「文議長の非を責める前に、私たちは過去に目を閉ざしていないか、もう一度、謙虚に自省する必要があるのではないだろうか?」と問いかける古賀茂明氏

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『週刊プレイボーイ』でコラム「古賀政経塾!!」を連載中の経済産業省元幹部官僚・古賀茂明氏が、日本の過去の戦争責任に対する日本人と国際社会の温度差について指摘する。

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「(慰安婦だった)おばあさんの手を握り、申し訳なかったとひと言言えば、すべての問題が解決されるだろう」

天皇陛下に謝罪を求めた韓国・文喜相(ムン・ヒサン)国会議長の発言が日韓間の新たな火ダネになっている。

「甚だしく無礼」(河野太郎外相)と、発言の撤回と謝罪を求める日本政府に、文議長は「謝罪すべき側がせず、私に謝罪を求めるのは盗っ人たけだけしい」と応戦し、ゴタゴタは一向に収まる気配がない。

このやりとりを報じる日本国内の報道もほとんどが文議長に批判的だ。

だが、ここは冷静になる必要があるのではないか? というのも、国際社会では文議長の発言は特別に過激なものではないからだ。

昨年訪れたボストン美術館でのことだ。戦争をテーマにした展示コーナーがあり、ヒトラー、ムッソリーニと並んで昭和天皇の戦争責任を問うイラストが当たり前のように展示されていて驚いたことがある。

日本は戦後、平和憲法の下で象徴天皇制となり、9条で非戦を誓った。それ以来、軍事的な行動で誰ひとり傷つけていないし、傷つけられてもいない。国民の多くが平和な日本を謳歌(おうか)し、過去の戦争責任が議論されることも少なくなった。

しかし、国際社会の受け止め方は違う。ボストン美術館の天皇のイラストのように、いまだに戦前の大日本帝国の戦争責任を記憶し続けている。そうした世界の人々から見れば、文議長の発言は日本人が感じるほど違和感のあるものではないのだろう。

私が危惧するのは過去の戦争責任を忘却しきったような今の日本のムードと、いまだにそれを記憶し続ける世界の国々との間に溝が生まれることだ。文議長の発言を「無礼」と日本が反発すればするほど、世界から「日本は過去に目を閉ざそうとしているのではないか?」と勘繰られかねない。

それでなくても、9条改正や軍拡に前のめりの安倍政権に、世界、とりわけ東アジア諸国は警戒のまなざしを注いでいる。安倍首相はしばしば「未来志向」という言葉を口にするが、それは過去の歴史を謝りたくないためのフレーズ、つまり「未来志向なんだから、過去のことはもう蒸し返すな」という意味ではないかと、多くの国々が疑っている。

米朝交渉がまとまり、北朝鮮の非核化と制裁解除が進めば、朝鮮半島はアジア有数の成長フロンティアになる。カリスマ投資家として知られるジム・ロジャーズ氏も「北朝鮮バブルが来る」と予測し、すでに大韓航空株などを買っている。

GEなど、欧米企業も何度も平壌(ピョンヤン)を訪れ、市場調査に余念がない。おそらく非核化後の北朝鮮にはアメリカ、中国、ロシア、韓国などが先を争うようにして投資に乗り出すことだろう。

ただ、そこに日本の席はない。アメリカ追随というチョイスしかない安倍政権が朝鮮半島の雪解けムードに背を向けてきたことが災いし、北東アジアの新秩序づくりに関与できずにいるためだ。このままでは日本の安全保障や経済成長にとってもマイナスだ。

文議長の非を責める前に、私たちは過去に目を閉ざしていないか、もう一度、謙虚に自省する必要があるのではないだろうか?

●古賀茂明(こが・しげあき)
1955年生まれ、長崎県出身。経済産業省の元官僚。霞が関の改革派のリーダーだったが、民主党政権と対立して11年に退官。『日本中枢の狂謀』(講談社)など著書多数。ウェブサイト『DMMオンラインサロン』にて動画「古賀茂明の時事・政策リテラシー向上ゼミ」を配信中