吉田豪インタビュー:安齋肇「僕はタモリさんの横にいる人って評価で十分」(1)
プロインタビュアーの吉田豪が注目の人にガチンコ取材を挑むロングインタビュー企画。今回のゲストは『タモリ倶楽部』の「空耳アワー」でもおなじみのイラストレーター、アートディレクターの安齋肇さん。盟友みうらじゅんさんの小説『変態だ』の映画化で映画監督デビューを果たす安齋さんに監督就任の経緯やこれまでのお仕事のこと、そして週刊誌もさわがせた、みうらさんとの大ゲンカの真相について聞きました!
安齋 え! この企画って第一回のゲストが清原(和博)さんだったの? すごいねえ。どんな感じだった? 汗かいてた?
──みんなそこを聞くんですよね(笑)。無視して本題に入ると、最近みうらじゅんさんから久しぶりに電話かかってきたんですよ。「いまから飲みに行こう」って誘われて、「すみません、いま原稿書いてて無理です」って断ったら、「じゃあ、俺の映画『変態だ』の監督をやった安齋さんを取材してくれ」ってことになったという。
安齋 意味わかんないよね(笑)。映画のパンフの件は聞いてる?
──全然聞いてないです。何の話ですか?
安齋 映画の劇場用のパンフレットで原稿を頼むって言ってたよ。
──そんなの喜んで頼まれますよ!
安齋 その映画の試写が今度あるんですけど。
──つまり、もうできてるってことなんですか?
安齋 できてますよ。
──12月公開ですよね?
安齋 そうそう。
──安齋さんがこんなに早く仕事をこなすなんて、ありえないことじゃないですか!
安齋 ハハハハハハ! 違うって! だって2月の頭ぐらいにはクランクアップっていうんですか、全部の撮影は済んでるんだもん。
──それでも、どうせ編集でズルズルいくんだろうと思ってたんですよ。
安齋 編集は、わりとスムーズにいって。
──撮影も遅刻しなかったってみうらさんが言ってましたね。
安齋 そうそうそう。
──すごいじゃないですか!
安齋 すごいっていうか、その前に都内に泊まってるからね(安齋さんは横浜在住)。近所に泊められてるから。
──なるほど。遅刻しないように。
安齋 そうだよー。でも、すげえおもしろかった。よく映画はおもしろいっていうじゃないですか。面倒くさそうだなってずっと思ってて。
──でも、いざやってみたら違った。
安齋 そう。あそこまでいろんな人たちが関わると、まずテンポがのろいから楽なのよ。だって2月に撮影が終わって、8月までの半年ぐらい編集してるんだよ?
──出版の世界とはだいぶペースが違いますよね。
安齋 でしょ? そんなにやってたら、もうなんのネタでも古くなっちゃうじゃん。
──撮影の思い出を話してくれって言われても困るぐらいに。
安齋 うん。ただ起こったことはすごいよく覚えてるな。まあ、撮影も短かったしね。トータル6日間(実際は8日間)かな? だからたいしたアレじゃないんですよ。
──「たいしたアレじゃない」って、わざわざ取材に来てるのに(笑)。
安齋 ヒヒヒヒ、なんなんだろうね、小さく言おうとしちゃうのって。
──サブカルの悪い癖なのかなんなのか。「俺はすごい」アピールをあまりしたがらないっていう。
安齋 そうだよね。大きく言っちゃうとダメでしょ。クスリやってないから言えないのかな?
──ダハハハハ! 関係ないですよ!
安齋 ひとりだけのことだったら、「いや、たいしたことないですよ、そんなでもないですから」って言っておいて、後から脅かすことってできるじゃないですか。でも、今回はいろんな人たちがいっぱい関わりすぎてるから、その人たちのことを思うと迂闊には変なこと言えないでしょ。久しぶりに不思議な世界に入ったなって感じ。
──監督デビュー自体、意外でしたけどね。蛭子(能収)さんとか杉作(J太朗)さんとかが映画を撮るのは、ずっと映画が好きだった人だからわかるじゃないですか。安齋さんって、いままで実績としてはPVを撮ったぐらいですか?
安齋 PVと、あとは番組のタイトルとか、長編ってヤツは全然やったことないから。PVは、まあ4〜5分の我慢で済んじゃうからね。
──観るほうが我慢すればいいってことですか?
