その場が唖然として凍りつくと、兄が『佑子は田舎に慣れていなから』と笑いました。両親は諦めているようでしたが、私は『長男の嫁でしょ。なんでなにもしないの?』『苗字、中山だよね』と怒りをぶつけました。すると兄はヘラヘラ笑うばかりで、『都会育ちだから』『仕方ないんだよ』と言い残し、嫁の待つホテルに戻りました」

兄嫁はそのまま顔を見せることなく、帰宅したという。

「翌日は挨拶もなく、『帰るから』と連絡があったのみだそうです。その後はつきあいもなく、絶縁状態になりました。父によると、兄は何度か返ってくることはあったそうですが、いつも1人で、家族は連れてこなかったそうです。『成長した孫の顔がわからない』と嘆いていました」

◆久しぶりの連絡は「遺産をよこせ」

それから長い月日が流れ、先に父が亡くなり、後を追うように母が亡くなるが、このタイミングでまたもや厄介な出来事が発生する。

「介護をしていたのは、私です。兄嫁は父の葬式にも、『仕事が忙しい』と言って、向こうのご両親が来た程度です。母の死後、相続の話になりました。岩手の実家に住む人がいなくなってしまったことから、『長男が住むべきではないか』と親族は言うのですが、兄嫁が『私は寒いところが苦手なので、岩手では暮らせません』と拒否したんです。『それなら、相続を放棄ということで、遺産は入りませんよね』というと、『受け取る』というから呆れました。金持ちのくせに、お金はほしいというのですから。兄は黙ってその話を聞いてました」

勃発した遺産バトルの結末はどうなったのだろうか。

「結局兄も嫁の味方であると同時に、岩手に戻りたくはなかったんでしょう。『家を継ぐ気はない。もう関わりたくないので、遺産はいらない』と言い残し、去っていきました。兄嫁はかなり怒っていましたが、納得したようです。私はとにかく両親が不憫で泣いてしまいました。幸い同席していた私の夫が、実家に住むことに同意してくれて、今は私が実家で暮らしています。兄には『2度と家の敷地内に入らせない』という念書を書かせてあります」

嫁の行動をきっかけに絶縁してしまったきょうだい。互いがリスペクトしあう気持ちを持っていれば、こうはならなかったであろう。

<TEXT/佐藤俊治>

【佐藤俊治】
複数媒体で執筆中のサラリーマンライター。ファミレスでも美味しい鰻を出すライターを目指している。得意分野は社会、スポーツ、将棋など