おにぎりの絶対王者「ツナマヨ」誕生秘話
※本稿は、「dancyu」2018年11月号の特集「おにぎり。」の記事の一部を再編集したものです。
■日本の「食」を変えた「コンビニおにぎり」
おにぎりといえば、コンビニである。
最大手のセブン−イレブンだけでもなんと年間22億個が売れ、国内コンビニを合計すると年間数10億個のおにぎりが売れているという。本稿では国民食「コンビニおにぎり」の歴史を紐解きながら、その魅力を改めて考察したい。
日本に"コンビニ"が登場する1970年代まで、おにぎりは家庭で「つくる」もので、店で「買う」ものではなかった。一部に専門店はあったものの、「おふくろの味」であり「手づくり」の代名詞だった。
もっとも1970年代、まだ黎明期だったコンビニのカウンターのレジ脇、ガラスケースに並べられたおにぎりは、客からほとんど見向きもされなかった。セブン−イレブン社内でも「おにぎりは家庭で作るもの。コンビニで売れないのではないか」と危惧する声が大きかったという。
いまや国内で一番おにぎりを作っているコンビニチェーンでさえ、40年前には「おにぎりを買う」というニーズが読みきれなかったが、「今後食事を外で買うというニーズは高まるはず。やる価値はある」という鈴木敏文社長(当時)の意向でおにぎりはコンビニの棚に居場所を確保したという。いま振り返れば当たり前に思えることであっても、当時としてはリスクもあった。だが、そこにあったニーズを見極めた。さすが稀代の経営者の慧眼である。
■大ブレイクの礎は「手巻き」と「ツナマヨ」だった
当初は見向きもされなかったコンビニおにぎりはいかにして国民食に成り上がったのか。
ターニングポイントは2つある。
1)新形態「包装フィルム」の登場(1978年)
最初に潮目が変わったのは、1978年のことだ。この年、セブン−イレブンが白飯と海苔の間をフィルムで仕切り、食べる直前に海苔を巻くおにぎり――「手巻きおにぎり」を投入した。これが当たった。家庭で握られていたおにぎりはいまで言う「直巻き」タイプ。海苔はしっとりしていた。対してフィルムで仕切られた海苔にはパリッとした食感がある。軽食や間食など"新食感"を覚えた子どもたちが、親に「海苔は別で巻くのがいい!」とねだる姿も見られるようになった。フィルムはおにぎりの「形態」や「食べ方」に革命をもたらし、コンビニは「おにぎりはコンビニで買うもの」というカルチャーを国民にじわじわと浸透させていった。
■絶対王者「ツナマヨ」発案のきっかけは「小学生」
2)新素材「ツナマヨ」の登場(1983年)
さらにセブン−イレブンが1983年に発売した「シーチキンマヨネーズ」が大ヒットとなる。実はツナ+マヨネーズというこの新しい具材は、セブン−イレブンに米や具材といった材料を提供するメーカーの担当者の発案によるものだった。当時、小学生だったメーカー担当者の息子がごはんにマヨネーズをかけるのを見てひらめいたのだという。
「ツナマヨ」はその後もロングセラー商品となり、現在ではセブン−イレブンやローソンなど大手コンビニ各社の人気ランキングでも第1位がほぼ指定席。味付けもだし醤油や、醤油だれを隠し味に加える和風仕上げが主流となっている。長い時間をかけて「ツナマヨ」と「おにぎり」との強固な関係は築き上げられてきた。現在、「絶対王者」のツナマヨに死角は見当たらない。
以上、2つの大きなターニングポイントを経て2018年現在、コンビニおにぎりは完全に日本人の生活に浸透した。歴史上、最古のおにぎりは弥生時代の竪穴式住居から出土したもの。それから約2000年が経ち、おにぎりの舞台は家庭からコンビニへ。そして、「手巻きおにぎり」の誕生から40年、人気1位の「ツナマヨ」のお目見えから35年。米、具、形態に至るまで、進化し続けるおにぎり文化はコンビニがリードしている。
■超進化を続けるコンビニおにぎりの今
80年代に日本人の生活に定着したコンビニおにぎりは、90年代に入ると各チェーンが競うかのように新たなバリエーションが展開されていった。
展開その1)異色おにぎり(1990年代)
90年代にはもち米をせいろで蒸した本格的な赤飯を使ったおにぎりが登場する。サンドイッチのようにはさむタイプの「サンドおむすび」なども発売された。
展開その2)高級路線(2000年代)
価格帯にも試行錯誤がうかがえる。2000年代に突入すると「こだわりの食材」を使った高級路線のおにぎりも定番化。低価格帯から(おにぎりにしては)高価格帯のものまで、具の量や組み合わせも含め、バリエーションが一気に増えていく。
