基本思想として出塁率を重んじるセイバーメトリックスの普及以降「フォアボールを選べるバッター」が正当に、ときに過大に評価されるようになった。それは同時に「フォアボールが多いピッチャー」を嫌う風潮を生み出しもした。昔はフォアボールをバンバン出せど豪速球で三振の山を築く豪腕系投手はベースボールの花形であったが、今では少ないピッチカウントでゴロの山を築き安定してQSをマークするイニングイーターが理想的なピッチャーと考えられることが多い。まあ良くも悪くも「フォアボール」は、選手の能力を評価する上での主要なKPIになったのだ。


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 2012.06.07 vs Oakland Athletics


 「メカニズムが完全に狂っていた」というゲーム後の本人談通りのアウティングだった。6安打に7四死球の乱調で5.1IPを6失点。4回に突如ストライクが入らなくなり4四死球の大荒れでビッグイニングを作るなど、まさに"Dice-K"劇場。レンジャーズはオフェンスも元気なく、チームはここ9試合で2勝7敗、5月1日からカウントしても16勝18敗と負けが先行。ロケットダッシュを決めた4月の勢いはなくなり、今季最初の正念場を迎えている。








 自滅した格好のダルビッシュだが、ダルビッシュを見事に打ち込んだのが2番のC.クリスプ。3回に今季第1号のソロHRを放つと、4回に走者一掃の3ラントリプルでダルビッシュのERAをガクッと下げる殊勲の活躍。ゲーム後のインタビューでは、ダルビッシュは素晴らしいピッチャーだが(運良く)自分達は勝利することができたと語る余裕まで見せた。

"[Darvish]'s obviously an outstanding pitcher. He has plus everything. I don't know what pitch he doesn't have, maybe a spitball or something like that. Every pitch that he throws up there is plus. I think he made a couple of mistakes that we were able to capitalize on, where in past games we've had a hard time doing that."
「(ダルビッシュが)傑出したピッチャーであることには疑問の余地がない。彼はあらゆる球種を高い次元で投げる。彼が投げられないのはスピットボール(反則球)くらいのものだろう。ただ今日の彼は何度かミスを犯し、俺達はそれを今日たまたま捉えることができた。」


【MLB.com】Crisp breaks off four-RBI game in win



 一方のダルビッシュはクリスプについて「とにかく今日の彼はまるでハミルトンのような強打者に感じられた」と語っている(皮肉なことに、直近29打数4安打と5月の勢いがパタッと止まっている今のハミルトンは(失礼ながら)不調時のクリスプくらいのバッターのように見える)。結果的にクリスプの長打2本がオークランドの勝利を決定付けたことは間違いないのだが、しかしそれよりも議論すべき問題と考えられているのはやはり(ダルビッシュの)"Control Issue"である。ESPNDallas.comJeff Fletcherは、昨日のレンジャーズの敗因そして今後の課題について、以下のように書いている。

"As the Texas Rangers lost for the seventh time in nine games Thursday, the stories of the day were these: the Rangers couldn't hit and Yu Darvish couldn't throw strikes. Although the former may seem like a more acute issue at the moment, at least the Rangers hitters have long careers in the big leagues for evidence that they will hit again. As for Darvish, whose major league career has spanned all of 12 starts, the question remains open. Was his lack of control in a 7-1 loss to the A's just an isolated problem, or was it merely the worst day in a season that had already seen him walk more batters than he should?
「ここ9試合で7敗目を喫したレンジャーズについて今日語るべき話は2つ、打てないオフェンス、そしてダルビッシュがストライクを投げる能力についてだ。今この瞬間に関していうと、前者の方がより深刻な問題ではあるが、実績十分のオフェンス陣はそのうちまた打ち出すはずだ。一方でまだ12試合のキャリアしかないダルビッシュの問題については、疑問の余地が残る。今日のフォアボール連発は彼が慢性的に抱える課題なのか、それとも単に今日が最悪だっただけなのだろうか?」


【ESPN】Yu Darvish confident he'll fix control issues



 地元メディアが心配するのも仕方ない。ダルビッシュはここまで72.2IPで44のフォアボール(7日時点で両リーグワースト)を出している。NPBからMLBへの適応、各ボールパークへ慣れる時間が必要とはいっても、それがどれくらい時間がかかるものなのか誰も正確な答えは持ってはいない。たとえば「2、3か月ですんなり適応できるようなものではないし、徐々に良くなっていくはず」と気長に考える僕のような人もいるが、一方で「12試合も投げたんだしそろそろ(適応の時間が必要という)言い訳は許されない」と考える人が(特にアメリカには)多いことも頷ける。明日、1年振りにメジャーのマウンドにカムバックを果たす松坂大輔の事例も、周囲がダルビッシュに懸念を抱く大きな要因となっている。


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 ダルビッシュは昨日のゲーム後「自信を失わないようにしている。(コントロールの問題は)次の登板までには修正する」と語り、実際ゲームセット30分後には既にテープを見返してコマンドを乱した4回に起こっていたメカニカルな問題を把握したという。ダルビッシュが「自信を失わないようにしている」などと自ら発言するのは極めて珍しい。というのも、彼はそもそも自信を持つとか失うとかいった次元の話を根本的に超越しているアスリートである。パフォーマンスの全てを純粋な「技術」の問題と捉え、ロジカルにメカニックを解決することで自らを高めていくことが彼の凄みだ。全てが新しい環境で右も左もわからない中で走り続け、流石のダルビッシュといえども「メンタル」の問題を感じる瞬間が今はあるのかもしれない。


 都合の良いことを言うようだが、4月のヤンキース戦で見せたように涼しい顔でマウンドを完全に支配する「ロックスター」ダルビッシュの姿と共に、もがき苦しみそして壁を乗り越える「25歳の青年」ダルビッシュの姿も見ていきたいと、僕は思っている。ダルビッシュも(限りなく神の子に近い)人の子だ。常人には足を踏み入れる機会さえ訪れない異次元の世界で孤独な戦いを続けるダルビッシュだが、彼の素顔はとにかく自分の好きなことに変態的なまでに打ち込むピュアな青年であり、ダルビッシュ世代の僕が彼に強烈なシンパシーを覚える理由はまさしくそこにあるのだ。


 アーリントンにはこれから、灼熱の夏がやってくる。札幌ドームをホームにしていたダルビッシュがテキサスの真夏に適応できるかというのも、シーズン前から議論になっている話だ。今日は最後に、コカイン厨ワシントン監督のいつもながらlove&peaceに溢れる(毒にも薬にもならない)コメントを紹介して締め括ろう。


"I'm more than certain he's had some adversity before and he'll bounce back from it. We certainly will be here to support him, so he doesn't have to worry about that. We're not going to turn our back on him. We'll stick with him."
「(ダルビッシュは)今までも逆境を跳ね退けている男だし、彼は必ずや壁をぶち破ると確信している。我々は彼をサポートするためにいるのであり、本人が余計な心配をする必要はない。我々の彼への信頼が揺らぐことはない。我々は彼と共にいる」