片付け前の依頼者の実家の様子(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

ゴミ山の上に置かれた親からのクリスマスプレゼント。大人になった今では子どもの頃の状況を「異常だった」と理解しているが、ずっと「これが普通」だと思っていた。

本連載では、さまざまな事情を抱え「ゴミ屋敷」となってしまった家に暮らす人たちの“孤独”と、片付けの先に見いだした“希望”に焦点をあてる。

ゴミ屋敷・不用品回収の専門業者「イーブイ」(大阪府)を営み、YouTube「イーブイ片付けチャンネル」で多くの事例を配信する二見文直社長と今回の依頼者が、片付けたゴミ屋敷のその後について語った。

実家のゴミ屋敷状態が嫌になり18歳で家出

依頼者である30代の女性は、18歳のときに大阪にある実家の散らかり様に嫌気がさし、家出をした。それから13年後、久しぶりに実家に帰ると、当時とは比べものにならないほどに、さらに部屋は荒れていた。

玄関から本当に足の踏み場がない。2階へ登る階段もゴミで埋め尽くされており、その上に生卵が無造作に置かれている。飲みかけのペットボトル、空き缶、洗濯したかどうかもわからない服、調味料、段ボールなどが床一面に散乱していて、生活するスペースがない。洗面台の排水口は詰まり、溜まった灰色の水にゴミが浮いている。奥の和室に入ると、頭の高さまでゴミが積み上がっていた。


卵が入ったままのパックなどゴミで埋め尽くされた階段(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

その光景を見た女性は、たまらずイーブイに相談のメールを送った。

「まもなく60歳になる母の様子に異変を感じ、業者様への依頼を決意しました。私は結婚を機に大阪を離れており、実家を出て13年くらいになります。実家がゴミ屋敷と主人に言えるはずもなく、結婚のあいさつも実家ではできず、出産の際も里帰りできず、10年近く実家へは立ち入らせてもらえていません。

何かあっても実家に帰れないという事実に、こちらがもう精神的に限界でした。10年近く家を片付けようと母を説得し続けてきました。そのたびにお金がない、仕事が忙しいから時間がない、また今度でいいと断られ続けていました」

今ほどではないが、女性が子どもの頃から実家はゴミ屋敷だった。しかし、「片付けたほうがいいんじゃない?」と親に言うことはできなかった。

「幼少期から何かを机の代わりにして、勉強をしたりご飯を食べたりしていました。キャンプじゃないですけど、それでちょっと楽しかったのはあるんですよ。大掃除のときに家族でちょっと過ごせるスペースを片付けて1畳分ぐらいだけきれいになって。でも、子どもながらに人に言ったらアカンなというのは思っていました」


ゴミだらけの風呂場(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

中学校に上がると仲の良い男の子もでき始めたが、やっぱり家には呼べなかった。その頃から、「自分の家は普通じゃない、片付けないといけないのでは」と思うようになった。

「でも、ずっとそれで生活してきているし、なんか触れたらアカンことなんかなって。私にとって当たり前の状態なんですが、やっぱり安らげる場所ではないし、居心地は良くないんですよ。しだいに家に帰るより友達の家のほうがいいなとか、バイトしているほうがマシで、帰って寝るだけの生活になっていきました。18歳のときにキャリーバッグひとつで家出してしまって、もう実家には寄りませんでした。臭いものにフタをするじゃないですけど、見て見ぬふりをしていました」

女性が家を出て、弟と両親の3人暮らしになると、家族の関係も悪化していった。父親は家の中のゴミが増えるにつれて酒に逃げるようになり、アルコール依存症になって職を失った。女性と10歳以上年の離れた弟もなかば家出状態で、ついに母は精神を病んでしまった。


ゴミ袋で埋め尽くされていた和室(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


高くまでゴミが積み上がっていた(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

弟は家の状態を「別に普通やね」と語っていた

そんな状況を受け、「実家をなんとかしないといけない」と女性は決意する。しかし、母は「業者に頼むお金なんてうちにはない」の一点張りで、その話をするたびに喧嘩になった。20歳を過ぎ、働き始めた弟も精神的に不安定なままで、退職を繰り返していたという。

