蜂がブンブン飛び交う“日本一危険な祭り”に参加して最高にウマい「蜂の子料理」を味わってきた
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●巷で“日本で一番危険な祭り”と言われているのが、岐阜県と愛知県の県境に位置する串原で行われる「くしはらヘボ祭り」。一体何がそんなに危険なのか、珍食材に精通するライター・ムシモアゼルギリコが突撃取材してきました。
「『相棒』をテレビで観てたら、右京さんが蜂の子食べてた」
とある夜にLINEで届いた、友人からの虫速報。TVerで追っかけて観てみると(テレビ朝日2023年11月1日放送「スズメバチ」)、ハチが事件のヒントになり、飲み屋のシーンにも「蜂の子」が登場するという展開でした。
蜂の子とは、クロスズメバチの幼虫やサナギを砂糖や醤油で煮付けた郷土食(海外ではオオスズメバチも人気)。ドラマでは「信州名物」として登場しましたが、日本各地で山間部を中心に食用の歴史があります。その知名度は、数ある食用昆虫の中でもトップクラスでしょう。
そして作中で右京さんが「これは珍しい」と喜んだ通り、希少かつ高級なブツ。というのは、蜂の子が食材になるまでには、以下のような大変な工程があるからです。
まずは山で、土中にあるクロスズメバチの巣を探すことからスタート。巣が見つかれば煙で成虫の動きを封じながら、掘り出します。そして持ち帰り巣板の巣穴ひとつひとつから、10ミリほどの幼虫とサナギを取り出すという果てしない作業……。
その後は取り出した幼虫たちの汚れを落としてから、ようやく調理ができるのです。あぁ、その労力たるや。ドラマでは「コツさえつかめば簡単に巣が見つかる」みたいなことを言っていましたが、実際はそれなりの手間暇が必要で、ぶっちゃけかなりコスパの悪い作業だと言えるでしょう。それでも大変なごちそうかつ、愛好家にとっては最高の娯楽。地道に守り継がれている、山の幸なのです。
その文化を存分に楽しめるのが、岐阜県と愛知県の県境に位置する串原で行われる「くしはらヘボ祭り」。ヘボ文化の担い手が、一堂に会する伝統行事です。「ヘボ」とはクロスズメバチの俗名で、各地で「ヘボ」「すがれ」「すがり」「ジバチ」など、さまざまな呼ばれ方をしています。
車で山道を進み会場へ近づくと「ヘボの村」「ヘボ愛好会」という旗が現れ、我らのテンションが上がっていく
祭りでは、全国のヘボ愛好家が育てた巣を競うコンテストが行われます。初夏に山でとった小さい巣を人の手で大きく育て、重量を競うのです。巣を大きくする目的は、もちろん食用(童話『ヘンゼルとグレーテル』の魔女さながら)。
しかも、コンテストの後それを買うことができるので、昆虫食愛好家垂涎の祭りでもあるのです。さらに巣の販売同様に見逃せないのが、特製のヘボ料理販売。祭りのレポート記事を読んでは、長年うずうずしていたものでした。ここ4年ほどコロナ禍によって中止されており、今年は待望の復活年。これは行かない手はない! と、仲間5名で向かったのでした。
蜂が飛び交うヘボ祭りの会場へ
ヘボ祭りの会場は、標高464メートルの山頂に位置する「くしはら温泉 ささゆりの湯」。敷地内には「地蜂(ヘボ)友好の碑」もあり、蜂の子文化が根付く土地であることがわかる
当日は天気にも恵まれ、11月とは思えぬほど気温が郄かったため、「コレはさぞかし蜂が元気なのでは……」と、頭をよぎる少々の不安。なぜならこの祭りでは、ヘボ(蜂)が会場を自由に飛び回るから。到着して早々に開会式を見ているそばから、自分の周りに飛び交う多数のヘボが目視できます。ああ、コレが巷で言われている「日本で一番危険な祭りか」と、早くも実感させられます。
