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いま、多くの中小企業経営者が、いつどのように廃業しようかと悩んでいます。

「事業承継が最大の課題」とよく言われますが、行政が主催する事業承継の無料相談会では「大袈裟ではなく、廃業の相談が事業承継の相談の7倍ある」(事業承継協会の内藤博・代表理事)という状態です。

今回は、廃業というあまり光が当たることない、今日の日本企業の最大の課題について考えてみましょう。

廃業を希望する経営者が急増している

日本では、経営者の高齢化が進んでいます。東京商工リサーチ「全国社長の年齢」調査(2022年)によると、全国の社長の平均年齢は63.02歳で、60代以上の社長の構成比が調査開始以来初めて60%を超えました。

高齢の経営者にとって、事業承継が課題です。一般に中小企業経営者は、自分の子息・親族・従業員から後継者を探します。黒字体質で将来性のある企業なら、後継者が見つからなかったとしても、社外から経営者を招聘したり、M&Aで事業を売却することができます。

ところが、全国の法人企業の約65%が赤字です(国税庁の「法人数等の状況」より)。赤字体質で将来性がない企業では、後継者を見つけることも、売却先を見つけることもままなりません。そのため多くの経営者が、「自分の代限りで廃業しよう」と考えます。

加えて、コロナ対策で導入されたゼロゼロ融資(無利息・無担保の融資)について、今年夏から元本の返済が本格的に始まりました。多くの企業が返済資金を手当てするメドを立てられず、資金繰りに困窮しています。これが近年、とりわけ今年の夏以降、廃業を検討する経営者が急増している理由です。

さらに10月1日からのインボイス制度の導入で、廃業希望者が今後さらに増えることが確実だと言われます。

早期に廃業を決断することが大切

「廃業って、今やっている事業をやめるだけのことでしょ」と思う方もいるかもしれません。しかし、廃業には多くの難題が待ち受けています。とりわけ問題になるのが、借入金など負債の返済です。

会社が保有する資産が借入金を上回るという状態(資産>借入金)なら、資産を売却して借入金の返済に充当すれば円滑に廃業することができます。ところが、資産が借入金を下回る状態(資産<借入金)だと、廃業すると借入金だけが残ってしまいます。

多くの中小企業経営者が会社の借入金に個人保証をしているので、廃業すると借入金の返済が経営者に回ってきて、最終的に経営者は自己破産に追い込まれてしまいます。

つまり、「資産>借入金」という健全な状態のうちに早めに廃業を決断することが、極めて大切なのです。ただ、現実に多くの経営者は、ズルズルと決断を先延ばしにしてしまいます。

これは、経営者が「もう少し辛抱すれば業績が回復するだろう」と甘い見通しを持っていることもありますが、従業員や取引金融機関が事業継続を強く要望することも、大きな理由です。多くの経営者が、廃業に抵抗する圧力の大きさを指摘します。

「近く廃業したいと率直に従業員に打ち明けたところ、50代の従業員から『年金が出るようになる7年後まで、何とか廃業しないでほしい』と懇願されました」(愛知県・サービス業)

「メイン銀行に相談したら、支店長が出てきて『リスケ(返済予定の見直し)には応じる。利息さえ払ってくれれば不良債権の扱いにならないから、私が支店長をやっている間は、絶対に廃業しないように』と言い渡されました」(岡山県・製造業)

廃業を相談しても相手にしてもらえない

中川日出夫さん(65歳)は、父親の代から60年間続く文具卸の中川文喜堂(栃木県宇都宮市)を経営していましたが、昨年、裁判所に法的整理を申請しました。現在、会社と個人の両方で破産手続き中です。

数年前から中川さんは、業績不振を受けて廃業しようと考え始めました。当然、廃業は初めてのことなので、何からどう進めればいいのかわかりません。そこで、多くの関係者・専門家に相談しました。

まず、顧問税理士に相談しました。顧問税理士は、廃業を決めた後の税金のことは教えてくれましたが、廃業するべきかどうか、どう進めればよいのか、廃業後の生活はどうなるのか、といった点についてはアドバイスしてもらえませんでした。

メイン銀行に相談したところ、リスケを提案され、廃業しないように迫られました。そして、「いま廃業したら社長も自己破産だ。カードも使えなくなり悲惨な生活になるけど、それでもいいのか」と脅かされました。

ならば公的機関へと、国が設置する事業再生協議会やよろず支援拠点を訪ねました。事業再生協議会では、銀行出身の担当者が上から目線で事業再生に関する数字の話をするだけで、廃業についてのアドバイスはもらえませんでした。

よろず支援拠点の担当者は、さらに冷淡でした。「おたくよりもっと経営状態が悪い会社でも頑張っている。中川さんはまだ若いんだから頑張りなさい」という一言で厄介払いしました。

いま中川さんは、「もっと早く廃業を決断していれば利害関係者への被害も大幅に少なくて済んだ。しかし、どこに相談をすればいいのか分からなかった」と振り返ります。そして、「廃業について経営者が相談できる国・自治体の体制づくりが重要」と力説しています。

国は廃業支援に及び腰

国は近年、中小企業の事業再生や事業承継を補助金・融資などで強力に支援しています。経営者が「事業を続けます」と言えば、湯水のように補助金・融資が受けられます。ところが、「廃業します」と口にした途端、冷淡な対応になります(「後継者不在で借金だけ残る『中小経営者』の苦境」参照)。

これは、国は中小企業基本法で中小企業の「多様で活力ある成長発展」(第3条)を目指しており、もう店じまいしようという中小企業は、政策支援の対象ではないからです。

この問題を中小企業庁の関係者に提起したところ、「いえ、2014年から全国によろず支援拠点を設置し、地域の支援機関と連携して廃業を含むすべての相談に対応しています」という返事でした。

ただ現実には、よろず支援拠点など支援機関は、「廃業支援」を支援メニューとして打ち出していません。弁護士・税理士などの専門家が廃業を決めた後の手続きをアドバイスするだけで、廃業の意思決定から実行、さらに廃業後の人生設計までを総合的に支援する体制になっていません。

また、本稿は廃業の意思決定や進め方にフォーカスしましたが、資金面も課題です。借入金返済に加えて、従業員への退職金支給や工場・店舗など施設の廃棄工事に新たな資金が必要になります。廃業資金についても、税制・融資・補助金などの支援が必要かもしれません。

廃業というと、後ろ向きな印象があり、どうしても経営者も国も目を背けてしまいがちです。民間の経営コンサルタントも、商売になりにくい廃業支援とはできるだけ距離を置こうとします。

しかし、廃業は多くの高齢経営者にとって避けて通れない課題ですし、決断できず悶々と悩み続けるよりも、早期に決断し、新しい生活に踏み出す方が幸せになるでしょう。

人材・資金の流動化を

国家レベルでも、将来性がない企業に人材・資金が滞留し続けるよりも、廃業して将来性のある企業に人材・資金が移動する方が、大いにプラスになることでしょう。

そう考えると、廃業支援は、無視できない喫緊の国家的な課題と言えます。経営者が廃業としっかり向き合い、国・専門家が廃業を支援するようになることを期待しましょう。

(日沖 健 : 経営コンサルタント)