ここ1年がリミット。安倍首相が北の核配備を防ぐためにすべき事
以前掲載の「世界は、核兵器の「個人所有」をこの男に許していいのだろうか?」では、民意が入る余地のない北朝鮮において、核兵器は「金正恩が撃ちたいと思ったら、すぐに発射できる個人所有の殺戮兵器」であるとお伝えしました。今回の無料メルマガ『ジャーナリスト嶌信彦「時代を読む」』では著者の嶌さんが、交渉が不毛に終わった25年間を振り返りつつ、独裁体制が強まった北朝鮮との「対話」の糸口を考察しています。
北朝鮮と「対話」の糸口探せ
北朝鮮の最高指導者・金正恩朝鮮労働党委員長とは一体どんな経歴を持った人物なのだろうか。第2代最高指導者だった金正日総書記の3男で祖父は初代最高指導者だった金日成主席、母は大阪出身の在日朝鮮人の高英姫氏とされる。
1984年1月生まれで、幼少期は日本文化にもふれていた。1996年よりスイスに留学していたが2000年に帰国。金日成総合大学と軍の教育機関・金日成軍事総合大学で情報工学などを学んだ。
当初は長男の金正男や次男の金正哲が後継者になるとの憶測もあったが、2009年に入り金正恩後継が有力視され2011年に父の金正日が死去すると、同年12月末に「金正恩を党、軍、人民の最高指導者とする」と公式に宣言し、以後最高指導者、将軍などと呼ばれるようになった。
2012年の金日成生誕100年に際し、軍事優先の先軍政治を再確認するとともに核ミサイルの開発を優先することを明言している。
権力を握ると人民武力部長、人民軍参謀総長など軍上層部の処分を繰り返し、権力中枢にいた7人のうち5人を粛清、更迭した。この中にはNo.2で親族でもあった張成沢氏もおり処刑した。正恩体制になってから処刑された幹部は100人を超すといわれる。
アメリカに代価を払わせる
2017年になるとトランプ米大統領の国連演説に対し「国家と人民の名誉、そして私自身の全てをかけ、わが国の絶滅を述べた米国指導者の暴言に代価を払わせる」と反発。
独特の髪型、バスケットボール好き、ヘビースモーカーとしても知られ、妻の李雪主との間に3人の子供がいるといわれている。父親の金正日に比べるとバランス感覚に欠けているように見え、暴君ぶりがいろいろと伝えられている。
北朝鮮の核・ミサイル開発は1980年代に始まったとされる。最初はエジプトから旧ソ連製の短距離弾道ミサイル「スカッドB」を入手して、これらを分解し研究を開始した。
その後、86年に寧辺に5000キロ級の原子炉の稼動を開始し、プルトニウムを取り出している模様だ。米国では「北朝鮮の技術力からすると、核爆弾1個あたり4〜6キロの兵器用プルトニウムが必要とされるが、北朝鮮では既に50数キロ保有している」と推計している(9月4日付/朝日新聞)。
この結果、年間約80キロの高濃度ウランを生産でき、年に3個の核兵器を作る能力を持ち、2020年までにプルトニウム型、ウラン型を合わせ約50個の核爆弾を持つ可能性もある(同紙)という。
2年以内に米国に届く核を実戦配備?