会場のそこここに「蜂アレルギーの人は近づかないように」という注意喚起の看板が。ヘボは毒性は弱いものの、複数回刺されればアナフィラキシーショックが起こる可能性が高まります
開会式の挨拶では、こんなコメントも飛び出しました。
「捕ることも、育てることも、食することも、刺されることも含めて、ヘボ文化の継承です」
刺されることも文化! 「刺されても仕方ないか」と覚悟をキメて臨んだものの、こう言い切られると、ちょっとひるんでしまいます。
ヘボは毒性が弱く、おとなしい。仲間の口元にもとまったものの、静かにはらうと飛び去ってくれました。今回の仲間内で刺されたのは、積極的にハチにからんでいくユーチューバーのスズメバチ仮面ヒロポン氏だけであった
ヘボが飛び交うも、祭りの参加者は慣れっこといった雰囲気。「ハチが来た!」などと騒いでいる者がただの一人もいないのがスゴい。さらに、ヘボ料理販売のテントに、朝9時の時点ですでに長蛇の列が発生していたのも、またまたスゴい。
この祭りに来て、ヘボを食べないという選択はないのでしょう。昨今(昔から?)何かと嫌われがちな昆虫食ですが、この地においては、昆虫食への愛しか感じられません。
ヘボ料理を買い求める列に、ヘボ料理への熱い期待がうかがえる。この広々とした空間は「くしはら温泉 ささゆりの湯」併設のグラウンドゴルフ場。隣にはオートキャンプ場もある、充実のレジャースポットでもある
さて、いよいよ祭り名物「ヘボ五平もち」の出番! 恵那市に伝わる「くるみごへいたれ」に串原地区のヘボを混ぜてある、絶品の名物料理です。
炭で炙られる祭り名物「ヘボ五平もち」
この「くるみごへいだれ」とは、醤油にくるみ、ごま、ピーナッツをふんだんに加えて作る伝統の味。もとは地元岐阜県東濃地方に伝わる「わらじ五平もち」のたれを昭和の時代に商品化したもの。そこへ、ヘボを加えるという贅沢さ! ヘボ入りのたれは、各家庭でも独自に作られることもあるという郷土の味でもあります。
ヘボ五平もちを販売するのは、ヘボ食文化を引き継ぐ「へぼがーるず」
気になるヘボ五平もちの味はというと、昆虫食ビギナーにもおすすめしたくなる美味しさです。たれに混ぜ込んであるものの、ヘボの存在感はごくごくわずか。子どもからお年寄りまでが楽しめる、鉄板の甘辛味。
念願のヘボ五平餅をいただきます! わらじ型の五平餅はボリュームたっぷり。1本で十分、朝食になってしまう
米をつぶしてふわっとまとめてあるもちがおなかに優しく、炭火で炙った香ばしさに、食欲を刺激されまくりです。あっという間に1本ペロリ。ヘボがブンブン飛び交う中でほおばると、「お仲間を食ってゴメンよ……」という、食物連鎖の罪悪感がほんの少し湧き出てきますが、それもまた味わいのスパイスかも。
ヘボ料理定番の「ヘボごはん」と「甘露煮」(しょうゆと砂糖で煮詰めたもの)も、ヘボ五平餅と同じく長蛇の列。ひと通り見学してから会場の隅で味わっていると「私買えなかったわ~」と残念そうなご婦人の声も
ヘボの味わいをしっかり堪能したいなら、甘露煮を食べない手はありません。小エビを甘辛く煮つけたような味わいに、「これはお酒が欲しくなりますね~」と同行のスズメバチ仮面ヒロポン氏。
「成虫の外皮のパリッとした食感と幼虫のクニャリとした歯触りが心地よく、口にいれた瞬間は甘露煮の甘じょっぱくて香ばしい味がガツンと来たあとに、ヘボ独特の甲殻類とナッツを合わせたような風味がきます」
さすが、ハチマニアの食レポ。ヒロポン氏が言うように、蜂の子(ヘボ)は独特の風味があります。それが魅力であったり、人によっては苦手だったり。
(左)甘露煮と(右)へぼごはん
しかしこのヘボごはんは、配合のバランスが控えめに言っても最高。出汁をきかせたごはんに2割くらいの分量でヘボを混ぜこむことでいい塩梅に香りがフワッと広がり、ハチのクセが逆にいい仕事をしています。ヘボが具というより、調味料的な印象です。まさに黄金比。昆虫食歴15年にして本当に美味しいヘボごはんに出会えたように思えます。
