WWDC 2018の基調講演に立つティム・クックCEO(筆者撮影)

アップルが米国時間6月4〜8日にカリフォルニア州サンノゼで開催した世界開発者会議「WWDC 2018」では、iPhone・iPad、Apple Watch、Apple TV、そしてMacの次世代ソフトウエアが公開された。アップルはこれからのテクノロジー、そして将来の製品、その使われ方について、どのように考えているのだろうか。

記事(速報!iPhoneがグンと便利になる新OSの全貌)と(iPhoneの「中毒脱却機能」が秀逸といえるワケ)では現地から最速の情報をお伝えしたが、改めて、イベントのまとめを3つのキーワードで読み解いていきたい。

(1) iPhoneを育てつつ、しかしあまり見なくなる未来

アップルは今回、特にフェイスブックに対するアンチテーゼを強く発したように思われる。これは思想面だけでなく、機能面、ユーザーの行動など、多面的な主張と具体的な対策に表れている。

対策の対象は「フェイスブック」

簡単に言えば、アップルのメッセージは「うちのユーザーの時間と行動を、広告価値に変換するような邪悪なことをするな」ということである。その最大手として成長しているフェイスブックが、主要な対策の対象、というわけだ。


iOS 12に搭載されるScreen Time。日々のiPhoneの使用時間、アプリの使用時間、通知の回数、iPhoneを手に取る回数を記録し、何が原因でスマホ中毒に陥っているのかを知ることができる(筆者撮影)

ティム・クックCEOは基調講演で、ユーザーがどれだけiPhoneを使い、手に取り、通知を受け取っているのかを知る機能「Screen Time」を発表した。この説明スライドでは、使いすぎているアプリの上位にフェイスブックとインスタグラムが表示されていた。また使用時間を制限する機能「App Limit」で制限されたアプリはインスタグラムだった。

もちろんゲームや映像ストリーミングなどのアプリでも画面を見ることになるが、自分の意志に反して、通知をきっかけに見続けてしまうSNSをいかに食い止めるかに照準を合わせ、通知を知らせない機能の充実も図った。


複数のアプリの機能を束ねて呼び出せるShortcutsは、自分好みにSiriを育て、素早く必要な情報や操作を済ませる手段を提供する(筆者撮影)

アップルは今年秋に配信予定の最新ソフトウエアiOS 12について、現行のiOS 11が動作する2013年発売モデル以降のiPhone、iPadで利用できるようにしており、新モデル発売以前の現段階で、iOS 12利用者は全体の81%に上ると予想される。

グーグルもAndroidの最新版で同様の機能を盛りこんだが、最新バージョン利用者は6%と極めて少ない。そのためiPhoneのスマホ中毒対策の実効性の高さが光る。

これらの機能は、広告を表示することでビジネスとしているSNS各社にとっては、表示機会・時間の減少として2019年第1四半期以降、影響が表れる可能性がある。

複数アプリの操作をSiriへの指示1つで

一方、なるべく画面を見ないよう意識し始めるユーザーを、どのようにアプリ開発者が捕まえるか、という手段のために、AIアシスタントのSiriをサードパーティアプリから利用できるようにした。

Siriは普段ユーザーが何をやっているのかをiPhoneの中で解析し、アプリの機能を直接提案したり、複数のアプリでの操作を1つのSiriへの指示で済ませることができるようになるShortcuts機能を用意し、また届いた通知の、レストラン予約の変更などの操作をアプリなしで済ませられるインタラクティブ通知の強化が施された。

より少ないスクリーンタイムで今まで行ってきた以上の操作を実現する仕組みを用意し、解決すべき懸案となっているスクリーンタイムの削減と、より生活に密着したアプリ活用の両立を図っていくのではないだろうか。

(2)「Apple Watch」がより重要な存在に

アップルにとって最大のプラットフォームであるiPhoneの方針を確認したところで、前述のスクリーン閲覧の削減と生活密着アプリの活用促進より効果的に実現するためのツールとして、Apple Watchの活用を重視していくことになる。

Apple Watch向けの新OS「watchOS 5」は、iOS12にも搭載されるSiri Shortcutsやインタラクティブ通知などを、iPhoneと同じように小さなApple Watchの画面の中で実現している。

たとえば、手首を返してApple Watchに「これから帰ります」と告げるだけで、家族にメッセージを送り、自宅までのナビゲーションを起動し、お気に入りの音楽を再生し始める、という複数の作業を済ませることができるようになる。

