ロシアのプーチン大統領が19日、北朝鮮を訪れた。プーチン氏が訪朝したのは、2000年以来24年ぶりだ。プーチン氏は前回、訪朝の成果を沖縄サミットで披露した。当時の参加者は森喜朗首相、クリントン米大統領、シラク仏大統領など、とっくに政界を引退したり、鬼籍に入ったりした人ばかりだ。プーチン氏の妄執に近い権力欲をみる思いだが、北朝鮮はそんなロシア(旧ソ連)をあきれさせた、欲望の塊のような国とも言える。

【画像】北朝鮮が磨いてきた「ハニートラップの技術」


プーチン氏の訪朝は24年ぶり ©EPA=時事

ソ連から得たもの

 北朝鮮が旧ソ連から得た最高の果実が核兵器だ。北朝鮮は朝鮮戦争が休戦してわずか3年後の1956年、ソ連・ドゥブナ合同原子核研究所に科学者を派遣した。ソ連はIRT2000小型研究炉を提供し、北朝鮮北西部・寧辺(ニョンビョン)の5メガワット黒鉛原子炉の建設にも協力した。

 1990年9月、シェワルナゼ外相が訪朝し、金永南(キム・ヨンナム)外相に対して、ソ連と韓国による国交樹立の考えを伝えると、金永南氏は激高。独自に核開発を進める考えを示し、その後の核実験と核兵器保有に突き進んだ。北朝鮮は最初から核兵器を保有するつもりだったのに、ソ連の新思考外交をだしに、核開発を正当化した。当時のソ連政府の北朝鮮担当者たちからは、あきれたり後悔したりする声が一斉にあがったという。

 北朝鮮は経済でも全面的にソ連の世話になった。今回、プーチン大統領の歓迎式典を行った平壌の金日成広場周辺にある朝鮮労働党や官公庁の建物群は、旧ソ連がデザインしたものだ。北朝鮮各地にある製鉄所や発電所もソ連が建設した。朝鮮戦争後、しばらくは暖房施設も朝鮮式のオンドルではなくペチカが使われていた。

 北朝鮮は1991年12月のソ連崩壊後、貿易の相手先を日本に定め、その後は韓国、そして中国と切り替えて今日に至るが、本格的な経済発展を遂げられずにいる。その大きな原因は、旧ソ連に頼り切りだった石油精製品とインフラ設備の不足にある。金正恩総書記は今回、プーチン大統領にインフラ設備や石油精製品の供給を懇願したことだろう。

ロシアもあきれた「借金の踏み倒し方」

 ただ、北朝鮮の「借金踏み倒し」は世界的に有名だ。日本でも欧州でも中東アフリカでも、北朝鮮と貿易や事業を展開したあげく、代金を払ってもらえずに泣いている国(会社、個人)はごまんとある。ソ連(ロシア)もそのうちの一人だ。

 金日成のフランス語通訳を務めた高英煥(コ・ヨンファン)氏の著書『平壌25時』(徳間文庫)によれば、北朝鮮軽工業委員会被服総局に金福信(キム・ボクシン)という女性の総局長がいた。当時、ソ連は毎年、北朝鮮に軽工業の原料を輸出していたが、北朝鮮が代金を支払わないため、輸出を止めることを決めた。

 金福信氏はモスクワにあるソ連軽工業担当副首相の執務室の前に日参した。ソ連副首相があきれて「半分でも代金を支払えば、原料を送るのに、ほとんど返さないではないか」となじったが、あきらめなかった。最後にソ連は根負けした。金福信氏は北朝鮮で高い評価を受け、金日成勲章を受賞し、副首相にまで出世した。

 2011年には、ロシアは旧ソ連時代の北朝鮮の借金約110億ドルのうちの100億ドルを棒引きにした。当時、死期が近いことを悟った金正日総書記が、金正恩氏の権力基盤を固めるために行った作業の一つとされるが、ロシアにしてみればたまったものではないだろう。

留学生に仕掛けた“甘い罠”

 北朝鮮がソ連(ロシア)から得たものは、経済的な恩恵だけではない。北朝鮮は1980年代、旧ソ連のフルンゼ軍事アカデミーに留学生を派遣していた。当時の留学経験者によれば、アカデミーへの留学期間は5年で、学年ごとに70人、計350人の北朝鮮留学生がいたという。アカデミーには、ルーマニアやハンガリーなど、東欧諸国の軍人たちも留学していた。

 北朝鮮の留学生は、一般的な軍事理論や戦史については他の国からの留学生とともに受講した。米軍や韓国軍、自衛隊の戦術などについては、個別に北朝鮮留学生だけを対象にした講義を受けたという。東欧諸国の留学生は北大西洋条約機構(NATO)軍の戦術を学んだ。