北朝鮮は1993年5月には日本を射程に収められる中距離弾道ミサイル「ノドン」(射程約1300キロ)を発射。’98年8月には長距離弾道ミサイル「テポドン1」。さらに2006年に「テポドン2」や「スカッド」、「ノドン」を7発発射。
「テポドン2」の改良型の射程は6700キロ以上といわれグアム島はもちろんのことアメリカ西海岸まで届くとみられている。
2006年10月には初の核実験を行なっており、09年5月には2回目の実験を実施している。さらにその後も13年に小型化、軽量化した原爆実験、そして16年1月に4回目の核実験で「水爆実験に成功」と発表。同年9月にも核実験を行ない「核弾頭が標準化、規格化された」としている。
2017年に入っても2月以降、中距離弾道ミサイル「北極星2」、5月に同じく「火星12」を発射、そして7月に大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」を2度発射した。火星14の射程距離は1万キロに及ぶとされており、アメリカ全域を射程内に入れることが出来るようだ。今のペースで進むと核爆弾を小型化し、2年以内には米本土に届くICBMが実戦配備されるのではないかと懸念されている。
それにしても北朝鮮の核開発をここまで放置していたのはなぜなのだろうか。むろん、黙って放置していたわけではなかった。国際社会は約25年にわたって止めさせる努力を続けていたが実を結ばなかったのだ。
北朝鮮との核協議は1992年1月にカンター米国務次官と金容淳朝鮮労働党書記が会談して以来、何度も北と国際社会は協議を続けてきた。米朝協議だけでなく関係国を入れた6者協議が2003年にスタートした。
特に2007年の6者協議(米、朝、韓、中、露、日)以来、何度も北の核・ミサイル開発凍結を話合い何度か合意はしたものの、結局最終的には全て北の手によって破棄されてきたのである。特に米ブッシュ政権の強硬姿勢とこれに対応する北の核実験などで会談はしばしば中断された。
それでも父親の金正日政権の下では段階的に北が核を破棄することで合意したこともあった。一時はこの合意に伴ない北朝鮮は核施設の凍結、核の無能力化も約束、段階的に核廃棄することで合意したのである。
しかし2008年に金正日総書記が脳卒中で倒れ、その後を告いだ金正恩は権威を高めようとして再び強硬路線に変え、2009年に2回目の核実験を行なった。2011年末に金正日総書記が死亡すると金正恩は「核開発と経済改革を同時に進める」と宣言。
一方、米国でオバマ政権が登場すると、北朝鮮の挑発に対し「北が具体的な非核化への行動をとらない限り対話に応じない」とし、6者協議も開かれなくなった。この間のアメリカ側などの北朝鮮に対する放置が、逆に北のミサイル開発の時間を与えたのではないかという批判も多い。
北朝鮮はその間、開発をやめる条件として北朝鮮を敵視しない政策の保障や在韓米軍の撤退などを求めているため、一層対話再開が難しくなってしまった。
注目される米トランプ政権の対応
ただ、2017年のトランプ政権の登場で状況は少し変わりつつあるかもしれない。トランプ氏は登場するや否や「北朝鮮を爆撃で火の海にしてやる」といい、軍事シナリオを含めたあらゆる方策がテーブルにあると北を脅すディール(取引)に出ている。これに対し北もグアムや日本への攻撃も示唆している。
この間、トランプは中国とロシアに北へもっと圧力をかけるよう要請したり、安保理の経済制裁などを次々と強化し、石油関連輸出を3割削減するなど国際的締め付けの輪を広げている。こうした「圧力」路線に中国、ロシアは反対の意向を示し、対話すべきだと強調している。
しかし実際には中国、ロシアとも追加制裁に賛成しながら話合いの糸口を探している。また、トランプ政権と北は水面下では様々な接触、交渉を行なっている模様で、案外トランプ大統領の「脅しのディール」はある程度、功を奏しているようだ。
両国の言葉のやりとりをみていると一触即発の状態にあるようにみえるが、共に全面戦争は避けたいのが本音なのだ。
もし戦争になれば、10万の単位で犠牲者が出るし隣国の中国やロシアへ難民が押し寄せる可能性も強い。また北が中国などに向けて核を発射する危険も皆無とはいえない。さらに在韓米軍のアメリカ兵や日本への攻撃、グアム島への攻撃も否定できないわけで、金正恩政権の正常な判断をどこまで期待してよいのかわからない怖さもある。
安倍首相は、最近「国難」という言葉を何度か使っているが、どこまでリアリティをもって言っているのかよく掴めない。本当に戦争となれば国難騒ぎではなくなってくるだろうから、北への「圧力」を口にするだけではなく、一方で北が対話に応ずる条件や土俵づくりを中国、ロシア、東南アジア諸国などに対して行なっていくのが真の外交だろう。
時間はあまりないのだ。北が2年以内にアメリカへ届く小型ミサイル爆弾の開発に成功すれば事は一段と厄介になる。期限は2年もなく、ここ1年が正念場で日本もその時間軸の中で本気で動かなくてはなるまい。
(Japan In-depth 2017年10月22日)
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