展開その3)食味向上(2000年代以降〜現在)
高級路線と同時にベースとなるおにぎりの食味向上も進んだ。セブン−イレブンは具材の包み方を変え(2003年)、2006年には精米方法も変更した。2010年、米、塩、海苔、具材、包材を全面見直し。近年の大きな変革としては、ご飯を温かいまま成型する「HOT成型」製法を2011年には「塩むすび」で開発・導入し、2015年からは同製法を直巻おむすびにも取り入れた。
そもそも、おにぎりは米が温かいうちに握るものだ。米の主成分であるデンプンは温かいうちは粘りがあってくっつきやすい。以前のコンビニおにぎりは炊き上げたご飯をいったん冷却してから成形していたが、冷めるとデンプンが老化(β化)して、米同士がくっつきにくくなり、米を押しつぶすようにぎゅうぎゅうに握らねばならず、食感が悪くなる。温かいうちに成型することで、口のなかでほどける心地いい食感が得られる。
展開その4)海苔とフィルムのさらなる工夫(同上)
ほかにも、各社の創意工夫は随所に見られる。セブン−イレブンは手巻きおにぎりに使う海苔を工場の包装形態を出荷段階から見直し、おにぎりひとつひとつのフィルム構造を見直すことで海苔のパリッと感を向上させた。また、フィルムの形状を上の開け口の部分は内部の湿度を保ち、ごはんがしっとりとするような構造に変更。下部の角も丸みを帯びた形状にして海苔へのダメージを少なくするなど、この2〜3年でも細かいアップデートは続けられている。
■大変なことになっている、コンビニおにぎりの「現在地」
展開その5)定番商品増加&もち麦(ここ数年の動き)
コンビニおにぎりの歴史は、「ツナマヨ」に象徴されるように具の多様化の歴史という側面もあった。鮭や梅、昆布やおかかといった人気の定番に頼りきりでは、いまほどのマーケットの隆盛は望めなかったろう。定番のアップデートとともに、新たなアイテムの投入が必要なのはすべてのビジネスに通底する。
「新定番」のラインナップも豊富になってきた。塩だけで味付けされた「塩むすび」は、いまや全大手コンビニで販売されている。複数の具材をひとつのおにぎりに詰め込んだ「ばくだん」おにぎりや「チャーハン」。さらに「唐揚げ+マヨネーズ」のように一部チェーンで競合するものも含めると、定番化アイテムは爆発的に増えた。
各チェーンの独自アイテムも数多い。
「燻製仕立てのあらびきソーセージおむすび」「大きなおむすび鶏唐揚げマヨネーズ」(セブン−イレブン)
シールド乳酸菌入りの「明太チーズドリアおむすび」(ファミリーマート)
など百花繚乱。ネット上では「攻めてる!」などの声も聞かれ、評価も高いようだ。
さらには地域限定の"ご当地おにぎり"もある。北海道の「ジンギスカンおにぎり」から、沖縄の「ポーク玉子おにぎり」までおにぎりの具のバリエーションは、日々更新され続けている。
近年のトレンドで目立つのは「もち麦」「大麦」を使ったおにぎりだ。近年、健康志向の高まりを背景に、雑穀米や発芽玄米のおにぎりが人気を博した。現在、各コンビニの棚には豊富な食物繊維ともっちりした食感の「もち麦」の混ぜご飯系おにぎりの充実が目立つ。
以上、コンビニおにぎりのトレンドの変遷と現状のごく一部を紹介してきた。
■今後もツナマヨが生き残る理由
時代を表現するキーワードに「多様化」がある。コンビニで扱うアイテムのなかでも、「少量」で「多種」に対応しているコンビニおにぎりはまさにその象徴といえるだろう。
かのダーヴィンは「もっとも強い者が生き残るのではない。最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」と言ったが、日本のおにぎりは、2000年以上の歴史を生き抜いてきた。
日本のおにぎり界では、紅鮭のような強者も、ツナマヨのような賢者も、ベーコンやソーセージのように変化できる者も生き残る。日本のおにぎりと、おにぎり進化論の懐は深い。
----------
※『dancyu』(11月号)の特集「おにぎり。」では、筆者解説による「再発見! おにぎりクロニクル」のほか、築地や人形町などの「出勤前に買える9軒。グッドモーニングおにぎり」「青森・八戸におにぎり名人がいました。節子さんのすじこにぎり」「酒場の〆おにぎりは『焼きおに』か『白おに』かどっちだ?」などを紹介しています。ぜひ手に取ってご覧ください。
----------
(ライター/編集者/「食べる」「つくる」「ひもとく」フードアクティビスト 松浦 達也 写真=iStock.com)