2000年代以降、行政機関での非正規雇用が広がっているという(写真:metamorworks/PIXTA)

2000年代以降、公務員制度改革が進む中、行政機関での非正規雇用が広がっている。こうした中、社会で弱い立場にいる人々の支援を志す若者の中には、大学院などで専門資格を取得していても月10万円そこそこの賃金しか得られなかったり、支援に必要な研修などを受けられないというケースも発生している。

地方公務員のうち非正規雇用者は2020年4月時点で、雇用期間が6カ月未満の人も含めると112万5000人を超え、全体の約3割を占めている。片やDV防止法や児童虐待防止法など社会的弱者を救済するための法整備が整う中、支援される側も増えており、複雑な問題を抱える人々の対応に非正規職員があたる現場も増えているようだ。実際、非正規で働いていた人たちはどんな問題に直面したのか。

あまりにも「コスパ」の悪い仕事

「大学院を出て資格を取っても、収入は『これで生活できる人がいるのか?』というレベル。人を助けたいという思いで入職したとはいえ、あまりにも『コスパ』の悪い仕事でした」

こう話すのは首都圏に住む20代半ばの臨床心理士、タカシさん(仮名)だ。大学院を修了した2021年、非正規の会計年度任用職員として、ある自治体で親子の相談業務に就いた。相談員は、上司である正規職員とタカシさんの2人。入職時に研修はなく、1カ月ほど過去の記録を読んで勉強してから、相談に対応するようになった。

相談内容はいじめ・嫌がらせの訴えや精神的な生きづらさまで多岐にわたり、時には児童相談所や学校など、他の支援機関につなぐべき内容も交じっていた。

「仕事は法的な知識も必要で、社会人1、2年目の人間が簡単に対応できるような内容ではありませんでした。研修などで、事前に法律や支援対象者の特性を知っておければ、もう少しうまく支援できたかもしれませんが……」

上司はタカシさんに「1年目とはいえ即戦力にならなければ」と話し「電話対応が悪い」「書類の内容が支離滅裂だ」など、毎日のように叱責するように。大きなミスをしたときには上司に個室で責められ、「対応で気になったこと」を2、3ページの書面に羅列された。

タカシさんは「このままでは精神的に持たない」と、契約を更新せず1年で退職。心理的なダメージを受け、カウンセリングも受けた。

弁当はタッパーに白米だけという日も

在職中のタカシさんの月収は、手取りで12万円。家賃と生活費を払うと、お金は残らなかった。アルバイトを掛け持ちしようかとも考えたが、当時は休日などに大学院で研究も続けており、時間的に難しかった。

食費を切り詰め、当時安価に購入できた卵とご飯でしのいだ。弁当はタッパーに白米だけという日も。自己研鑽のため専門的な研修を受けたくても、数万円〜10万円の研修費と交通費を考えると、とても手が出なかった。

正規職員として行政の支援職に就きたかったが、募集は少なく、希望職種の試験にも合格できなかった。現在は民間の施設で、正社員として支援の仕事をしている。労働環境は良く、収入も約1.5倍に増えたという。

ただタカシさんは、パワハラも低賃金も基本的には「自分が招いたこと」だと考えている。「収入も含めて納得してこの仕事を選んだのだし、パワハラももともとは、実力のない自分に非があった。仕方なかったと思います」。

非正規公務員当事者・経験者の団体voicesのメンバー、山岸薫さんは「社会に自己責任論が蔓延する中、若い非正規公務員の多くはタカシさんのように『この仕事を選んだ自分が悪い』とのみ込んでしまう。非正規公務員の構造的なおかしさに、声を上げようとはしないのです」と話す。

北九州市の嘱託職員(非正規公務員)で、生活困窮者らの相談業務を務めていた森下佳奈さん(当時27歳)も、こうした若者の1人だった。2012年に同市に入職したが、翌年1月にうつ病を発症して同3月に退職、2015年に自ら命を絶った。

佳奈さんも、タカシさんと同じように大学院を出て、新卒で非正規公務員となった。入職後半年足らずで、虚言癖や希死念慮のある相談者ら対応の難しいケースを任されるようになる。同時に上司である係長が、2時間にわたって佳奈さんを別室で「指導」したり、「それで給料分働いていると思っているのか」などと責めたりするようになった。さらに係長は、佳奈さんの担当する相談者について「このままだと死にますよ」など、あたかも佳奈さんの対応が原因で死亡するかのような言葉を投げつけていた。

佳奈さんは当時、母親の眞由美さんや同僚に「私の判断ミスで人を死なせてしまう」「人を死なせたくない。怖くて何もできない」などと打ち明けていた。

退職後も精神科へ通院していた

遺族は2017年、自殺は上司のパワハラによるうつ病が原因であり、公務災害に当たるとして、北九州市に遺族補償など310万円を求める訴えを福岡地裁に起こした。しかし同地裁は「(2012年に発症した)うつ病の症状が、自殺に至るまで継続していた」と認定したものの、退職から自殺まで2年以上が経っていることを理由に、公務と自殺の因果関係を認めず遺族の請求を棄却。2023年9月、福岡高裁も控訴を棄却した。

眞由美さんによると、佳奈さんは退職後も精神科へ通院し「係長に似た人を見て足がすくみ、動けなくなった」「睡眠薬を飲まないと眠れない。薬で生かされる人生なんて終わりにしたい」などと苦しみを訴えていたという。

佳奈さんが正規職員であれば、新人研修など入職時に仕事を教わる場もあったろうし、休職したときも復帰に向けたサポートがあったと想像できる。しかし非正規であるがゆえに「公務員の仲間」の1人としてのケアは受けられなかった。

眞由美さんは「娘は正規、非正規という雇用形態にこだわらず、ただ困っている人を助けたいという思いで職に就きました」と話す。

「しかし非正規だったがゆえに、必要な教育も得られないまま、相談者の生死に関わるような重い仕事を与えられました。その結果、自分も死にたいと口にするほど追い詰められてしまった。娘は命を削って働いたのに、職場は彼女の命を守ってはくれなかったのです」

なぜ非正規公務員に対するパワハラは起きてしまうのか。非正規労働の問題に詳しい和光大名誉教授の竹信三恵子氏は、年度ごとに契約を更新する非正規公務員の枠組みそのものが、パワハラの温床だと指摘する。

「管理職は多くの場合、非正規の職員を『不都合があったら雇い止めすればいい使い捨ての労働力』と考え、当たり前の労務管理すら行いません。非正規の部下が意に染まない行動を取ったときも、マネジメントではなく力関係で抑え込もうとして、パワハラが起きるのです」

非正規公務員の抜本的見直しが必要

正規の公務員が不当人事やパワハラを受けた場合、自治体が設置する人事委員会に被害救済を訴え出ることができる。しかし非正規は雇い止めされると同時に公務員でなくなり、訴える資格すら失ってしまう。

竹信氏は「非正規が救済されるよう、人事委員会の仕組みを変えるほか、労働組合など外部の救済機関を充実させることも不可欠。何より、存在そのものがハラスメントとすら言える『非正規公務員』という枠組みを、抜本的に見直すべきです」と訴える。

タカシさんのように、公務に見切りをつけて職場を去る若者も増えている。若手人材が去れば将来的に住民サービスが劣化し、最終的な損害を被るのは市民自身でもある。

森下眞由美さんからのメールには、佳奈さんと他の非正規当事者の姿を重ね、次のような切迫した願いがつづられていた。

「どうかあの(非正規公務員の)人たちの命を守ってあげてください。みんなを助けてあげてください」

(有馬 知子 : フリージャーナリスト)