「このまま私が動かなかったら、もう一家全員おかしくなっちゃうと思って。お母さんに言ってもダメだから、弟に今の家どう思うって聞いてみたんです。でも、弟も赤ちゃんの頃からこの環境で育ってきたんで、“別に普通やね”って。私はその反応にすごい衝撃を受けて、まずは弟の話を聞くことにしたんです」


ゴミで埋まり開けられなくなった冷蔵庫(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

聞くと弟はこれまで友人や彼女を一度も家に呼んだことがなかった。そして、本当は家に呼びたいと思っていた。「家、1回全部片付けへん?」と女性が言うと、弟も「このままじゃアカンって俺もわかってる。俺もそうしたい」と答えた。

「こんな家じゃなかったのになって。喧嘩もするけど、楽しくみんなでお片付けしようみたいな家庭だったのに、知らない間にそうじゃなくなっていて、もうバラバラになりかけてた。私と母は連絡取り合うけど、弟にはめったに会わないし、連絡も取り合わないし、父もたまに私の家に来るぐらいで」(依頼者の女性)

弟と一緒に想いを伝えると、母の気持ちも変わった。イーブイのスタッフが見積もりのため家に上がると、弟は「他人が家の中に入ってくるのって違和感しかない」と話し、母は「娘や息子に何てことをしてきたんだろう」と涙を流したそうだ。

大人になって「普通ではなかった」と気付く

依頼者の女性も弟も、子どもの頃は自分が置かれた状況がわからず、成長してから、「普通ではなかった」ことに気付いた。子どもの頃はよくても、「大人になってから困ることが多くあった」と女性は話す。その様子は、旧統一教会などに見られる宗教二世問題ともどこか重なる。

だが、イーブイの二見氏は、「ゴミ屋敷でも宗教二世でも、問題の本質は親と子のコミュニケーションなのでは」と話す。

ゴミ屋敷とか宗教二世とか、インパクトが強いのでそっちに論点が行きがちですが、ゴミ屋敷でも宗教二世でも、すべての家庭の環境が悪いとは思わないんです。少なくともゴミ屋敷に関してはそうだと思っています」

過去にこの連載で配信した『「子2人とゴミ屋敷に住む」シングルマザーの孤独』で取り上げた家庭もそうだった。ゴミ屋敷というだけで、「育児放棄」という言葉を連想してしまいがちだが、実際は決してそうではなかった。

片付けられたゴミ屋敷、その1年後は


この連載の一覧はこちら

見積もりを終え、女性の実家はイーブイによってゴミひとつないきれいな空間に生まれ変わった。「実家が心地良い」と感じたのは生まれて初めてのことだという。

しかし、ゴミ屋敷につきものなのが、「どうせまた元に戻る」という意見だ。イーブイが配信している動画にも、同じようなコメントが多く残っている。たしかに、「ただ片付けただけ」では、すぐにゴミ屋敷に戻ってしまうことが多い。だが、この家族のようにゴミ屋敷に向き合った経験があれば、そうとも限らない。


片付けが完了した後の様子(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

片付けから1年経った実家の様子はどんなものか。女性が近況を教えてくれた。ゴミ屋敷には戻っておらず、家族の関係も修復されたという。

「暮らしに必要なものとかもまたイチから揃え直したので、結構な時間とお金と労力がかかったと思うんですけど、そのことでまた家族が協力し合うようになりました。あれから母も少し落ち着いたようで、一刻も早く生活を立て直そうと頑張っています。ハウスクリーニングやリフォームを依頼できるお金まで用意できなかったので、母と父が毎日仕事から帰宅後に家の掃除をしているようです。20年近く家族のために動くことをせず、毎日お酒を飲んで寝ていただけの父が、毎日夜遅くまで家の掃除をしているそうです」

汚れが落ちなかった壁は、弟と父親が一緒に塗り替えた。父親は仕事に復帰し、リビングには弟の彼女が入り浸っているという。


ゴミ屋敷状態から一変したリビング(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)


きれいな状態に保たれたキッチン(写真:「イーブイ片付けチャンネル」より)

(國友 公司 : ルポライター)