安齋 そうそう(笑)。どんなひどいことされてもさ。でも、今回は80分弱(実際は76分)あるんですよ。短い映画ではあるんだけど、1時間を超えるととんでもないでしょ。
──お金を払って観に行くかどうかっていうハードルは高いですよね。
安齋 でしょ? でも、ちょっとおもしろいよ。お金払ってもらわないのが一番いいんだけど。
──どういうことですか(笑)。
安齋 いや、うそうそ。払ってもらわなきゃ困るけど。初めてだから、その金銭のない関係で観てもらえれば。フラットな気持ちで。とにかく、「こういうのもあるんじゃない?」っていう提案だからね。
──へ?
安齋 俺のなかでは提案ですよ! だから、まず原作があって。
──みうらさんの。
安齋 いろんな解釈のなかで、どこまでやれましたかってことじゃないですか。限られた予算でやってますから、それを思ったら相当おもしろいよ。
──その条件下では相当頑張ったはずだっていう。
安齋 久々に頑張りましたよ。
──「久々に」って、どれくらい頑張ってなかったんですか(笑)。
安齋 いや頑張ってないでしょ。昔、それこそ『ミュージックマガジン』にジャケットコーナーってあったの知ってます? ジャケットのデザインを月に1枚取り上げて、立花ハジメさんが書いてたんですよ。レコードジャケットの仕事している以上、1回だけそこに出てみたいなと思って、そのときは努力した。
──相当前じゃないですか(笑)。
安齋 すっごい前。あのときは必死になって頑張りましたよ。
──もともと洋楽のジャケをやりたかった人ですからね。
安齋 もともとはね。
──なんでドリフのヒゲダンスの裏ジャケをやってるんだと思いながら。
安齋 いや、そんなことないですよ、ヒゲダンスもおもしろかった。だって俺、おまけしかやってないんだもん。すっごい気が楽じゃないですか。
──昔からそういうスタンスなんですね(笑)。
安齋 だって関係ないんだもん。デザイン事務所のアシスタントをやってるときに、大きい仕事を事務所でやってて、それで「あ、マークを頼むの忘れた! もう時間ないからとりあえず安齋君がマーク描いといて」って言われて象のマーク描いたの。
──安齋さんが象印のマークを作ったのは知ってましたけど、あれ発注ミスだったんですか(笑)。
安齋 ミスじゃないんだよ、忘れてただけで。ホントはセンテンスなんとかの表紙を描いてるような人に頼もうと思ってたんですよ、長く使わなきゃいけないものだから。でも、そんな人に1週間ぐらいの締切で頼むようなことはできないっていうことで、「とりあえず」と。それがそのままみたいな。
──『クイズヒントでピント』でも使われるぐらいのキャラになって。
安齋 ブラウン管からビョーンと出てくるようなことになったんですよ。すげえなと思ったけど。ヒゲダンスのときも「あ、歌詞がない!」って。
──歌詞カードに載せるものがない(笑)。
安齋 そう。「歌詞カードに歌詞がない! どうする!?」ってところから始まったんだよな。「じゃあ、おまけつけますか?」って。
──ちゃんとしたジャケって何やってるんですか?
安齋 うるさいなあ!
──ダハハハハ! 知りたいんですよ、調べてもあんまり出てこないんで。チラシとかやったっていう情報は出てくるんですけど。
安齋 チラシって……情けねえなあ。ジャケットは出てない? ジャケットは結構やってる。吉川晃司さんのアルバムとか。
──ああ、特色を使いすぎて怒られたってヤツですね(笑)。
安齋 それで印刷屋さんと大ゲンカになってさ。必死な頃だから、なんとかデザインのコーナーに出たかったから。あとは白井貴子さんのやったり、いろいろやってるよ。洋楽もストーンズのラジオのインタビューのヤツとか、キンクス、T-REXとか日本盤はやってるんだよ。オリジナルで僕が絵を描いてるんだよ、ひどいでしょ?