 ここで、北朝鮮留学生が「学んだ」ことが別にあった。ソ連国家保安委員会(KGB)によるスパイ工作だった。元留学生は「北朝鮮からの送金額はごくわずかだった。それで、本国にだまって、シャープペンシルや電卓などを売って金に換えていた。KGBはそれを北朝鮮にバラすと、私たちを脅して、スパイになるよう強要した」と語る。KGBは留学生が持っている情報が欲しかったわけではなく、本国に戻って北朝鮮軍中枢で働くようになった後、情報源として利用しようと考えていたという。

 この元留学生は、自分たちに対するハニートラップも盛んに仕掛けられたと証言する。ロシアに駐在経験がある日本政府の元当局者は「ロシア(ソ連)はロマノフ王朝時代から秘密警察の伝統がある国。暗殺やハニートラップなどお手の物だろう」と語る。実際、旧ソ連時代には、モスクワ近郊に女性工作員を育成する施設があったと聞いたという。「男性に対する誘惑の仕方からベッドテクニックまでを教えていたそうだ」。

北朝鮮流・ハニートラップの技術

 ソ連に影響されたのか、北朝鮮も独自のハニートラップの技術を磨いてきた。かつて脱北者や日米韓の政府関係者らから聞いた証言を総合すると、もっとも「可愛い」手段としては、韓国や日本からの訪問客との会食の席で女性に相手をさせて油断させるというものがあった。

 訪問客の背後には大きなカーテンがかかっている。訪問客が酒を飲み、女性に気を取られているうちに、カーテンを静かに上げる。そこには巨大な金日成主席の肖像画があった。隠しカメラで撮影すれば、「金日成主席の肖像画の前で、北朝鮮女性とデレデレする男」という構図の出来上がりだ。

 また、高麗ホテルの地下や招待所などで女性に性接待させる場合もあった。当然、隠し撮りをして、あとから脅す。身持ちの固い人物には、ホテルの部屋の前まで煽情的な服装をした女性を派遣する。部屋にいた男性が断っても、「このまま帰れば、政治的に迫害される」と泣き落とす。気の毒に思って部屋に入れると、女性が自ら服を脱ぎ始め、やはり隠し撮りされる。

 長期滞在者らには、もっと高級なテクニックを使う。街で偶然会ったように見せかけ、わざとそこでトラブルに巻き込まれたふりをして、ターゲットの男性に助けてもらう。その後、お礼をしながら、徐々に間隔を詰めていくという。

ソ連仕込みの“非常手段”

 ロシア(ソ連)仕込みの非常手段はほかにもある。ソウル中央地検は2011年10月、携帯型の銃や毒針など、北朝鮮が暗殺用に使う武器を公開した。脱北者の男が、この武器を使って同年9月に韓国の人権団体代表を殺害しようとした。武器は万年筆型と懐中電灯型の銃とボールペンの先に針を仕込んだ毒薬カプセルの計3種類。銃は先端に刃物がついた弾丸が飛び出す仕掛けで、射程約10メートル。弾丸や針に10ミリグラムで呼吸停止や心臓まひを起こす毒薬が仕込んであった。毒劇物による暗殺を得意とした旧ソ連の影響を受けたものだ。

 2017年2月には、マレーシアの空港で金正日総書記の長男、金正男氏が猛毒の神経作用剤VXを顔面に塗りつけられて暗殺された。別の情報筋によれば、このVXはバイナリー・ウエポン(二種混合型化学兵器)で、神経剤になる前段階の2種類の化学物質を使用直前に混ぜて使ったとみられている。

 北朝鮮は最初の化学兵器を1980年代に、VXなど神経作用剤は90年代に、それぞれ生産を始めた。韓国国防省などによれば、VXや青酸カリなど約25種類、計2500〜5000トンを貯蔵している。2000年代に入ると、軍偵察総局に毒劇物による暗殺工作を専門に行う19課を編成。19課は2010年に、黄長菀(ファン・ジャンヨプ)元朝鮮労働党書記の暗殺も狙ったとみられている。

 北朝鮮が核・ミサイルを保有したり、借金を踏み倒したり、ハニートラップや暗殺などに手を染めたりするのは、国際社会に受け入れられない異常な独裁体制を敷いているからだ。独裁体制は国内で過酷な人権侵害を生み、国外では様々な条約違反や衝突を生む。北朝鮮がプーチン大統領を大歓迎したのは、少しでも国際的な孤立状態を緩和し、北朝鮮国内での金正恩氏の偶像化にも利用できると考えたからだ。

熱い握手を交わしていたが…

 北朝鮮の人々は昔から、ロシア人を「マウチプサラム(馬牛家人=大男総身に知恵が回りかね、の意)」と呼び、バカにしてきた。もっとも、それはプーチン大統領も同じだろう。2019年4月に金正恩氏がロシアを初めて訪れた際、迎賓施設を利用せず、ウラジオストク駅の広場で歓迎式典を行うなど、あからさまに冷遇した。

 複数の日本政府関係者や関係者の1人は「日米のような自由や民主主義といった同じ価値観があるわけでもない。利用価値がなくなれば、すぐに壊れるのがロシアと北朝鮮の関係だ」と語った。

(牧野 愛博)