胃袋をつかまれる祭りというのは、満足度がハンパないですね。「虫! キャ~!」という声が聞こえず、来場者がごく普通に食べている環境も、特筆すべきポイントでしょう。
さて腹ごしらえをしたら、ここからが本番。食材の「ビフォア」をじっくり拝見しなくては。
ヘボ愛好家が育てた蜂の巣を競うコンテストも必見
会場の端には、軽トラックがズラリ。コンテストのために各地から、愛好家が育てたヘボの巣が運び込まれているのです
会場の隅にはビニルハウスが設営され、トラックで巣箱が運び込まれていきます。ビニルハウス内では愛好家たちが丹精こめて育てた3キロ越えの巣が次々と取り出される、圧巻の光景が展開されるのです。
一般来場者は、ヘボの巣を巣箱から取り出す作業をビニルハウスの外から見学できる
巣箱に着火した煙幕を放り込むと、ヘボは気絶。しかし動けるヘボもいるので、蓋を開けるとワーッと飛び出し、テント内を飛びまわったり、力尽きて地面に落ちたり
巣箱から取り出したヘボの巣は、まるで天然のミルフィーユ。5~8段ほどの巣版に、六角形の巣穴が並び(ハニカム構造)、そこに幼虫やサナギがぎっしりつまっている
テントの中は、煙幕で巣から逃げ出した成虫でびっしり。テントの外にも一部逃げていき、会場を飛び回る
普通の服装でテント内外をウロウロしていたら、「そんなカッコしてたら刺されるで!」とヘボ愛好家の方々から防護服を着せていただいてしまった。安心安全にヘボの世話をできるこの服は、ヘボ食を支える重要アイテムの一つでもある
巣箱から取り出した巣は手早くビニールにつめ、コンテストのために計量する
販売される巣は、小さめサイズから先に売れていくという。食べきれない、保存に困るなどの理由が想像できます(わかる…!)
愛好家の方にお話を伺うと、とある巣はなんとエサ代10万円。ヘボは肉食なので、野生では成虫がハエやクモなどの小型の虫などを捕って幼虫に与えていますが、養殖の場合は成長ステージに応じて鶏肉やハツなどが与えられるそう。
蜂の巣の販売価格は1キロ1万円
育てた巣の販売価格は、1キロ1万円。超高級食材であるものの、ほぼ元はとれていない……ですよね? それでもやらずにいられない楽しさがあるのでしょう。文化の継承には、並々ならぬ熱量が必要とされるのですね。
販売される巣は、申し込み順に選ぶ権利が得られる。同行者が買った巣は、なんと小学生がおじいちゃんに手ほどきを受けて育てた巣。「いつもおじいちゃんがへぼを煮てくれる」という話がとてもよかった(ぜひご相伴にあずかってみたい)
ちなみに今回、コンテストで優勝した巣は6キロ越え。過去には7キロ越えの巣もあったとか。6キロというと、生後3ヶ月の赤ちゃんくらいでしょうか。重量には木くずで作られている巣の重さも含まれるものの、あの小さい幼虫がそれだけ詰まっているのはものすごいことです。
仲間が複数人で共同購入した3キロ越えの巣は、ずっしり重い。お値段3万円越え
仲間が買った巣を持ち上げると、なかなかの重量。その重みから感じられるのは、愛好家のヘボ愛、栄養たっぷりのタンパク質、山の恵み、そして伝統と文化。ああ、いい祭りだなぁ。これから先、味わうヘボの味が、ますます美味しくなりそうです。
●著者プロフィール
ムシモアゼルギリコ
フリーライター。記事の執筆のほか、TV、ラジオ、雑誌、トークライブ等で昆虫食の魅力を広めている。昆虫食だけでなく、一般の食卓では見かけないような食材を追うのが好き。著書に『びっくり! たのしい! おいしい! 昆虫食のせかい むしくいノート』(カンゼン)、『スーパーフード! 昆虫食最強ナビ』 (タツミムック)