BMWのハイパフォーマンスブランド「M」を牽引し続けてきた新型「M5」(写真:BMWのサイトより)

かつて全日本F3選手権に4年間参戦した五味康隆が、元レーシングドライバーの目線から「絶賛できるクルマ」だけを取り上げる本連載。今回はBMW「M5」の最新進化を追う。

素直で優れた旋回力を求めて、これまで操舵輪である前輪は駆動させない後輪駆動のFR(フロントエンジン・リアドライブ)パッケージを大事にしてきたメーカーは多い。しかし今や勢いのあるスーパーカーブランドのマクラーレンでさえ、4輪駆動への移行を示唆している状況であり、ハイパフォーマンスカーにおいて4輪駆動は必須アイテムの様相を示してきた。

BMWの新型「M5」

そして今回紹介するモデルもまた、歴史を振り返ると「とうとう4輪駆動にしてきたか!」と表現したくなる典型的なモデル。そう、BMWのハイパフォーマンスブランド「M」を牽引し続けてきた新型「M5」がそれだ。


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この流れは当然であり必然だろう。なぜなら搭載されるエンジンは、最大出力600馬力(441kW)、最大トルク750Nmを発生するV型8気筒ツインターボエンジン。レーシングカーはレギュレーションでエンジン出力などを規制されている状況を踏まえると、絶対値ではスーパーGTなどトップカテゴリーのレーシングカーのレベルに匹敵……いや超えるレベルにある。

その驚異的な性能を一般道でのウェット路面も含めて安全に“誰もが”扱えるようにしないといけないのだから、4輪駆動は必須のアイテムだ。

今までの2輪駆動ではできなかっただろう。新型M5は4つのタイヤで600馬力、750Nmを路面に伝え、停止状態から100km/hまでたった3.4秒で加速する俊足を持つ。一般道だけでなくサーキットでも試乗したが、その速さや刺激に驚くとともに、矛盾するように聞こえるだろうが同時に得られる穏やかさにも驚かされる。


V型8気筒ツインターボエンジン(写真:BMWのサイトより)

今までのM5のように、後輪駆動により後ろから押されるだけでなく、前輪も駆動することで前に引っ張られる動きは、頭で理解する以上にクルマの動きを変える。イメージでは背中を押されるのと、手を引っ張られる動き。4輪駆動はそれを同時に行うようなもの。それにより姿勢変化がとても少なく、体負担も少なく、停止状態の車両姿勢が保たれるような楽な感覚とともに驚異的かつ刺激的に加速する感覚がある。

しかし、同時にひとつだけ気になる特性がある。それがエンジンの高回転の伸び感が若干弱くなり鳥肌がたつような高揚感が少なくなったことだ。やはり路面に大トルクを伝えられる4輪駆動になり、実質的な速さを求めてエンジンは高回転特化型から低回転および中回転重視になったのだろう。扱いやすくはなったし速さは得たが、少々残念に感じる。とは言え、M専用の4輪駆動システム「MxDrive」は、後輪を主軸に駆動させながらも、前後駆動力をその時々に合わせて最適に調整する。その機能のおかげだろう、下り坂、上り坂、旋回中、さまざまな場面で加速をした際にも、どれも姿勢変化少なく穏やかな強烈加速が味わえる魅力を得たのだから、良しと考えよう。

安心してアクセルを踏み込める

いつでもどこでも安心してアクセルを踏み込める。この感覚が強いので、今回のM5は自制心が相当に強い人に乗ってもらいたい。それがなければ暴走車になりかねない。しかも飛ばすつもりはなくても先に述べた穏やかな世界観をもたらす姿勢変化の少なさは、速度感を麻痺させやすく注意が必要だ。


走行モードを選択できる(写真:BMWのサイトより)

たとえば信号待ちからの動き出しでは不思議なほど車両は後ろに傾かず走り出し、強く加速している感覚が得づらい。しかも、足回りは歴代のM5同様にとてもしなやかで、ノーマルの「5シリーズ」以上に快適な一面さえ持つ。その世界に包まれると、知らずに速度が出ているなんて状況が頻繁に起きるだろう。

こんな話ばかりしていると直線番長の軟派モデルになった印象を得る方もいそうだが、とんでもない。最大の進化は旋回能力でもある。走行モードを任意選択すれば後輪駆動でも走れるなど前後駆動力を自在に操るMxDriveにより、ひとつのカーブ内でも的確な駆動アシストが入り鋭く安定して豪快に曲がれる。

若干マニアックな世界になるが、慣れればオーナーは感じられるので述べよう。カーブ進入ではハンドル操作に対して素直に車体を曲げられるように、前輪駆動はほぼなく後輪駆動だけでハンドルへの的確な手応えを備えながら鋭く曲がり込む感覚を得られる。


ステアリング(写真:BMWのサイトより)

そこから旋回中は前後同率か若干リア寄りで駆動力は調整され、最大の安定性により路面の起伏などにも左右されない旋回を続ける。そしてカーブ脱出で加速しようとアクセルを踏むと、前輪駆動主体でクルマを前にまず引っ張って車体の傾きを増やさず車体を加速させるキッカケを作り、そこから徐々に後輪駆動力が増えて後ろからも押され出す。

まさに進入・旋回・脱出を最大効率で得ようとしたときの動きがそこにはあり、これが限界領域だけでなく普段の街中ドライブから気がつかない領域で行われて、姿勢変化の少ない穏やかさまで磨きがかけられているのが新型M5。

まさに全性能がとても高く仕上げられたM5。低重心であること。ボディ剛性が高いこと。それにより路面に張り付くような感覚が強いことや、アクセルを踏んだ際には刺激的な吸排気音がすることなどは、この手のモデルで言えば当然なことでもあるので、競争激しいハイパフォーマンスカー市場でも光る特徴に注目をしてレポートしてきた。

羊の皮を被った狼

最後に今回もまた基本テイストは、羊の皮を被った狼だ。そこにはメルセデスの「AMG」のように狼であることをわかりやすく表現するような意図は感じない。

ノーマルモデルとの違いを知っている人でなければ遠目では判別できないほど控えめな外観。エンジン音にしても掛けた瞬間の暖気モードとスポーツモードにして深くアクセルを踏み込んだときの刺激的な音を除きハイパフォーマンスカーとしてはかなり穏やか。それを踏まえると、絶えず非日常を得たい人の心は満足させられないだろう。

逆にハイパフォーマンスカーを意識することなく普段から乗りこなし、その気になれば激しい刺激と迫力で走れる世界観を好きな人にはうってつけだ。しかもMモデルとしては初めてハンドル支援まであるレベル2運転支援機能まで装着され高速道路での移動がとても楽になったことや、トランスミッションも先代モデルで採用していたツインクラッチ式を改め通常ATを採用したなど、今まで以上に普段使いがしやすくなり“羊の皮を被った狼”的な世界を追求してきたように思えた。

個人的にはハイパフォーマンスカーであることをひた隠しすぎではと思うが、4輪駆動で得た性能と世界観の広がりに大拍手を送りたい完成度に仕上がっている。