは今年度の入場料収入を減らしてでも、無観客開催に踏み切るのではないでしょうか。

ジャンルを問わずすべてのエンターテインメントは、目の前の利益を減らしてでも、選手や出演者とファンの距離を離してはいけないのです。それだけに「学生」「教育」が絡むもの以外の中止はできるだけ避けるのが望ましいが、長引いたときは延期にも限界がある。「配信での収入増などのダメージコントロールをしつつ、できる限り無観客開催を続けながら収束するのを待つ」という形に収斂されていくでしょう。

入場料収入に頼らないビジネスモデルのエンターテインメントは、在宅率が上がる現在の状況では一概にピンチとは言い切れません。事実、テレビ番組の視聴率は少しずつ上がっていますし、人気も数字も右肩上がりの「テセウスの船」「恋はつづくよどこまでも」(TBS系)のようなドラマもありますが、それでも制作現場はピリピリとしたムードに包まれています。

出演者やスタッフの中で感染者が出たら、番組の制作・放送ができなくなるリスクが高いため、各局では一般企業以上に予防意識を徹底。とくに新型コロナウイルスのニュースを扱う報道・情報番組は、「絶対に感染者を出してはいけない」というプレッシャーの中で制作・放送されています。

また、「しゃべくり007」(日本テレビ系)、「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)、「VS嵐」(フジテレビ系)のような番組観覧者のリアクションを演出に加えている番組は無観客での新たな対応を余儀なくされていますし、グルメなどのいわゆる街ブラ番組も撮影を大幅に縮小。ドラマもスタジオに出入りする人数を減らし、エキストラを使うことも難しいそうです。

なかでも象徴的だったのは、「初の無観客開催が審査結果に影響を及ぼした」と一部で批判を集めた3月8日放送の「R-1ぐらんぷり2020」(フジテレビ系)。芸人たちがお笑い番組やオーディションで無観客に慣れているため影響が少なかった一方、審査員たちは例年のように観客の反応を審査に加味できず、世間の見方と乖離して批判を招いてしまったのです。このように無観客になったことで思わぬ影響を受ける番組は多く、まだまだ視聴者が違和感を抱くシーンが頻発するでしょう。

それでもやはりテレビ番組にとって現在の状況は多くの人々に見てもらうチャンスであり、無観客はあっても延期や中止は考えられません。逆に、出演者やスタッフの中で感染者を出したら延期や中止になってしまう可能性が高いため、無観客なのはもちろん、できるだけ機能的でコンパクトな撮影体制が求められているのです。

エンタメのあり方を考えるチャンス

数多くのエンタメが無観客、延期、中止になったことでネット上には、「観客がいないと、せっかくの好プレーが淡々としたものに見えてしまう」「選手(出演者)にとって大切な旬の時間が失われてしまった」「あとで中止にするくらいなら最初から無観客とか延期とか言うな」「絶対に満員電車ほど濃厚接触じゃないのにエンタメだけが犠牲になっている」「無観客でもちゃんと選手たちにお金は払われるのか」などのネガティブな声が飛び交っています。

さらに、「センバツ中止で経済損失289億円」「ウイルスによるライブ中止では保険がおりず倒産の危機」「大相撲の懸賞が激減して横綱・白鵬でもわずか1本のみ」などの報道もあり、エンタメ界は暗いムード一色。しかし、今回の機会はネガティブばかりではなく、「エンタメのあり方やファンとの関係性を考えるいいチャンス」というポジティブな見方も可能なのです。

前述したように人々の在宅率が高いうえに、行動を制限されてストレスがたまりがちなだけに、無観客開催は既存ファンへのサービスにとどまらず、ファン層拡大のチャンス。中止や延期ではなく無観客でも開催したことを評価されやすいうえに、休校の子どもやテレワーク中の大人に見てもらいやすい状況とも言えます。

また、無観客開催は普段の華やかさがない一方、静寂の中で集中力が問われ、プロフェッショナルならではの凄さや技を見せるチャンス。選手やアーティストの声や息遣いを聞くこともできるなど、さまざまな魅力を伝えられるチャンスです。

その意味で重要性が増しているのは、オンラインでの配信。例えば、これまでライブ配信を行ったことのないアーティストはチャレンジするいい機会であり、各スポーツ団体も有料配信での収益化を軌道に乗せるきっかけになるかもしれません。「無観客のオンライン配信だからグッズが売れない」という物販の心配はなく、むしろチケット販売、会場整理、警備・清掃スタッフの費用をカットできるなどのメリットもあり、すべては主催者の戦略次第でしょう。

のちに、「今思えば2020年は、会場イベントとネット配信の両輪でやっていくうえでのターニングポイントだった」と思えればいいのです。

現在はロミオとジュリエットの状態

心理学の中に「障害があったほうが、それを乗り越えようという気持ちが高まる」という意味の“ロミオとジュリエット効果”と言われる法則があります。現在のエンタメ界とそれぞれのファンは、まさにこのロミオとジュリエット。「見せたいものを見せられない」「見たいものを見られない」という両者がその障害を乗り越えたとき、強固な信頼関係が育まれていることに気づくでしょう。

エンターテインメントを発信する側はあふれんばかりのエネルギーを発揮し、受け取る側は高まったニーズを満たすべく心の底から楽しむ。とかく「エンターテインメントの楽しみ方がヘタ」と言われがちな日本人が心身を解放して楽しめるように変わっていく、きっかけになるかもしれないのです。


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3月10日、安倍晋三首相は大規模なイベントの自粛について、「今後10日間程度は継続するようにお願いしたい」とコメントしました。政府から「10日間程度の継続」というあいまいな方針が示されているように、エンターテインメントの現場でも手探り状態の対応が続くばかりで、まだまだ明るい兆しは見えていません。

しかし、あなたが賢明なビジネスパーソンなら、そんな政府やエンタメ界に不満をぶつけるのではなく、「無観客開催や過去の映像を楽しみながら来たる希望の日を待つ」というスタンスを取れるのではないでしょうか。