「高齢になるにつれ、認知症になるリスクは高まるから、保険での備えができるとありがたい」と考える人の気持ちはわかる気がしますが…(写真:kou / PIXTA)

9月6日、太陽生命保険は、昨年3月に販売を開始した「ひまわり認知症治療保険」と「認知症治療保険」の合計販売件数が、9月5日時点で25万件を超えたことを発表しました。

同社の広報の方に確認したところ「ひまわり認知症治療保険」は、70歳以上の人の契約が過半数を占めていて、その70%強が女性だそうです。「高齢になるにつれ、認知症になるリスクは高まる。保険での備えができるとありがたい」と考える人が多いのかもしれません。その気持ちはわかる気がします。

発生しがちな事態への備えには向かないのが保険


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ただ、常識で考えると、保険は加齢とともに高まるリスク、とりわけ「誰もがひとごととは思えない、発生しがちな事態」への備えには向かないはずです。人が一生涯の間に認知症にかかる確率が1%と10%では、後者のほうが、同じ保障内容でも保険料は10倍高くなるに違いないからです。

「ひまわり認知症治療保険」は、特別な魅力が感じられる保障内容や価格設定になっているのでしょうか。この保険の特徴としては、まず、パンフレットに「入院したことがある方や現在お薬を飲んでいる方へ」「健康上の理由で保険をあきらめていた方へ」とあるように、加入条件が緩和されています。

「現在、入院や手術の予定がある」「過去2年以内に入院または手術をし、同じ病気やケガで最近6カ月以内に医師による診察・検査・治療・薬の処方を受けたこがある」「認知症と医師に診断または疑いがあると指摘されている」など、6つのチェックポイントに該当しなければ、加入できるのです。

健康状態に関する引き受け基準がもっと細かい「認知症治療保険」に対し、70歳以上の人の契約が多い要因でしょう。

保障対象としては、パンフレットの表紙には「認知症」「7大生活習慣病」「白内障」「熱中症」「骨折」など、と記載されています。「ご契約例」にある給付金の額は、表のようになっています。

認知症治療給付金300万円入院一時金5万円手術給付金(入院中)10万円手術給付金(外来)5万円放射線治療給付金10万円骨折治療給付金10万円

*契約後1年間の給付額は半額(骨折は病気を原因とする場合のみ半額)

「白内障」「熱中症」「骨折」の保障については、特筆すべき点はないように思います。保障額が小さいからです。入院保障は一時金で5万円、手術にしても、入院中の場合10万円、外来では5万円です。骨折治療給付金の10万円も含め、「わざわざ保険に加入して準備すべき金額だろうか」という素朴な疑問がぬぐえません。

役に立つ機会が多いように思える仕掛け

「入院や手術の保障があります」という案内ではなく、白内障・熱中症・骨折といった具体例が挙げられているので、「保険が役に立つ機会が多いだろう」と感じる向きもあるかもしれませんが、頻発しそうな事態に、特に手厚く備えられるわけではないのです。

放射線治療に関する給付は1回につき10万円とはいえ、治療が長引く場合など、高額になる可能性もありそうです。それでも筆者は、給付総額は多くても100万円くらいではないかと見ています。

8月にライフネット生命が発売した「がん保険 ダブルエール」の保険料設定が根拠です。診断給付金100万円のプランに、抗がん剤や放射線治療を受けた月に10万円の治療サポート給付金が支払われる保障を付加すると、保険料が約2倍になっていることから、10万円の給付は10回分、診断給付金プラス100万円程度を見込んでいるのだろうと推察しているのです。

「ダブルエール」の治療サポート給付金は、治療を受けた月ごとに10万円支払われます。これに対し、『ひまわり認知症治療保険』の放射線治療給付金支払いは、60日に1回を限度としています。

インターネットや保険ショップで販売され、現役世代の加入が多い「ダブルエール」と、70歳以上の加入者が過半数を占める「ひまわり認知症治療保険」では、体への負担などを想像すると、後者の給付回数が多くなるとは考えにくいでしょう。したがって、数百万円もの給付が行われるケースは珍しいのではないでしょうか。

そんなわけで、保険ならではのまとまった額の給付が行われるのは、やはり「認知症治療給付金」の300万円だと思います。

厚生労働省が2015年1月に公表した「認知症施策推進総合戦略〜認知症高齢者等にやさしい地域づくりに向けて〜(新オレンジプラン)」には、「我が国における認知症の人の数は2012年で約462万人、65歳以上高齢者の約7人に1人と推計されている」という記述があります。

さらに、「この数は高齢化の進展に伴いさらに増加が見込まれており、今般、現在利用可能なデータに基づき新たな推計を行ったところ、2025年には認知症の人は約700万人前後になり、65歳以上高齢者に対する割合は、現状の約7人に1人から約5人に1人に上昇する見込みとの結果が明らかとなった」とも書かれています。

認知症は、今後さらにひとごととは思えないリスクになる、と見られているわけです。いずれにしても、確率がわかるのは助かります。「ひまわり認知症治療保険」に加入することで見込める給付額と、保険料の比較ができるからです。

パンフレットにある保険期間10年の例で試算してみます。保険料の例としては45歳から75歳まで掲載されていますが、70歳以上の女性の契約が多いことから、70歳女性が加入することにすると、保険料は月々1万470円、10年間の支払い総額は125万6400円です。

向こう10年で認知症になる確率を、5人に1人の20%と見ると、見込みの給付額は、300万円×0.2=60万円です。これを保険料総額で割ると、保険料が給付金として還元される割合は47.8%になります。約126万円を入金すると約52%に相当する65万円超の手数料が引かれるATMのイメージです。

ちなみに、宝くじ公式サイトで2015年度の収益金の使い道を確認すると、売上金が当選金として購入者に還元される割合は47%ですから、加入者にとっては、宝くじに近い不利な賭けのようにも感じます。

しかし、がんに罹(かか)り、放射線治療を受ける確率も無視できないはずです。国立がん研究センター「がん情報サービス」の統計によると、70歳の女性が向こう10年間にがんに罹る確率は14%です。給付金を10回、計100万円受け取るとしても、見込み給付額は100万円×14%で14万円です。

がんと認知症の両方に罹ると、見込み給付金総額は74万円で保険料総額に対する還元率は58.9%まで上昇します。がんに罹ると入院や手術も考えられますし、別途、骨折での給付を受けることもあるかもしれないということで、見込み給付金額を100万円まで引き上げてみても、還元率は79.6%です。

認知症に備える保険は、歴史が浅いので、給付金の支払い確率をかなり高めに見込んで保険料を設定しているのではないかとも想像しましたが、太陽生命からは「介護関連の保険を扱うなかで認知症関連の経験値も積んでおり、特にそのような事実はありません」と否定されました。

この保険は買いなのか?

ズバリ、この保険は買いなのでしょうか。筆者は慎重になったほうがいいだろうと思っています。「認知症」「放射線治療」などと、「心配事」や「おカネの使い道」に応じた備えを考えると、冷静な判断が難しくなるので、単純に「おカネでおカネを都合する手段」の1つと認識したらいいと思うのです。

すると、保険料の数十パーセントに及ぶと推計されるコストが気になります。先に書いたATMのイメージです。おカネの心配をしている人が、多額の手数料がかかるATMを利用する場面を想像すると、不思議な気持ちになってしまいます。

誤解のないように付言しておきますが、筆者は今回の商品だけを特別に問題視しているわけではありません。どのような商品であっても、保険会社は、各種給付金の支払い見込みや契約に要するコストを明らかにしたほうがいいと思っています。そうすることによって、はじめて消費者は、各自、納得がいく判断をできるようになるのではないでしょうか。