文藝春秋11月号(2017年10月10日発売)。記事の見出しは「私は本気で政権を奪う 安倍政権のままでは日本は潰れてしまう 小池百合子」。

写真拡大

第48回衆議院議員総選挙が10月10日公示された。22日の投開票に向けて、各党は選挙戦に突入した。「希望の党」の小池百合子代表(東京都知事)は出馬しなかった。周囲から出馬を熱望されていたにもかかわらず、なぜあきらめたのか。「小池氏は出馬する」と予想してきたジャーナリストの沙鴎一歩氏が、その真意を探る――。

■「国盗り」の野望は消えてはいない

なぜ、小池百合子氏は出馬しなかったのだろうか――。小池氏は大衆に大きなエネルギーを与える「本物の魔女」だからこそ、10月10日の公示日に出馬して初の女性首相を狙うはずだと、この沙鴎一歩は書いた。だが、出馬しなかった。

それでも彼女は公示日直前に発売された『文藝春秋』11月号に「『安倍1強』を倒し、私は本気で政権を奪う」と寄稿している。その意味するところはやはり、初の女性首相にある。「アベノミクス」に対抗し、「ユリノミクス」と自らの名を冠した経済政策を掲げて安倍晋三首相に挑むところなど、小池氏の「国盗り」の野望は消えてはいない。文藝春秋や新聞各紙の社説などを参考に小池不出馬の真意を探ってみよう。

■慎重に世論をマーケティングした結果か

小池氏は文藝春秋への寄稿文の中でこう説明している。

「新党結成にあたり、私自身が電撃的にこの選挙に出馬するのではないか――という質問を幾度も受けました。ですが、また国政に戻れば、わざわざ崖から飛び降りて都知事になった意味がありません。私が昨年の都知事選で都民の皆さんからいただいた291万票は、『都知事として頑張れ』というメッセージです。私は、都政を磨くことで、日本全体のロールモデルにしたいと思っています」

「知事として頑張れという都民のメッセージ」「都政を磨く」「日本全体のロールモデル」など「小池百合子は都民を裏切りません」という分かりやすい声明で、公示直前にこれを出すところは、さすが海千山千の政治家だけあると感心させられる。

ただし彼女自身の心中を図れば、「出馬しようか」「でも出馬したら都民の信用を失う」「それは政治家として大きなダメージだ」「それでも日本初の首相になれれば、その信用は取り戻せる」「希望の党は選挙で第一党になれるだろうか」「どうしましょう」とかなり悩んだのではないだろうか。

しかも小池百合子という政治家はマーケティングが得意だ。そのうえ抜群に勘がいい。度胸もある。そこが勝負師といわれるゆえんである。だから今回の衆院選出馬についても慎重に世論を分析したはずだ。

■注目は「希望の党」の得票数に移った

小池氏は若狭勝衆院議員や細野豪志元環境相らにすべて一任するように見せかけ、9月25日、安倍晋三首相の衆院解散表明にぶつけて記者会見を開き、希望の党の立ち上げと代表就任を発表した。これまで若狭氏らが積み上げてきた政策理念をなかったものにして、「リセット」という言葉まで使った。

このサプライズで、大衆は小池劇場に酔い、初の女性首相を目指す小池氏の勢いに飲み込まれた。まさしく「魔女の毒」が回った結果だった。大衆は再び、彼女の毒に酔いしれようと、出馬を期待した。だがそれはむなしい夢で終わった。

いま、小池氏は選挙戦で希望の党の代表として前面に立ち、有権者の支持を得るべく、「『安倍1強政治』を終わらせよう」と訴えている。今後の選挙戦で希望の党はどれだけ得票できるだろうか。

■朝日から読売、産経まで各紙が批判的

共同通信社が9月30日、10月1日の両日、衆院選に向けて有権者の支持動向などを探る全国電話世論調査を実施した。その調査結果によると、比例代表の投票先政党は自民が24.1%で、希望の党が14.8%だった。希望の党の結成後、初めての調査だったが、自民と希望の党の差は9.3ポイントである。この差を大きいと見るか、小さいと見るかは難しいところだろう。

新聞各紙の社説はどれも小池氏にかなり批判的だ。

公示翌日の10月11日の産経新聞の社説(主張)は「希望の党小池百合子代表は、議員定数の過半数の候補者を擁立しながら、自らの出馬を見送った。首相指名の候補も、あらかじめ決めていない」と書き、「小池氏は公示後の第一声で『安倍1強政治を終わらせよう』と訴えた。ならば、首相候補を不在にしたまま、もし『終わらせた』後はどうなるのか」と厳しく指摘する。

