『虎に翼』寅子モデル三淵嘉子が「美佐江たち」支えつづけたた”愛の裁判所”の史実

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いよいよクライマックスを迎えるNHK連続テレビ小説『虎に翼』。終盤では、難解な事案がいくつも登場した。原爆裁判、ひどい性暴力を受けていた実父殺害の尊属殺。そして、人を支配することに快感を覚える女子高生・美佐江からの問いに対し、20年越しに向き合う姿が描かれた。

寅子のモデルとなった三淵嘉子の史実を振り返るこの企画。今回は、家庭裁判所を通し、多くの少年(※1)と接してきた嘉子が実際どんな感じであったのか。本記事では『三淵嘉子の生涯 人生を羽ばたいた“トラママ”』(佐賀千恵美著/内外出版社)や過去の書物などを参考に、寅子のモデルとなった三淵嘉子の史実から、奮闘しつづけた姿を追う。

※1:女性の場合、少女と称することもあるが、司法の場合、「少年法」など性別を問わないので、少女も含む未成年という意味で「少年」と原稿内では使用する。

※文中敬称略

「どんなありきたりな話でも聞く」は本当か?

9月24日放送回では、20年前に「どうして人を殺しちゃいけないの?」と寅子に問いかけた美佐江の問いがやっと回収された。20年後に再び寅子に同じ投げかけをし、母の犯罪をなぞるような罪で家裁に送致された、美佐江の娘の美雪。

寅子は、人を殺してはいけない理由を「奪われた命は元に戻せない」「死んだ相手とは、言葉を交わすことも触れ合うことも、何かを共有することも永久にできない。だから人は生きることに尊さを感じて、人を殺してはいけないと本能で理解している。それが長い間、考えてきた私なりの答え」「理由がわからないからやっていい、じゃなくて、わからないからこそやらない。奪う側にならない努力をすべきと思う」と答えた。

しかし、美雪はナイフで寅子を挑発し、自分は救うに値しない存在だと寅子に訴えかけた。寅子は、ナイフに怖じ気づくことなく、美雪の母・美佐江に対する対応への後悔の念を語り、「お母さんのこと嫌いでも好きでもいい。親にとらわれ、縛られ続ける必要はないの。どんなあなたでいたいか考えて教えてほしいの」と必死で訴え続けた。

そんな寅子に対して、「そんなのありきたり!」と憤る美雪だったが、寅子は「どんなあなたでも、私はなんだっていい! どんなあなたでも、どんなありきたりな話でも聞くわ。だから……話しましょう。何度でも!」と力強く説得した。大人たちからの押しつけではなく、聞きたいのはあなたの声であると、美雪に伝え続ける寅子の姿に、涙したという声も多SNSでは多く見られた。

実際に、美佐江やその娘・美雪との関わりをうかがわせるエピソードは寅子のモデルとなる三淵嘉子の記録に見当たらない。しかし、嘉子は5000人を超える問題を抱えた少年たちと真摯に向き合い、その立ち直りに尽力し続けた。同僚らが「頑なな態度だった少年が素直に話し始める様子は、まるでドラマか魔法のようだった」と語っていて、これは美雪の心を解いた寅子の姿と重なる。

身を乗り出して少年の話を聞く姿も

家庭裁判所で裁判官を務めるようになったころから、三淵嘉子の雰囲気が徐々に変わっていったという。

「一番変わったのは、話し方です。昔はまくしたてるような早口だったが、めだってゆっくりと話すようになりました。噛んで含めるような言い方に」(嘉子の実子・和田芳武)

SNSで、「後半なんだか物わかりがいい寅ちゃんになってしまった」「以前は何にでも突進していったのに、40代以降はすぐに謝っちゃう人になったのはなぜ」という声もあったが、実は史実でも仕事に向かう嘉子は落ち着いた雰囲気を醸し出すようになっていった。これは多くの少年と接するなかで、嘉子が意識して自分を変えたところが大きいように感じる。

嘉子は、ヨーロッパ旅行のお土産として香水を渡されたとき、丁寧にお礼を述べた後「でも、あたくしは、香水をつけないのよ。法廷で香水の匂いがすると、(法廷にいる同僚や被告などが)気になるらしいのよ。だからもう若いころから香水なしで過ごしているのよ」と断っている。

