ライドシェア、採用側も驚いた応募者殺到の理由
(写真:日本交通提供)
日本型ライドシェアの稼働から、約2カ月となる5月下旬。岸田文雄首相は、自ら5月中と期限を設けていたライドシェア新法の検討、また日本型ライドシェアの検証作業のいずれも、期限を設けないという方針を示した。この決断により、新法も検証も事実上「先送り」という形で決着した。
これにより、今後しばらく(少なくとも年内まで)は、現在稼働中の日本型ライドシェアでもって、「タクシー不足」という喫緊の課題解決を目指していくことを意味する。
一方、タクシー会社の視点に立つと、日本型ライドシェアは、国交省から割り振られた台数を各社で補完するという側面が強い。その台数をいかに“埋める”か、ということが最大の争点となりつつある。
現在、最も多くの台数を割り振られているのが東京の日本交通だ。同社は、今年1月時点でNRS(日本型ライドシェア・以下NRS)のプロジェクトチームを立ち上げた。3月からはNRS事業部として実働しており、現在は20名弱のメンバーが在籍している。同事業部に、ライドシェアの実情について聞いた。
ドライバー希望者の多さに驚き
NRS事業部で副部長を務める野底篤さん(46)に、日本型ライドシェアの動静について尋ねると、率直な感想が返ってきた。
「タクシーで人を採るのがこれだけ大変なのに、実は旅客運送に興味を持っている人がこれだけいるのか、ということが我々の気づきでした。潜在的にやってみたかった、という方がこれだけいらっしゃったのか、と」
日本交通には、これまでに1万件近いエントリーがあった。しかしそれでも、国交省から振り分けられた台数は、まだ半数程度で推移しているという。車両条件の規定や、本業や勤務時間の希望の兼ね合いで、実採用に至っているのは応募者のうちの2割にも満たないからだ。
それでも、従来のタクシーとは異なる働き方を希望するドライバーの多さに、業界歴20年超の野底さんも驚きを隠せなかった。タクシーやバス、トラックなどの運送業全般で人手不足が喧伝されている現状を考慮すると、ミスマッチの深刻さが浮かび上がる。
都内での状況に関しては、時間帯や23区の中でもバラつきがある。特に稼働が活発なのが、朝方の目黒区と世田谷区だ。ドライバー数に比べて利用者が多く、著しくマッチング率が低い。この2区と近接する渋谷区、新宿区はNRS事業部が重点的に営業を強化している地域でもある。
「目黒区と世田谷区のマッチング率を改善するため、車両を同区からスタートさせるなど工夫しています。ただ、乗務中ほとんどの時間でアプリが鳴りっぱなしのため、その後の移動で戻ってくるわけではなく、難しさもあります。時間帯は金曜日の深夜帯が想定より低く推移しており、朝方がドライバーさんからも利用者さんからも人気が高くなっています」(野底さん)
平均時給は2000円前後
待遇面はどうか。同社のドライバーの給与体系は、時給1400円に加え、ガソリン代などの諸手当が400円つく。ここに時間あたりの売り上げで3000円を超過した分には歩合給が加わる。野底さんによれば、「半数以上は歩合給を達成している」という。
平均時給に換算すると2000円前後という計算になる。この数字については、「二種免許がないほぼ素人の方がやってもこれだけ(数字が)上がるということです」と語気を強めた。
初任適性診断の様子(写真:日本交通提供)
昨年の東京都のタクシー運転手の平均年収推計額は約586万円で、前年より160万円増と大幅な増加となっている。この数字は過去を振り返っても、最高水準のものだ。
ただ、労働環境が改善したとはいえ、タクシードライバーはコロナ前の水準にはまだまだ戻っていない。一方で、ライドシェアには想定以上の応募者が集まった現実もある。その理由について、「職種のイメージが大きい」と野底さんは分析する。
「日本型ライドシェアのドライバーの方からいただく感想でもっとも多いのが、『やってみたら意外とよかった』ということです。タクシー業界は長時間労働、流し営業がキツい、というイメージを持たれがちですが、アプリの普及により、流しや待ち時間がなくて効率的に働ける、という点が大きいと思います。行き先ややり取りもアプリだけで完結するので、心理的なハードルが下がったことが、ライドシェアドライバーの方に刺さっているのではないでしょうか」
学生など若い世代もアルバイト感覚で
鈴木航平さん(28)は、新卒で日本交通に入社後、タクシー乗務員や運行管理などを経て、NRS事業部の立ち上げに関わってきた。現在は採用が主な業務で、ほとんどの応募者の面接に携わっている。いったいどんな層がライドシェアドライバーとして働いているのだろうか。
「弊社の場合、男性9割・女性1割といった感覚です。年齢層は20〜60代と幅広く、平均年齢は50代となります。大半は、本業が昼以降に始まる自営業や、時間の余裕がある経営者の方ですね。
共通しているのは、運転が好きということでしょうか。一方、ここ数週間では、学生さんの応募が非常に増えて、10人に1人ほどの割合で、大学生を中心とした若い世代が働くようになっています。アルバイトとしては条件がいいですし、徐々にそうした認識が浸透し始めているのでしょう」
実地研修の様子(写真:日本交通提供)
ドライバーの大半は、旅客運転が本業ではない。まだ手探りな面もある中でアフターフォローに関わるのも、鈴木さんの仕事だ。現場から寄せられる声で最も多いのは、「道順への不安」だという。
「道が不安だという声はやはりいただいています。アプリ上のナビで実際は決められた道を走るだけではありますが、道を知っていることは運転の自信に繋がるという心理はあると感じます。実際に日本型ライドシェアを利用される方は、タクシーと同じ感覚で道の指定をする方もいるので。この辺りはフォローや研修で改善できる点だと感じています」(鈴木さん)
個人的に興味深かったのが、車両についてだ。筆者が複数の日本型ライドシェアを行うタクシー会社を取材している中で、「実は高級車が占める割合が多い」と聞いていた。実際にポルシェやベントレー、センチュリーという車両がライドシェアとして都内を走っているという。
タクシー会社としても当初は「冷やかしか」と半信半疑だったというが、思いのほか普通に営業しているというのだ。この点を、鈴木さんに聞くと「ベンツやBMWはざらです。ポルシェ・カイエン、テスラも普通にありますね。ただ高級車が特別多いというよりは、グレードは比較的均等に分かれている、という感じでしょうか。とはいえ、ベンツやBMWでは驚かないような超高級車のドライバーさんがいることも事実です」。
ドライバーを継続的に採用できるか
今後日本型ライドシェアが浸透するための課題は、ドライバーを継続的に確保できるかという点だろう。特にバスの減便が深刻な地方は、交通手段の確保がより重要となるだけに、切実だ。前出の野底さんがこう続ける。
「『稼働時間をもっと長くしてほしい』という声がもっとも多いです。そこが採用のネックになっている点は間違いないですが、労務上の観点からは、単純に長ければいいというわけではないので非常に悩ましい。
一方、地方の採用に関しては悲観していません。地方は車の保有率が高いからです。不採用になる方の9割近くが車両条件で引っかかっています。その点、地方のほうが採用のハードルは低くなると考えられます。弊社に応募する方の中でも、『大阪でやりたい』という声もあり、そういう方には希望するエリアを紹介しています」
タクシーの供給不足を補う目的でスタートした日本型ライドシェアの現場は、試行錯誤を重ねながら適応を図っている。国交省が定める、交通インフラの改善に有効な手段になりえるか、今後も注視していきたい。
(栗田 シメイ : ノンフィクションライター)