コンプレックスから解放されるには何が必要か。ドラァグクイーンや文筆家としても活動するエスムラルダさんは、表現をし他人からの承認を得られたことが大きかったといいます。しかし、本当の意味で「自分を肯定」できるようになったきっかけは、「周囲からのシビアなツッコミ」にあったそうです。

【写真】「喝采送りたい」貴族さながらの真っ赤な衣装をまとうエスムラルダさん(11枚目/全14枚)

外見のコンプレックスがやわらいだ訳

── 一橋大学を卒業後、ライターや脚本家として多方面で活躍し、ドラァグクイーン、音楽ユニット「八方不美人」のメンバーでもあるエスムラルダさん。高学歴で複数の肩書きを持ち、才能に恵まれた人生に見えますが、「若い頃はコンプレックスの塊だった」そうですね。何が、そこまで自分を苦しめていたのでしょう。

エスムラルダさん:まず、外見に関する根深いコンプレックスがありました。生まれつき「口唇口蓋裂」という先天性疾患で、上唇が裂けて上あごに穴が開いていたんです。ミルクが飲めず、医師からは「生存は難しいかもしれない」と言われましたが、生後2週間たっても元気に生き延びていたので、親があわてて名前をつけたと聞いています。

子どものころは、上唇にこぶが2つあるような状態のまま過ごしていましたが、思春期になると外見が気になり始め、高校3年生から大学1年生にかけて、3度にわたって手術を受けたんです。でも、思っていたほどきれいにはならず、傷も残り、それが強いコンプレックスになりました。

音楽ユニット「八方不美人」によるライブ活動も

── 3度の手術を受けても残った外見へのコンプレックスは、どんな経験を経てやわらいでいったのでしょう。

エスムラルダさん:25歳の頃、すごく好きになった人と交際できたことが大きかったですね。関係は長くは続きませんでしたが、「こんな自分でも、好きな人と付き合える」と思えたことで、容姿へのコンプレックスはだいぶやわらぎました。

また、ドラァグクイーン(誇張した女性らしさや衣装をまとい、リップシンクや歌やダンスなどのパフォーマンスを行う)「エスムラルダ」として、ショーをやるようになり、それを面白がってくれる人や、「ファンです」と言ってくれる人が現れたことも大きかったですね。私は、メイクした顔が怖いと言われ、主にホラー系のショーをやっていたのですが(笑)、それまで自分では負い目に感じていた見た目も、キャラクターの一部として受け止めてもらえる。それにより、多少は「この顔に生まれてよかったのかも」と思えるようになったんです。

ただ、それで劣等感がすべて消えたわけではありません。若い頃は、才能や生き方などを人と比べ始めて、苦しくなることがたくさんありました。とくに大きかったのが、一緒にドラァグクイーンをはじめ、今もメディアなどで活躍している、友人のブルボンヌの存在です。

「人との比較」で苦しみ始めたなかでの葛藤

── どういった思いを抱いていたのですか。

エスムラルダさん:ブルボンヌは同い年なのに、学生時代からセクシュアルマイノリティのパソコン通信を立ち上げたり、雑誌で原稿を書いたりと才能にあふれていました。頭の回転が速くて話は面白いし、恋愛経験も豊富だし、いろいろな枠をヒョイと飛び越えていく。すごく自由に生きているように見えて、「いい子」の枠からはみ出せない自分にとって、まぶしい存在でした。一緒にいると楽しい反面、嫉妬心も抱いていたんです。

── 強烈な光を放つ存在が身近にいると、比較して苦しくなる人は多いと思います。そうした気持ちとは、どう向き合っていたのでしょう。

エスムラルダさん:20代くらいまではうまく感情が処理できず、嫉妬心が攻撃性として表に出てしまい、陰口を言ってしまうこともありました。そんな自分が変わるひとつの変わるきっかけになったのが、個人のホームページを立ち上げ、自分のなかにあるドロドロした感情を「オネエ言葉」で発信しはじめたことです。