また、家庭裁判所にやってきた非行少年が入室してきたときは

「瞬間、三淵先生はいともさりげなく左手薬指にはめていらっしゃった指輪をクルッと回転させて、手のひらの側に移動させ、宝石を少年の目に触れさせないようになさいました」という証言もある。

審理される少年が、嘉子の振る舞いや身だしなみに反応して「自分とは違う側の人間」だと心を固くしかねない要素を徹底的に排除する嘉子の細やかな気配りが見て取れる。

定年退官前に所長として着任した横浜家庭裁判所では、薄汚れていた調停室の壁を真っ白に塗り替え、壁には絵をかけて、カーテンも新調。昼休みは裁判所の廊下に静かな音楽を流していたという。

裁判官の言動、身だしなみ、そして審理を受ける環境。とことんリラックスして話しやすい雰囲気づくりにこだわった嘉子の審理は、同僚や後輩裁判官にも強い印象を残した。

「三淵さんの少年審判は、動機を聞くとか反省の言葉を求めるとか、そういう形式的な段取りを追うのではありません。『三淵さんの世界』というのか、なにか流れるように進んでいくのが特徴でした。少年が話し始めると、ぐっと身を乗り出して『うん、それで』『もっと聞かせて』と語りかけるのです」(審判に同席した調査官)

叱責して反省を強く求めたり、犯した行為だけを見て断罪することはない。手続きに沿って処遇を裁定するのではなく、とにかくとことん少年の話を聞く、というのが嘉子スタイルだったようだ。

「少年自身に考えさせること」を大事にした

子どもが何かを「やらかした」とき、頭ごなしに叱るのではなく、まずは口を出さすに子どもの言い分を充分に聞くこと、子どもが話しやすい雰囲気を作ることーー裁判官としての嘉子はこれらをとても大切にしていた。

一般家庭でもなかなかできることではないが、とくに家庭裁判所に送られてくる少年は、家庭が複雑だったり、虐待を受けていたり、経済的に困窮していて親が子どもの話を聞く時間や心の余裕がない、周囲に信頼できる大人がいないなど「(大人に自分の話を)聞いてもらえる」経験がほとんどないケースも少なくない。

そんな中、身を乗り出して、「もっと聞かせて」と自分の話を聞いてくれる嘉子に出会った彼らは、これまでの頑なな態度をやわらげて、素直に自分の心情を語ったのだろう。そのうえで嘉子は、上から大人の言葉で指導するのではなく、「どうしてこんなことをしたんだろう」「何がいけなかったんだろう」と、少年自身に考えさせたという。

さらに少年の親に対しても裁判官というより親同士として、子どもの育て方について話し合い、最後に少年に向かって「何が悪かったのかわかったなら大丈夫。社会も家庭もあなたを見守っていますよ」という気持ちを込めた説諭をもって、軽微な処遇で審理を終えたケースも少なくなかった。

犯した罪だけを見て、少年院に移送する、保護観察にするなどと杓子定規に審判するのではなく、審判の過程自体を立ち直りや家族再構築の大きなきっかけにするという嘉子のやり方を「甘やかしている」と批判するのは簡単だ。しかし心を閉ざしたまま、少年院で数年過ごしたところで、真の更生は望めない。少年自身の反省を引き出すことこそが、少年が本当に「変わる」「前を向く」チャンスになるのだと、尊敬する上司である宇田川潤四郎(ドラマでは滝藤賢一が演じた滝川幸四郎)が打ち立てた「愛の裁判所」の流儀を嘉子は実践し続けた。

◇後編『過去の話じゃない。今も受け継がれている寅子モデル・三淵嘉子の「少年法」への想い』では、審判の現場だけでなく、家庭裁判所の枠を越え、少年・少女の更生や支援に力を注いだ嘉子の姿をお伝えする。

【参考文献】

・『三淵嘉子と家庭裁判所』(清永聡編著/日本評論社)

・『三淵嘉子の生涯〜人生を羽ばたいた“トラママ”』(佐賀千恵美著/内外出版社)

・『女性法曹のあけぼの』(佐賀千恵美著/ 金壽堂出版)

『虎に翼』少年法議論は過去の話じゃない。令和に受け継がれる寅子モデル・三淵嘉子の思い