消しゴムで鉛筆の字が消せるのはなぜでしょうか(写真:Littlewitz/iStock)

私たちの生活に普及し、いつも当たり前のように使っている「モノ」にはどれも、まさに“知る人ぞ知る”技術が備わっている。たとえば“筆記用具の王道”を歩み続ける「消しゴム」と「鉛筆」。パソコンの隆盛により、かつてほど使用機会はないかもしれないが、老若男女、古今東西を問わず、人類はこれらの文房具の「技術」の恩恵により、英知を得ていったといっても過言ではない。
『雑学科学読本 身のまわりのすごい技術大百科』を著したサイエンスライターの涌井良幸・貞美両氏に、私たちが日頃よく使う文房具の「すごい技術」について、イラストを使いながらわかりやすく解説してもらった。

消しゴムが字を消すしくみがよくわからない!

1564年に黒鉛が発見され、ほどなくそれを棒に挟んだ筆記用具(鉛筆の原形)が発明された。ところが、世界初の「消しゴム」が製品化されたのは、1772年ロンドンにおいてと言われる。鉛筆の起源となる筆記用具の発見から消しゴムの発見までには200年近い、大きなタイムラグがある。人類は“ベストな組み合わせ”を発見するのに、ずいぶんと時間を要したことになる。

ところで、消しゴムで鉛筆の字が消せるのはなぜだろう。その秘密は、黒鉛粒子と紙との関係にある。

鉛筆で紙に書いた点や線は、紙の表面に黒鉛の粉末が付着しているだけの状態だ。だから、こすってはぎ落とせば字は消える。しかし、こするだけでは字は消えない。拡散してしまうからだ。消しゴムは黒鉛の粉末を中に絡め取り、消しくずとしてまとめてくれる。これが、消しゴムで鉛筆の字が消えるしくみだ。


消しゴムで字が消せるしくみ(イラスト:小林哲也)

最近の消しゴムはプラスチックでできている。ゴムよりもよく消えるということで、急速にシェアを広げた。そこで、鉛筆の字を消すゴムやプラスチックは「字消し」と統一して呼ばれる。だが、「消しゴム」という名称のほうが通りはいい。

次の図に、プラスチック消しゴムの製法を示したが、完成品は一つひとつ紙ケースに収められる。消しゴムのプラスチックは接触すると再結合してしまうからだ。


プラスチック消しゴムの作り方(イラスト:小林哲也)

周知のように、インクで書かれた文字は、消しゴムでは消せない。インクの文字は紙の繊維に染み込んでいるからだ。これを消すには「砂消しゴム」が必要となる。ゴムに含まれる細かい砂で、染み込んだインクを紙から削ぎ落とすのだ。もっとも、最近では修正液や修正テープのほうが手軽で人気があるようだ。

近年、消しゴムにもさまざまな工夫が凝らされている。たとえば「カドケシ」と命名された消しゴムは、何度でも新しい「角」で字を消すことができ、細かいところを消すのにたいへん便利だ。また、「ブラック消しゴム」と呼ばれるものは、黒いプラスチックを利用し、ゴム部分の汚れが目立たずきれいに使える。また、消しくずが黒くて見やすいため、片づけも容易になっている。


消しゴムケースの角に切り込みがある理由(イラスト:小林哲也)

鉛筆に鉛(なまり)は含まれていない

消しゴムと切っては切れない“ベストな組み合わせ”を誇る「鉛筆」。この鉛筆は、見ての通り「鉛の筆」と書く。そのため、巷には「鉛筆の芯には鉛が含まれている」という迷信もあった。しかし、実は鉛筆に鉛は含まれていない。その代わり、漢字で書くと「鉛」とまぎらわしい「黒鉛(こくえん)」が入っている。この黒鉛と粘土から鉛筆の芯ができているのだ。

黒鉛は炭素からできているが、同じ炭素からできているものに、ダイヤモンドがある。しかし、これらが似ても似つかないのはご存じのとおりだ。このように、同一の元素からできているのに性質がまったく異なるものを「同素体(どうそたい)」と呼ぶ。