たとえば、容姿へのコンプレックスや、日々の生活の中で腹が立ったこと、誰かをうらやんでしまう気持ちなどを、そのまま真面目に、深刻に書くのではなく、ユーモアを交えたオネエ言葉で笑いに変えていく。ネガティブなこともそうやって表現すれば、なんだかポップでコミカルな感じになるんです。

面白おかしく文章につづることで、感情がデトックスされ、雑誌やウェブサイトから、コラム執筆の依頼も来るようにもなりました。ショーや文章を喜んでくれる人がいて、承認欲求が満たされることで、人と比べる気持ちや嫉妬心も少しずつ薄れていったのだと思います。あと、若い頃は欲張りで、「手に入らないものがある」ことが辛かったのですが、年齢を重ねると、すべてを手に入れるのは不可能だし、手に入れることが必ずしも幸せではないこともわかってくる。適度にあきらめがつくようになるんですよね。私にとって、コンプレックス克服の一番の薬は、加齢だったのかも(笑)。 

それからもうひとつ、身近に、容赦ないゲイの友人知人がいたことも大きかったと思います。たとえば私が失恋して落ち込んでいると、「やだ、また悲劇のヒロインぶって~」なんて、傷口に塩を塗り込んでくる(笑)。私が少しでも自分を大きく見せようとしたり、自分を哀れんだりしていると、仲間たちからシビアなツッコミが矢のように飛んでくるんです。

自分の見たくない部分も認めていく生き方へ

── カッコつけることを許さないシビアな環境が、今のエスムラルダさんを生んだわけですね。

エスムラルダさん:おかげで、他人からツッコまれる前に、つねに自分で自分にツッコミを入れるクセがつき、自分の心に嘘をつかなくなりました。ネガティブな感情がわいたときも、「私は今、自分を憐れんでる」「私は今、この人に嫉妬している」「私は、この人のことがあまり好きじゃない」と、そのまま受け入れられるようになったんです。

「自分を受け入れる」というのは、決して「自分を好きになる」ことではなく、容姿の気になる部分や心の中のネガティブな感情もしっかり見据え、ありのままの状態を認めることだと、私は思っています。それができるようになったのは、容赦なく突っ込んでくれる人たちが周りにいてくれたおかげですね。 

立ち姿がすごく上品

── とはいえ、自分のなかの醜い部分から目をそらさずに向き合うのは、簡単ではない気がするのですが…。

エスムラルダさん:最初はやっぱりしんどいですが、一度きちんと向き合ってしまうと、むしろそっちのほうが楽なんですよね。自分をごまかしているときが、人間にとって一番しんどくて弱い状態だと思うし、自分を客観的に把握できていれば、ある程度自分の感情や思考をコントロールすることができるので。   

もちろん、日々イラっとしたりショックを受けたり、感情が波立つことはたくさんあります。でも、離れたところから自分を眺め、「そんなに怒るほどのこと?」とツッコミを入れる、もう一人の自分がいると、世のなかには本気で憎んだり、怒り続けたりしなければならないことは、それほど多くないのかもしれないなと思えてくる。そうやって、物事を俯瞰で眺める視点を持っておくことが、いろいろな苦しさから自分を救うひとつのコツなのかなと。

たとえば、今、「常識」「当たり前」とされていることなんて、地球の40億年以上の歴史からすれば、ほんの一瞬のローカルルールに過ぎない。もちろん、この社会で生きている以上、ルールに従うことも必要ですが、今の価値観や決まりごとが「絶対的に正しいものではない」と思えただけで、気が楽になる人もいるのではないでしょうか。最近、自分にも他人にも厳しい人が多い気がします。私は、人はもっと自分にも他人にも甘くていいし、精神的にも物理的にも、逃げ場を複数持っておいたほうがいいのではないかと思っています。 

取材・文:西尾英子 写真:エスムラルダ