──自分でもそう思うんですか(笑)。
安齋 だって自分でデザインの仕事をもらっといて、イラストレーターに頼まないで自分で描いちゃうんだから。あんまり有名なジャケットってないんじゃないかな。シングルだとチェッカーズの『WONDERER』、あとユニコーンの『大迷惑』、縦長のね。
──短冊のCDシングル。
安齋 うん、どうにもなんない短冊の。だからデザイナーとしてはたいしたことないんですよ。
──またそうやって自虐が始まる(笑)。
安齋 いやホントにホントに。
■タモリの横に座り続けた人という評価でかまわない──ボクなんかもともとこの世界で仕事を始めたのが『宝島』の『VOW』だったから、安齋さんといえばVOWBOY(投稿コーナー『VOW』のキャラクター)を生んだすごい人っていうイメージですよ。
安齋 そうでしょ? VOWBOYを、そのままリゾッチャ(JALのキャンペーン「リゾッチャ」のキャラクター)に売り渡した男だからね。
──ほぼ同じデザインっていう(笑)。
安齋 怒ってたからね、『宝島』。「ヒゲが生えてるだけじゃねえか!」って(笑)。で、リゾッチャのモデルは藪下(秀樹)君っていう。
──『宝島』の『VOW』担当者の。
安齋 あの人があんな格好して、あんなポーズしてたんだよ。で、おもしろいなと思ってそのまんまだからね。リゾッチャはほとんど『宝島』ですよ。ときおりそういうのがあるけど、ずっとやってて作品集が出るくらいのデザイナーではないわけさ。
──安齋さんの力の抜け方って異常ですよね。
安齋 異常かな、わかんないけど。
──同じような知名度のサブカルの人たちって、みんないろいろ本を出したり、頑張ってやってますよ。
安齋 でしょ?
──安齋さん、絵本ぐらいじゃないですか。
安齋 しかも売れてないしね(笑)。
──ダハハハハ! ふつう、この位置の人はエッセイ集とか出してますよ。
安齋 ホントだよね。しかもリゾッチャが終わってからリゾッチャの絵本を出してるからね。
──締切に間に合わなかったんですか。
安齋 間に合わない(笑)。
──乗っかれるときに乗っかってない。
安齋 そうそうそう。『WASIMO』っていう宮藤官九郎君の原作で絵本も作って、「やったー! アニメになった!」って喜んだけど、NHKでアニメになったら俺の絵じゃないからね。アニメーションはアニメーションの人が描いてて、僕のじゃないから。なんかいまいち時代をつかみ損ねてるというか。
──この前、ブラマヨの番組で「あ、『WASIMO』の人なんですか! ウチの子供が大好きなんですよ」って急に見る目が変わった瞬間、「まあ、オリジナルのデザインのほうで……」って言ってる感じが切なくて(笑)。
安齋 必死だよね、必死。「何やってるんですか?」って言われるのが一番困っちゃうよね。
──いまだに本業を知らない人が相当多いと思うんですよ。
安齋 映画の宣伝もあるし、「番組でちょっとどうですか?」って言われるんだけど、「まず安齋さんを知らないと思うんで紹介したいんです」って、そこからだから。どこ行っても紹介から始まるからね。
──『徹子の部屋』でも「タモリさんの隣に座ってる人」って説明でしたからね。本業はデザイナーですよっていう。
安齋 ハハハハハハ! でも、それが一番正しいと思うよ。近田春夫さんがロカビリーとかロックンロールの日本の創成期に、「俺はそれを板の上で見てたんだよ。それが俺の誇りだよ」って言ってて、そんなこと言い切れるのっていいなと思って。その証人としてね。
──バックバンドなりボーヤなりで。
安齋 出演者として見てたって。だから僕もタモリさんの横に座ってる人で十分だわ。
──横に座り続けて何十年っていう(笑)。
安齋 座り続けて二十何年(実際は24年)だからね、それもすごいでしょ。
──これまでのコーナーは、ここまで長続きしてないですからね、山田五郎さんから何から。
安齋 ホントだよね。でも、それは偶然だから。あそこに、それこそ吉田豪選手がいてもいいわけですよ。誰でもいいんだもん。だっておもしろいから。笑っちゃうよ。
──ネタ自体が完成してるから。
安齋 そうそう、誰が行ってもいいんですよ。その証拠に僕が遅刻してるとき……って言ったら怒られるけど、間に合わなかったときには必ず誰かがやってくれてますから。
──マーティ・フリードマンなりなんなり。
安齋 そうですよ、清水圭さんだって山田さんだって渡辺祐さんだってみんなやってますから。
──みんなうまく笑いを取る。
安齋 みんなすごいうまいですよ! 僕はへただもん。だから基本は頑張らないっていうところは、ちょっと意味が違うんですけどね。ホントは頑張ってるんですけど……頑張ってみせない?
