韓国艦艇が海自哨戒機へ火器管制レーダーを照射したとされる件について、韓国側は哨戒機の飛行を脅威に感じたとし日本側へ謝罪を要求しました。日本に非はあるのでしょうか。そもそも哨戒機は、どのように飛ぶものなのでしょうか。

韓国側の動画はなにを主張しているのか?

 2019年1月4日(金)、韓国国防部(国防省)は前年12月20日に発生した、韓国海軍駆逐艦「広開土大王(クァンゲト・デワン)」が海上自衛隊P-1哨戒機へ火器管制レーダーを照射したと見られる件に関し、公式見解動画を公開しました。この動画は、くだんのP-1哨戒機から撮影し、12月24日に防衛省が公表した動画への対抗措置と見られます。


洋上監視のため貨物船の側方を飛行するスペイン海軍のCN-235MPA哨戒機。こうした飛行は危険とみなされていない(画像:ソマリア派遣EU海軍)。

 韓国側が公開した動画の内容は、日本側の主張を真っ向から否定する内容であり、防衛省は「我々の立場とは異なる主張がみられます」という公式見解を発表しています。特に「日本の哨戒機が高度150m、距離500mまで接近し威嚇飛行をした。日本側は謝罪しなければならない」という韓国国防部の主張は、その最たるものと言えるでしょう。

 韓国国防部は、P-1の接近を「乗組員たちが騒音と振動を強く感じる程に脅威的だった」としていますが、実際のところどうだったのでしょうか。

 P-1の全長は約38m、これは哨戒機としては世界最大級ですが、旅客機と比較すると、ボーイング737やエアバスA320などの「小型機」とほぼ同等です。韓国側も認める、「広開土大王」とP-1の最接近距離は500mで、これは通常、水平方向の距離を表しますから、直線距離は522mと算出できます(底辺500m、高さ150mの直角三角形の斜辺)。そして522m先にある約38mのP-1は、10cm先にある7.3mmの物体と同じ大きさに見えます。つまり理論上、「豆粒大」にしか見えなかったはずです。韓国側が公開した動画の、韓国艦艇から撮影したと見られる部分においても、P-1とされるものは、機種さえ識別不可能なかろうじて飛行機だとわかる黒点にしか映っていませんでした。

 また騒音についても、P-1は非常に静穏性に優れており、離陸時300mの地点から計測された騒音レベルでさえ70デシベルです。これは掃除機や騒々しい街頭のレベルに相当し、哨戒任務中のP-1が離陸時のようなフルパワーで飛ぶとは思えませんから、実際はもっと静かであったでしょう。

哨戒機は普通、監視対象にどれくらい近づくものなの?

 以上の点を勘案すると、「騒音と振動を強く感じる」という韓国側の説明には疑問が生じます。とはいえ、「音を強く感じる」「威嚇だった」と見なせるかどうかは主観に依存しますし、P-1には魚雷などを外部から見えない兵装庫内部に搭載できることも確かですから、「韓国側にとって脅威であること」を完全に否定することもまたできません。


スペイン海軍揚陸艦「ガリシア」の側方を飛行するドイツ海軍のP-3C哨戒機。スペインは抗議していない(画像:ソマリア派遣EU海軍)。

 実のところ、監視対象から「高度150m、距離500m」という数字は、特別に低高度でもなく危険なほど接近してるともいえない数字です。たとえば韓国海軍は、P-1哨戒機とほぼ同様の運用をしているP-3哨戒機を保有していますが、韓国メディア「月刊朝鮮」の記者が2013年7月10日にこのP-3へ搭乗取材した記事によると、「目視識別のために高度を100mまで下げた」「外国の艦艇監視のため高度60mで接近飛行する」とあり、韓国海軍の哨戒機部隊自身が外国の艦艇に対して、今回の事件におけるP-1よりもはるかに低い高度を飛んでいることが分かります。

 もし韓国国防部の主張どおり、相手からは豆粒大にしか見えない高度150m、距離500mにおける目視識別を、「威嚇」であり「謝罪に値する」行為だとするならば、今後、韓国海軍の哨戒機部隊は「威嚇」をともなわない洋上監視を実施するのでしょうから、全く仕事ができなくなることでしょう。もちろん実際にそうするとは考えづらく、ということはつまり、彼ら韓国海軍の哨戒機部隊は今後、韓国国防部が「謝罪に値する」と断ずるような任務に従事させられることになってしまいます。

「海軍」というものの役割を考えると…

 韓国側が、「火器管制レーダーを照射された」という日本側の主張に対して、論点をずらす目的をもっているのだろうとしても、なぜあえてこのような合理性に欠ける言いぶんを選んだのかは、不思議であるとしか言いようがありません。

 いずれにせよ世界中の海軍関係者は、韓国側の主張を受け入れることはないと筆者(関 賢太郎:航空軍事評論家)は考えます。もし韓国が日本に対する謝罪要求を続けるならば、韓国は対外的な信用を失うことになるでしょう。特にその影響を被るのは、レーダー照射したとされる当事者の韓国海軍です。


厚木基地へ親善のために飛来した韓国海軍のP-3CK哨戒機。韓国海軍はかなり頻繁に来日している(画像:海上自衛隊)。

「海軍」は、他国と交流する機会が多い軍種です。韓国海軍が日本に来訪することも少なくありません。レーダー照射したとされる「広開土大王」は何度も日本へ寄港していますし、韓国のP-3は、まさにレーダー照射を受けたとされる海上自衛隊のP-1が所属する厚木基地(神奈川県)にも、親善のために飛来したことがあります。2年に1度行われる、近年では20を超える国々が参加する環太平洋合同演習(RIMPAC:リムパック)も、日本は1980(昭和55)年から、韓国は1990(平成2)年から毎回参加していますし、そうした演習以外にもさまざまな国へ、韓国海軍は頻繁に訪れているはずです。

 海上自衛隊やアメリカ海軍と深いコネクションをもつ韓国海軍の軍人、特に厚木基地へ親善飛行に訪れた、韓国哨戒機の搭乗員の心中は、穏やかではないでしょう。2016年に厚木基地へ飛来した韓国海軍第6航空戦団のユ准将は、「私たちP-3Cの部隊交流が、日韓関係が良い方向へ向かうきっかけとなることを望んでいます」と発言しています。

 韓国はいま、これまで努力して確立してきた自らの面目をもつぶす「諸刃の剣」を手にしてしまっています。

【写真】飛行甲板の様子も丸見え、中国海軍空母「遼寧」


海上自衛隊哨戒機によって撮影された中国海軍空母「遼寧」。洋上の監視は世界中の哨戒機で行っており、中国も抗議していない(画像:防衛省)。