ミュージアムの入り口に設置された巨大スクリーン(記者撮影)

日本の将来を担う子どもたちに、ものづくりの楽しさを知ってもらいたい――。

精密部品の大手ミネベアミツミが9月、そんな思いから体験型ショールーム「クロステックミュージアム」をオープンした。東京都港区の東京本部ビル1階に設け、延べ床面積は約850平方メートル。事前予約制で、小学5年生以上を対象に無料で見学を受け入れる。

取り組みの背景には、少子高齢化に伴う人手不足や、製造業を敬遠する若者の増加への危機感がある。貝沼由久・会長兼CEOは人材の獲得競争が激化していくとの見通しを示したうえで、「(成果が)返ってくるのは10年後、20年後かもしれない。それでも将来、救世主が1人でも入社してくれたら(成功だ)」と強調した。

触って遊べる展示内容

ミュージアムの入り口で訪問客を待ちかまえるのは、高さ約4.5メートル、横幅約15メートルの巨大スクリーン。ここで放映する約7分間の導入ムービーは、訪問客が宇宙船の搭乗員となり、街中に潜む精密部品を巡る旅へ出るという設定だ。

パソコンや自動車といった最終製品の中に潜り込んでいき、その中で使われているセンサーや保護ICなどを探していく。海外の自社工場での製造の様子も紹介。プロジェクションマッピングを用いた映像や立体音響によって、テーマパークのアトラクションのような没入感を味わえる。


赤外線の発射装置で射的を楽しめる(記者撮影)

次に展開されるのが、触って遊べる体験コーナー。ものづくりの基本的な原理となる摩擦、電気、磁気、光について、簡単なゲームなどを通して性質を学ぶ。

例えば電磁波の分野では、ハンドガンを模した赤外線の発射装置を操作し、9個の目標に当てる射的を楽しめる。電気のコーナーでは、備え付けのハンドルを手で回して電力を発生させ、ファンを回したり、ランプに光を灯したりできる。

展示はさらに自社製品やそれを搭載した製品の紹介へ続く。ここでも貨幣選別機や選挙向け投票用紙の自動仕分け機の外装をスケルトンにして、中で動くベアリングの動きを見られるようにするなど、訪問客が受け身にならないように工夫。説明用のパネルには、戦隊ヒーローを模したオリジナルキャラクター「クロスレンジャー」が登場、製品に用いられる原理や技術を解説する仕掛けになっている。


説明用パネルに登場するオリジナルキャラクター「クロスレンジャー」。「クロス」には技術や人材を掛け合わせて新しい付加価値を作るといった意味合いが込められている(記者撮影)

貝沼氏は「かなり踏みこんだ内容のものを作った。われわれにはこれ以上はできない(というぐらいの完成度)」と自画自賛する。設立にかけた費用は非開示としている一方、「めちゃくちゃ高くもないが、安くもない」(貝沼氏)という。

「縁の下の力持ち」からの脱却

同社の担当者によると、施設の構想から完成までに約1年かけ、展示の内容や企画についての会議を30回以上も開催。その全てに貝沼氏が自ら出席し、陣頭指揮を執った。まさに肝煎りと言える事業で思い入れは強い。貝沼氏は9月27日、報道陣向けの内覧会と共に記者会見を開き、こう訴えた。


ミネベアミツミの貝沼由久・会長兼CEO。ミュージアム作りでも陣頭指揮を執った(記者撮影)

「わが国の出生数は80万人を切っている。これからも少子化は進んでいく。社会の将来を見据えたときに、ものづくりに携わる者として大変な危惧をしている。多くの企業が人手不足に陥り、技術者は高齢化。子どもの理系離れ、製造業離れは顕著だ。部品の大切さを知っていただきたい。そして、興味を持っていただきたい」

「(展示でこだわったのは)感動を与えること。子どもが来て、ワーッとなる。楽しかったね、という思い出と共に帰ってもらい、親御さんにも満足していただきたい」

ミュージアムのほかに、地下1階には試作部品の加工や分析を見学できる設備を作った。3Dプリンタや切削加工機械などが立ち並ぶ部屋がガラス張りとなっており、白衣姿のエンジニアが開発に取り組む姿を間近で観察できる。

ほかにも、ものづくりに関する書籍や技術書を貯蔵する資料館、プロジェクターやスクリーン付きの多目的ホールも整備し、学校の校外学習などで幅広く使えるようにした。


自動車のどこに自社製部品が使われているかをわかりやすく展示する(記者撮影)

今後、誘致活動を積極的に行い、年間で約1万5千人の来訪を目指す。同社の担当者は「ゆくゆくは修学旅行における東京の名所にしたい」と意気込む。子どもだけでなく、エンジニアの卵である就活生へのアピールにも活用していく方針という。

さまざまな産業や人々の暮らしを支えている一方、普段は目にする機会が少なく、一見すると「地味」と思われがちな部品業界。世間の注目も自動車や家電など、触れる機会が多い最終製品のメーカーにいきがちだ。

「もう縁の下の力持ちはやめよう。前に出ていかないと、余計に人が集まらなくなる。世界に日本の部品メーカーがどれだけ素晴らしい商品を供給しているか。その強さをアピールしていく」(貝沼氏)。新しいミュージアムは、同社の姿勢の変化を表しているともいえそうだ。

(見学予約は同社のウェブサイトから受け付けている)

(石川 陽一 : 東洋経済 記者)