──デザインも頑張る時期は過ぎたって話はよくしてますもんね。
安齋 もうね、すっかり。時代的に頑張ったらおかしいでしょ、恥ずかしいでしょ、なんか。
──でも、映画では頑張ったわけじゃないですか。
安齋 これがさ、言っていいかどうかわかんないけど……。
──とりあえず聞きますよ。
安齋 まず最初に、みうらじゅんという人が企画を立てたじゃん。あの人がまず最初に思ったことは、オールナイトで3本立てにするには、みうらじゅんの原作映画が1本足りない、と。でも、(田口)トモロヲさん(俳優、ミュージシャン。映画監督として、みうらじゅん原作の『アイデン&ティティ』『色即ぜねれいしょん』を手がけた)が3本目を撮る時間がないって。これはほかに頼むしかないって、原作を書いて僕のところに「撮らない?」って。その前に僕がみうら君の原作で撮りたいって言った小説があるんですよ。『SLAVE OF LOVE』ってSMのヤツ。あれきっと誰もやらないだろうから、山田五郎さんか僕かどっちかがやるって言ってたんだけど、いざいろんなことが現実的に進んできたらちょっと怖くなっちゃって。
──ああ、なりそうですね。
安齋 うん。ちょっといいやってなって。そしたら、みうら君と大ゲンカになって。じつは石垣島で殴り合い……じゃなくて抱きつき合いの大ゲンカ、抱きしめ合いの大ゲンカをしたときはホントは映画の話だったんだよ。
──あ、そういうことだったんですか!
安齋 まあ、いろんな説がありますけど、それもひとつの要因だったんですよ。
──いま「安齋肇」で検索すると「みうらじゅん ケンカ」が出ますからね。そんなに有名な事件(『週刊文春』のグラビアページでも写真入りで報じられた)の原因がそこにあった!
安齋 あのケンカはおもしろかったけど、ホントに尾を引いたからね。ケンカってやっぱり尾を引くんだよね。
──漫画みたいに殴り合ってすぐ和解とはいかない。
安齋 いかないねえ、やっぱり。2年ぐらいギクシャクしてたんじゃない?
──一緒に仕事しながらも。
安齋 そうそうそう。だってそのケンカした直後から仕事してるからね。
──かなりいい和解をしたっていうイメージでしたけどね。翌日、一緒にボートに乗ったんでしたっけ?
安齋 カヌーに乗った。ふたりでカヌー漕がなきゃいけなかったからさ。
──ギクシャクしながら(笑)。
安齋 そう。たいへんだよ、溺れちゃうからさ。
──息が合わないと(笑)。
安齋 でも、そういう意味では、みうら君が3本目を作って欲しいって言うならぜひともと思ったんで。今度はちゃんとやり遂げようと思ってたんで。
──二度目のケンカは嫌ですからね。
安齋 うん。まずは絶対やり遂げたいって気持ちがあったから。でも、映画なんて簡単に撮らせてくれなくて。予算のことからいろいろあって。
──大人をうまいこと説得していかないといけない。
安齋 そういうことは苦手じゃん。
作品紹介:映画『変態だ』
みうらじゅんの小説を安齋肇が映画化。大学でロック研究会に入ったことをきっかけに売れないミュージシャンとなった主人公の男。妻と子の平穏な家庭を手に入れるが、愛人とのSM的な肉体関係も続けていた。地方での泊まりがけのライブの仕事が入った男は妻を家に残し愛人と出かけるが、ステージ上から客席にいる妻の姿を目にし……。
監督:安齋肇 企画・原作:みうらじゅん 脚本:みうらじゅん、松久淳 出演:前野健太、月船さらら、白石茉莉奈
12月10日より新宿ピカデリーほか全国順次公開。R18指定 (C)松竹ブロードキャスティング
イラストレーター、アートディレクター
安齋肇
安齋肇(あんざいはじめ):イラストレーター、アートディレクター。1953年、東京都出身。桑沢デザイン研究所デザイン科を修了してデザイナーに。JALのキャンペーン「リゾッチャ」のキャラクターデザインなどを手がける。また、テレビ朝日系『タモリ倶楽部』の人気コーナー「空耳アワー」にレギュラー出演し“ソラミミスト”の肩書きも持つ。漫画家・イラストレーターのみうらじゅんとの“勝手に観光協会”などの活動や、“OBANDOS”、“フーレンズ”、“チョコベビーズ”、“LASTORDERZ”などのバンド活動でも知られる。
プロインタビュアー
吉田豪
吉田豪(よしだごう):1970年、東京都出身。プロ書評家、プロインタビュアー、ライター。徹底した事前調査をもとにしたインタビューに定評があり、『男気万字固め』、『人間コク宝』シリーズ、『サブカル・スーパースター鬱伝』『吉田豪の喋る!!道場破り プロレスラーガチンコインタビュー集』などインタビュー集を多数手がけている。近著は空手関係者の壮絶なエピソードに迫ったインタビュー集『吉田豪の空手★バカ一代』。