さらに連立の可能性についても「小池氏が、自民党と連立政権を組む可能性について否定していないのも、責任ある姿勢とはいえない。選挙結果によって判断する要素は残るだろう。だとしても、まず自らが選挙後の政権の姿を描いてからの話ではないか」と非難する。

産経社説は9月27日付でも「議員生き残りの『希望』か」と皮肉たっぷりの見出しを付け、「政見を同じくする仲間を募り、理念や政策を積み上げる作業は一切、省略だ。民主的な党運営とは無縁のスタートといえる」と批判していた。

次に読売新聞の社説。10月11日付で「希望の党は、小池代表が出馬を見送り、候補者も235人と、過半数にぎりぎり達するにとどまった。小池氏は『候補者が全員当選というわけではない』とも語っており、希望の政権獲得は見通せない。失速感は否めまい」と書いている。

■「政権選択選挙になりようがない」

9月27日付の読売社説も「問題なのは、希望の党の政策決定過程が不透明なうえ、大衆迎合的な政策が目立つことだ」と手厳しかった。

一般的に産経と読売が批判的なら朝日は好意的なのだが、その朝日も今回は小池氏に対して批判的である。

たとえば10月11日付の朝日社説は「選挙戦の構図を不鮮明にしているのは、その小池氏の分かりにくい態度である」と指摘し、「『安倍1強政治にNO』と言いながら、選挙後の首相指名投票への対応は『選挙結果を見て考える』。9条を含む憲法改正や安全保障政策をめぐる主張は安倍政権とほぼ重なる」と書いている。

そのうえで「野党なのか与党なのか。自民党に次ぐ規模である希望の党の姿勢があいまいでは、政権選択選挙になりようがない。戸惑う有権者も多いだろう」と厳しく言及する。

9月2日付の朝日社説も「その影響力の大きさとは裏腹に、新党には分からないことが多すぎる。最大の問題は、何をめざす政党なのか、肝心のそこが見えないことだ」と苦言を呈した。

俗な言い方をすれば、小池氏と希望の党は右からも左からも批判の的にされている。これだと、得票数を思い切って伸ばすのはかなり難しくなる。

■自公との「大連立」はあり得るのか

気になるのが10月9日付の「あす公示」の朝日社説である。

「小池氏はさらに、みずからの立候補を否定し、選挙後の首相指名投票で党としてだれに投じるかは『選挙結果をふまえて考える』と明確にしない。これでは政権選択選挙とは言えない」と書いたうえで、「見えてくるのは、選挙後に自民党と連携する可能性だ」と指摘する。

さらに「定着したかに見えた『自民・公明』『希望・維新』『立憲民主・共産・社民』の三つどもえの構図自体があやしくなる」とも指摘し、「政権交代に期待して希望の党に一票を投じたら、自民・希望の大連立政権ができた――。有権者にとって、そんな事態も起きかねない」と皮肉る。

「自民・希望の大連立政権」は、その可能性がないとは言い切れない。小池氏のスタンスは保守だし、仮に選挙後、憲法改正を目指す安倍首相が小池氏に秋波を送ったとしたら、野心のある小池氏は乗ってくるかもしれない。

ただし10月8日に日本記者クラブで行われた党首討論会で、小池氏は「『お友達政治』をただしていく意味で選択肢を提供している。『安倍1強政治』を変えていくことが私どもの大きな旗印だ」と述べ、安倍首相との対立軸を明確に示している。

大連立を組むとすれば、小池氏がこの主張をどう言い換えて国民に納得してもらうかも見どころになる。

■「補欠選挙」で初の女性首相を狙う?

それにしても国会議員にならない限り、小池氏は悲願の女性首相にはなれない。そこで浮上しているのが、衆院の補欠選挙を狙う方法だという。

希望の党から今回の衆院選に立候補させて当選した議員と選挙前から話を付けておき、選挙後に議員辞職してもらい、その枠に小池氏が立候補して当選する。

しかしそこまで姑息な手を使うだろうか。この作戦がばれたら彼女の政治生命はなくなる。

おそらく小池氏は、政治状況や有権者の志向、世論の変化、希望の党に対するマスコミの報道ぶりなどを総合的に判断した結果、不出馬を決めたのだろう。都知事である小池氏が国政に出馬した場合、都民から「都政を投げ出し、無責任だ」との非難の声が上がるのを恐れたという見方もある。真相はわからないが、小池氏の「国盗り」の野望は消えてはいない。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩)