人が住みたいと考える街における重要な要素とは何か(写真:gandhi / PIXTA)

ここ10年ほどで住む場所を選ぶ際、利便性に加えて住みやすさ、特に子どもの医療費助成や保育園の入りやすさなどの公共サービスの充実ぶりを判断基準にする人が増えた。どうせ住むなら、助成などがあるまちがお得という考え方だが、本当に人は、住みやすさだけで住む街を選んでいるのだろうか。

夏に聞いた熊谷俊人千葉市長の言葉が気になっていた。たとえば、子育て世帯の住みやすさだけで「住みたい街」を考えた場合、神奈川県横浜市は選ばれない可能性が高い。が、SUUMOによる「住みたい街ランキング2017」では、横浜は総合3位にランクイン(前年も3位)。「横浜に住んでいる」と聞くと、なんとなくうらやましいように思う人も少なくないだろう。

中学校の給食実施率は30%未満なのに…

が、前述のとおり、横浜は住みやすい街とは言いがたい。たとえば、2017年の横浜市長選で論点になったとおり、神奈川県の公立中学校給食実施率は27%。首都圏の他都県は100%近い。しかも、横浜市の子ども医療費助成は所得制限があり、小学校4年生以上の通院時一時負担金は500円と、負担金がある他自治体に比べても高い。所得制限・負担金なし、中学校3年生まで助成という市区が増えている中、かなり不利なのだ。

となると、人が住みたいと考える街における重要な要素とは何なのだろうか。そんな疑念を抱いていたところに「都市対抗シビックパワーバトル」なるイベントへの案内をもらった。これは横浜市、川崎市、千葉市、さいたま市、流山市の5市の市民が自分たちのまちを愛する気持ちをプレゼンしあうというものだ。「シビックパワー」とは、街を愛する市民の力とでも言えるだろうか。


参加者からは「自分の住んでいるまちがこれまで以上に好きになった」という声が多かった。中央の白髪・白塗りが参加者の度肝を抜いた千葉市の「住む」のプレゼンター(写真:筆者撮影)

イベントは「遊ぶ」「働く」「住む」の3項目について、各市がそれぞれ3分間プレゼンし、その後質疑応答が行われるという形で進められた。

たとえば、遊びでは、千葉は世界第2位という海岸線の長さや、海辺の楽しさをアピール。川崎市は駅前に集積した映画館や、ハロウィンなどの地域イベントのにぎわいを、さいたま市はダービーができる2つのサッカーチームの存在と、鉄道博物館を挙げていた。

聞いていてわかったことがある。まちが自慢できる要素は、そこにしかない、独自で特徴的なものであるということだ。たとえば、これは地形や歴史、祭りや風景といったもののほか、スポーツチームや文化施設などもこれに当たるだろう。逆に「住みやすさ」を自慢している街は、実は少なく、さいたま市が2015年から公立小中学校において100%自校給食方式を行っている点を挙げた程度である。

このほかに、独自性をアピールするにはデータが有効のようだ。たとえば、千葉市は5市のうちで最も高い有効求人倍率を出してきた(同市の有効求人倍率は、横浜市2.15倍を上回る2.23倍)。同様に川崎市は犯罪多発のイメージを刑法犯認知件数の対人口比率を出して否定してみせた。データで見ると、5市のうちでも横浜市に次ぐ低さである。イメージとは裏腹にガラは悪いが、タチは悪くない川崎市なのだ。

同市では少し前に南武線に掲出され、話題になったトヨタの求人広告から沿線に200を超す研究機関、3つのインキュベーション施設がある人材の質もアピールした。データの使い方がうまいとイメージも変わるものである。

今回の企画を発案した流山市総合政策部の河尻和佳子氏の意図もそこにある。このイベントはシティプロモーションと、オープンデータという行政主導で行ってきた施策を身近に感じてもらうことが目的。現状、自治体が公開しているオープンデータも活用されているとは言いがたく、データを使って自分の住むまちのPR合戦をすることで、その2つを身近に感じて、愛着を深めてもらおうというのだ。

データで見ても強い横浜

さて、ほかにないものがどれだけあるかが、「街の魅力」には必須になるわけだが、横浜市にはこの要素にあふれていることがわかる。今回のPR合戦には出てこなかったが、横浜市には、歴史ある建物、中華街、洋館、港、海辺の公園など、目に見えるモノだけでも、ほかの都市にないものがたくさんある。

データで見ても、横浜市は強い。今回のプレゼンでも人口第1位に始まり、ブランド総合研究所の「地域ブランド調査」4位から「市区町村の魅力度ランキング」5位、「居住意欲度」1位(いずれも2016年)、生活ガイド.comによる「全国住みたい街ランキング」第1位(2016年)……とまぶしいほどだ。ほかににないブランド力や利便性があるから、人は住みにくいとしても横浜に惹きつけられているわけである。

街の生き残り戦略という観点で考えると、どれだけほかと違うものがあるか、それをきちんと洗い出し、アピールできるほうが、生き残る可能性が高くなるということになる。その点では、今回、たとえば川崎市のように、データからイメージを覆したり、街の印象をアップさせるような動きがあったのは興味深い。行政だけでなく、市民の目から街やデータを見ることで、新しい魅力を発見するチャンスが生まれるかもしれないからだ。

しかし、ここで1つ、疑問が生ずる。ほかの街と差別化するような要素がない自治体はどうすればいいのだろうか。今回のシビックパワーイベントは、ヤフージャパン本社で行われたのだが、イベントの最後、街のプロモーションにヤフーのインターネット広告を使い、成功した埼玉県戸田市の例が紹介された。

戸田市、と聞いて、どんな街か明確にイメージできる人はそう多くないだろう。広告自体も「水と緑あふれるまちで、心やすらぐ毎日を」といったような、どこのまちにも当てはまりそうなものだった。戸田市に限らず、都市近郊のベッドタウンの多くは、似たようなコピーを採用していると思われるが、広告を出す自治体が少ないうちはこの戦略も効く。実際、戸田市ホームページはこのプロモーション後、以前の17倍のページビューを稼げるようになったという。

だが、今後首都圏で人口が減り、住民の奪い合いが始まれば、水と緑では勝てない。そのときには、何を売りにすればいいのか。

流山市のすごいところ


手作りの地図でプレゼンに臨んだ流山市(写真:筆者撮影)

答えとして参考になるのは、ほかの4市に比べ、既存の独自コンテンツが少ない流山市のプレゼンにあった。

面積、人口ともに他4市よりはるかに小さく、歴史がないわけではないが、他市ほどに有名ではなく、ランドマークとして知られた施設があるわけではない。そこで、遊びのプレゼンでは子どもたちの遊びを独自に支援する多くの市民団体があることを売りにした。いわく「流山市は遊びのシリコンバレーだ!」。

また、周辺企業が少ないため、求人倍率が低い流山市は、ライフスタイルに合わせてシェアサテライトオフィスで働いたり、時短、あるいは子連れなど多様な働き方できる点を挙げ、「流山市民は働き方のデザイナーだ!」と標榜。しかも、プレゼンターはそうした働き方を実践している夫婦だけに、説得力がある。

同市のプレゼンからわかるのは、アピールするものが少ないのなら、住んでいる人が新しい独自の文化やスタイルを生み出せばいいということだ。それを民間ならではの言葉で伝えれば伝わる。それが大都市以外のまちの生き残り策となっていく。それが可能かどうかは住んでいる人たちの考え方や、行政の施策などによるが、水と緑よりは差別化が図れるだろう。歴史や施設に恵まれた大都市以外では、その道を模索したほうがいいのではないか。

ところで、イベントのタイトルにバトルとあり、当初は順位を付ける予定だったが、最終的に順位はなし。企画を詰める中で、バトルは盛上げるための手段で、順位は目標ではないとの意見が出たためだ。実際、海の楽しさと子どもとの外出の楽しさに優劣はつけがたい。

だが、せっかくなので、私が独断と偏見で評価する。意外性トップはデータの使い方がうまく、歌舞伎メイクのプレゼンターが印象的だった千葉市。団結力、プレゼンのうまさでは川崎市だ。傲慢さでは東京都も神奈川県も領地と言い切ったさいたま市。独自性トップはやはり流山市。一方、子ども世帯に楽しいインナーシティがあり、中小企業支援に独自施策があることは印象に残ったが、横浜市はそつがなさすぎた。自慢すべきものがありすぎるまちの悲哀だろう。

初回が好評だったため、来年同時期に2度目の開催という声もあり、川崎市では市内で出場者予選会を開こうという話が出ているそうだ。関西でもやりたいという自治体があり、関東vs.関西も面白いことになりそうだ。