そのほかにも、コーヒーのオーダー、レストラン予約の人数変更など、Siri Shortcutsやインタラクティブ通知を生かした新しいiPhoneの操作方法をApple Watchだけで実現できるのだ。

Apple Watchの重要性はより高まっていく

アップルのスマホ中毒対策の鍵は、AIや通知を活用していままでスマートフォンで行ってきた作業をより短い時間で解決することと同時に、手首につねにあるApple Watchを活用することの2点と言える。つまり時計の重要性はより高まっていくのだ。

アップルはWWDC 2018の基調講演で、Apple Watchは前年比60%増と、セルラー対応版を発売してから絶好調の状態を維持していることを明らかにした。ライバルの成熟が進まないうちに、勝負を決定づける秘策が、watchOS 5には隠されていた。


Apple Watch同士でトランシーバー機能を実現する「Walkie-Talkie」アプリ。気軽なコミュニケーションの背景には、中国市場を意識した音声コミュニケーションの実装という戦略が透ける(筆者撮影)

それは、Walkie-Talkie(トランシーバー)機能の採用だ。親しい相手とApple Watch同士で手軽に音声のコミュニケーションを取ることができるこの機能は米国のPTTや日本での「プッシュトーク」と同種のサービスだが、今回のターゲットは中国だ。

中華圏の人たちは、メッセージのやりとりに、生の音声を吹き込んでいる使い方を見かける。アップルもiMessageにボイス機能を取り入れたのはそのためだ。これをより手軽に、手首だけでこなせるトランシーバー機能は、中国市場攻略の可能性をうかがう重要な武器になる。

Apple WatchはiPhoneと必ず組み合わせなければならない。つまり、Apple Watchとトランシーバーのヒットは、結果的に、iPhoneの影響力を強めることになるのだ。

(3)本命「Memoji」はARをコミュニケーションの共通体験へ

アップルは昨年のWWDCで拡張現実を用いたアプリ開発環境を整え、「世界最大のARプラットフォーム」にするとアピールした。対応するデバイスの幅の広さと、無償でAR開発キットが利用できる点から、そうしたアピールは間違っていない。

今回のWWDC 2018では、ARKit 2を披露し、より正確な顔のトラッキング(視線と舌の認識を追加)、複数人で空間を共有する機能、空間の保存と呼び出し、3D物体の認識とその解析ツールの提供など、さまざまな機能強化を行った。

「自分の表情」を反映させることができる


iPhoneのiMessageとFaceTimeで利用できるアバター、「Memoji」がiOS 12で搭載される(筆者撮影)

同時に、アップル自身もAR機能を自社アプリに取り入れている。特に、コミュニケーションへの活用で、その核となるのが「Memoji」だ。

絵文字風のアバターを作り、アニ文字のように自分の顔の表情や動きに合わせてスタンプやビデオを送ることができる機能だ。決してリアルではないが、任天堂のMiitomoのように、かなり自分に似たキャラクターを作ることができる。それは、動物や宇宙人の絵文字をアニメーションさせるよりも、断然楽しい体験だった。

加えて、ビデオ通話のFaceTimeでは、リアルタイムで顔を認識してMemojiを合成し、それに自分の実際の顔の表情を反映させることができるのだ。


iOS 12のARKit 2で強化された顔のリアルタイムトラッキング機能を駆使して、自分の顔にMemojiを合成して写真を撮ったり、FaceTimeでビデオチャットに参加したりすることができる(筆者撮影)

なお今回FaceTimeにはビデオ、音声ともにグループ機能が追加され、最大で32人が参加できるようになった。この新しいグループFaceTime機能はiPhone Xだけでなく、iPad、Macでも利用することができる。

ということは、ARを用いたコミュニケーションは、アップルが提供する共通体験に取り入れられていくことが考えられる。

これまで、iPhoneから端を発した技術や体験は、共通化され、そのほかのデバイスに広まっていった。たとえばSiriは、iPhoneで初めて採用され、その後iPad、Mac、Apple Watch、Apple TVに採用された。指紋認証のTouch IDはiPhoneからiPad、Macに採用されている。

そう考えると、MemojiやFace IDを実現するiPhone XのTrueDepthカメラは、iPad、Macへと広がっていくことは想像に容易だ。TrueDepthカメラ搭載モデルの展開が、秋になるのか、それ以降になるのか、引き続き期待していこう。