ナノの世界で見ると、黒鉛はすべりやすい炭素の層構造をしている。このすべりやすさが大切で、筆圧で層が簡単にはがれ落ち、黒い粉となる。これが、字やイラストの線になるのだ。


黒鉛とダイヤモンドは成分元素が同じ(イラスト:小林哲也)

紙に書けて鉄やガラスに書けない理由

では、紙に書けて鉄やガラスに書けないのはなぜだろうか。この理由は先に述べた「黒鉛の性質」にある。炭素の層が筆圧ではがれ落ちるには「引っかかり」がなければならないからだ。

鉄やガラスの表面は、硬くスベスベしているため黒鉛の層が引っかからない。一方、紙は植物繊維でできているので、表面はザラザラしている。この凹凸に黒鉛が引っかかり、黒い粉が繊維内部に入り込む。これが、紙に鉛筆で字が書ける秘密だ。当たり前と思っていることに、こんなミクロの世界の理由があるのだ。


鉛筆で紙に字が書けるしくみ(イラスト:小林哲也)

鉛筆の芯の濃さと硬さはBとHからなる「硬度記号」で表される。Bは「Black」、Hは「Hard」の頭文字で、Bにつけられた数が大きいほど軟らかく、Hにつけられた数が大きいほど硬い。

鉛筆の硬さは黒鉛と粘土の割合によって決まる。たとえば、HBでは黒鉛70%に対して、粘土30%。Bの数が多いほど黒鉛が多く含まれることになる。ちなみに、HとHBの中間にFがある。Fは「Firm」(ひきしまった)の頭文字だ。

複写式領収書などで大活躍!ノーカーボン紙

鉛筆やボールペンなど、ペンで書かれた文字を複写するための「ノーカーボン紙」は、生活のさまざまなシーンで利用されている。銀行の振込用紙や宅配便の伝票ほか、いわゆる「控え」が必要な場面で活躍しているのはご存じだろう。

この「ノーカーボン紙」の一方では、当然「カーボン紙」もある。たとえば宅配便の伝票で、自分用の控えにこれが利用されている。1面の裏にカーボン(炭の粉)を塗り、筆圧で2面の紙に印字する方式だ。このしくみからわかるように、これは安価だが、触ると手が汚れる場合が多い。


カーボン紙の転写のしくみ(イラスト:小林哲也)

つまり、カーボン紙で手が汚れる問題を解消する製品こそノーカーボン紙だったのだが、1953年に米国で発明されたこの製品、そもそもどのようなしくみなのだろう。

ノーカーボン紙にはミクロン単位の大きさの「マイクロカプセル」が利用されている。ペンの筆圧が加えられると、1面の裏面に塗布してあるカプセルが壊れ、中に入っている無色の「発色剤」が染み出す。すると、2面表に塗ってある「顕色剤」と化学反応し、色が現れる。これが、控えの紙の文字になるのだ。


ノーカーボン紙で文字が写るしくみ(イラスト:小林哲也)


マイクロカプセルはミクロン単位(イラスト:小林哲也)

FAXやレシートの用紙に利用されている「熱転写用紙」

ノーカーボン紙と同様の印字のしくみは「熱転写用紙」にも活用されている。熱転写用紙はFAXやレシートの用紙に利用されているが、プリンターヘッドの熱パターンがそのまま転写される紙である。紙表面に発色剤と顕色剤を混合しておき、熱でこれらふたつを化学反応させるしくみだ。


感熱紙のしくみ(イラスト:小林哲也)


なお、カーボンを使っていないという意味で、ここで解説したノーカーボン紙とは異なる方式のノーカーボン紙も存在する。パイロットが実用化した「プラスチックカーボン紙」だ。これは、プラスチック層にインクを含ませた構造を採用し、手が汚れないように工夫されている。

以上、この記事では、私たちがよく使う文房具にまつわる“すごい技術”を簡単に解説した。「よくお世話になっているけれど、しくみはよく知らない」モノはまだまだたくさんある。私たちが日々“当たり前の生活”を送れるのは、身近なモノの“すごい技術”があってこそなのかもしれない。