歌うクジラ


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 どんどん世界が悪いほうへ悪いほうへと進んでいっている気がする。広がる格差、満たされない暮らし、止まらない少子化、移民をめぐる問題。分断をあおる議論が熱を帯び、戦争が始まりかねない不穏な空気が漂っている。そんな少しずつ壊れていく社会に行き詰まりを覚えたとき、手に取りたくなるのがディストピア小説。それも、読むなら上質なものがいい。優れたディストピアは絶望を描くだけでなく、今踏ん張れる場所があるとしたら、どこにあるのかを静かに照らし出してくれる。

『歌うクジラ』(村上龍/講談社)は、そういう閉塞感を感じている人に今読んでほしいディストピア小説。今年でデビュー50周年を迎えた村上龍が2010年に生み出したエログロSFだ。かわいらしいタイトルや装丁に決して騙されてはならない。この絶望的な世界に迷い込めば誰だって困惑し、吐き気さえ覚えるだろう。だけれども、不思議な引力がある。気づいた時にはすでにこの物語からいつまでも抜け出すことができなくなっていることだろう。

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 舞台は2122年の日本。100年前にグレゴリオ聖歌を正確に繰り返し歌うザトウクジラが発見され、そのクジラから不老不死の遺伝子が見つかったことで、人々の暮らしは大きく変わった。権力者はその遺伝子を注入することで不老不死を得て、その他大勢を徹底的に支配している。国民の8割が貧民層であるが、階層ごとに隔離され、他の層の情報は一切遮断されているから、下層に住む人間は中・上層社会のことを知らず、上層の人間も下層の人間と交流することはほとんどない。そんな世界の中で、流刑地に住む十五歳の少年アキラは、父親から人類の秘密を握るデータを託され、最上層の住処を目指す壮絶な旅に出ることになる。

 移動を管理するために人体に埋め込まれたICチップ、精神安定剤の投薬による支配、マインドコントロール……。この物語には村上龍の皮肉がたっぷり。現代の社会の諸問題を極端に色濃くした世界にめまいを感じずにはいられない。「こんな未来はありえない」と思いたいのに、今の延長線にこんな社会が生まれてもおかしくはないと思わされる恐ろしさがある。

 特に面白いのが、この世界の言葉だ。父親の影響でアキラは「敬語」を操ることができるが、2050年から始まった「文化経済効率化運動」によって、日本人たちは、「非効率」な「敬語」の文化を失っている。また、「助詞」を正しく使う人もほとんどいない。でたらめな日本語を話す人々との会話には困惑させられる。そして、言葉が変われば人も変わる。無表情で感情の揺れ動きのない人々の姿に、暴力が支配し人の命が簡単に奪われていくさまに、胸が痛い。それらがアキラのモノローグとしてどこまでも淡々と描かれ、私たちの心をこれでもかというほど揺さぶってくる。

 だが、苦しい旅の果て、見えてきた景色に私たちはハッとする。

引用----

「目の前の光景に魂と言葉を失うな」。

「大切なことを理解した。ぬくもりも音も匂いもない宇宙の闇の中で、気づいた。生きる上で意味を持つのは、他人との出会いだけだ。そして、移動しなければ出会いはない。移動が、すべてを生み出すのだ」。

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 未来を変えるには、人生を変えるにはどうしたらいいのか。『歌うクジラ』は教えてくれる。どんなに絶望的でどんなにグロテスクな場所でも、光なんて見えないように思えるところでも、希望はきっとある。これからを生きていくために――先行きの見えない日々の続く今こそ、この本をあなたに。

文=アサトーミナミ

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