嫁殺害後、母と実家に埋めた男の裁判で明かされた「悪辣な偽装工作」
「(鷹仁被告の)行為は悪質性があり、重大性が極めて高い。この殺人と死体遺棄は家族間での完全犯罪を目論んだものであり類いまれなもの。計画的で用意周到。保険金目的の殺人よりは軽いが、長期間の懲役に相当する。恵美被告の死体遺棄と殺人幇助(ほうじょ)の罪も極めて大きく、真摯な反省がない。執行猶予なしの長期間の懲役がふさわしい。よって鷹仁被告には懲役17年、恵美被告には懲役6年を求刑する」
と検察は5月31日、千葉地裁で論告求刑した─。
「まさか本気でやるとは」
昨年3月4日、千葉県柏市の主婦・弥谷麻衣子さん(当時30)が行方不明となり、夫で元銀行員の弥谷鷹仁被告(37)が捜索願を警察に届けながら、実際は絞殺していた事件。妻の遺体を埋めるため実母・弥谷恵美被告(64)と実家敷地内(茨城県取手市)にあらかじめ穴を掘り、殺害後に一緒に埋めるという鬼畜のマザコンっぷりだった。素知らぬ顔で麻衣子さんの家族と“尋ね人”のビラをまいていたからひどい。
両被告人を同時に裁く裁判員裁判は、5月22日から同31日の結審まで計6日間、千葉地裁の刑事1部201号法廷(岡部豪裁判長)で開かれた。“エリート銀行員と母による嫁殺し”と報道されたことで注目度は高く、初公判では傍聴席を求めて定員の2倍近くの人が抽選に並んだ。
鷹仁被告は殺人と死体遺棄の罪状を認めた。
かたや恵美被告は、
「死体遺棄は認めますが、鷹仁がまさか本気でやるとは思わなかった。手助けするつもりはなかった」
と、殺人幇助を否認した。
両被告人は事件に至るまでの背景を詳細に語った。被害者の麻衣子さんが重い精神疾患にかかり、その言動が鷹仁被告を追い詰め、恵美被告を心配させたという構図だ。
証言などによると、鷹仁被告と麻衣子さんは、双方の以前の勤務先にあたる銀行で2010年に出会った。職場恋愛を育んで約1年半後に結婚。なかなか子宝に恵まれなかったため、麻衣子さんは'13年ごろから不妊治療に通うように。
その効果か'16年秋に長女が誕生するが、流産寸前で帝王切開による出産だった。長女が未熟児だったこと、子育ての悩みもあって麻衣子さんの精神状態は怪しくなり、精神科を受診したところ、「強迫性障害」といって極度の潔癖症のような病気だと告げられた。
全国にその患者はおよそ100万人いるとされ、外出先から帰ると、すぐ手洗いを何度もするし風呂にも何度も入る。服を脱いで洗濯機に入れる。家族に強要するケースもあるようだ。鷹仁被告は、
「だから、親子3人で外出するときは『箸』と『箱』と『使い捨てのビニール手袋』を持参するんです」
と証言台で告白した。
このままでは長女が危ない
帰宅時、汚れた手で触れなくてもいいように「箸」で照明などのスイッチを入れ、麻衣子さんと鷹仁被告がまずシャワーを浴びる。その間、入浴前の長女は「箱」に入れておく。「ビニールの手袋」は玄関のドアノブなど箸で操作できないものに使う。1箱100枚入りのビニール手袋を、1週間に3〜5箱は使っていたという。
医師から精神安定剤を処方され、「言われたことを否定しないで応じるように」と指導を受けた。麻衣子さんによる暴言と暴力にも触れた。
「ひどい言葉で罵られたり、土下座させられて頭を踏みつけられたり、蹴られたりした。何百回もあった。病気が悪いんだとわかってはいても、ついカッとなることもありました。ボクだけではなく長女も暴言を浴びせられ、ベッドに投げつけられたこともありました。このままでは長女が危ないと思った」(鷹仁被告)
やがて麻衣子さんは職場に頻繁に電話したり、仕事中でもLINEをしてくるように。
「あなたが帰ってきたとき、子どもはもういないかも」
鷹仁被告は早退、遅刻、半休、有給休暇などを繰り返しとるようになった。不眠症に陥って仕事が手につかなくなり、メンタルクリニックに通うようになった。医師の診断は「不安神経症」。鷹仁被告と面談した精神科医が弁護側証人として証言台に立った。
「被告自身もうつ病だと思いました。思考低下と視野狭窄(きょうさく)がみられ、麻衣子さんとの共依存から抜け出せない状況に陥っていた。いわばDVの加害者と被害者に近い関係です。だから本気で離婚しようとはしていないし、別の方法をとらなかったのも無理はない」
と精神科医。
極刑を望む遺族
昨年2月12日、鷹仁被告は初めて恵美被告に「麻衣子さんを殺害する」と告げた。長女と自分を守るためにはしかたないと……。
恵美被告は、
「空想だと思っていました。鷹仁はそんなことのできる人間ではないと思っていましたから。でも、精神的に相当参っていると感じたので、それをなだめ、発散させるために自宅の穴掘りなどを受け入れたわけです。一方で麻衣子さんを入院させる病院を探そうとしました」
その翌日、恵美被告は友人と会って病院を紹介してもらっている。結局、入院させることはできず、鷹仁被告は殺害を遂行した。
犯行後の偽装工作は悪辣(あくらつ)だ。鷹仁被告は「行方不明」を装うため麻衣子さんのスマホに電話し、捜索願を出し、近隣の駅でビラ配りをした。
麻衣子さんの両親に対し、
「帰宅時にエアコンの温度が変わっていた。麻衣子が帰ってきたのかも」
とか、
「もしかしたら、麻衣子には男がいて、その男と暮らしているかも」
とまで言ったという。
「自首しようとも思いましたが、長女が殺人犯の子どもになるので、できませんでした。自殺も考えました。逮捕後は余計にそうです。いまでも殺すときの麻衣子の“パパ、やめて。苦しい”という声が聞こえています」(鷹仁被告)
両被告とも遺族には、
「本当に、本当に申し訳ないことをしました。信頼を裏切ってしまって、なんと言ってお詫びをしたらいいのか」
などと涙を流し、嗚咽して詫びた。
麻衣子さんの両親と妹は裁判に参加し、
「あんなひどいやり方で殺して、土の中に放っておくなんて、絶対に許すことはできません。極刑を望みます」
と言い切った。
鷹仁被告の弁護人は、「罪の程度は介護をしている人の場合の介護疲れによる殺人に該当する。それにうつ病も入れると、執行猶予つきの懲役3年が妥当」と主張。
恵美被告の弁護人は、
「殺人幇助は立証できていません。執行猶予が相当」
と、最終弁論で述べた。判決は6月12日に下る。
(取材・文/フリーライター山嵜信明と週刊女性取材班)
やまさき・のぶあき 1959年、佐賀県生まれ。大学卒業後、業界新聞社、編集プロダクションなどを経て、'94年からフリーライター。事件・事故取材を中心にスポーツ、芸能、動物虐待などさまざまな分野で執筆している