漫画『二月の勝者』の作者・高瀬志帆さんと教育ジャーナリスト・おおたとしまささんが中学受験について語ります(写真:Fast&Slow/PIXTA)

中学受験生の親がもつべき「正しい狂気」とは――? 中学受験を描いた、漫画『二月の勝者』の作者・高瀬志帆さんと『中学受験生を見守る最強メンタル!』を上梓したばかりの教育ジャーナリスト・おおたとしまささんが、『二月の勝者』最新刊の見どころを含め中学受験について語り合いました。

全落ち親子の心情変化を見てほしい

おおた:『二月の勝者-絶対合格の教室-』コミック第19集を読みました。

2月3日の正午から2月5日の17時すぎまで、つまり開成の合格発表から筑駒の合格発表までにあたりますね。島津くんは開成に受かっているのか、まるみちゃんの中学受験は2日であのまま本当に終了なのか……というところにドキドキしながらページをめくりました。

高瀬:やっぱり、読者さんとしてはそこがいちばん気になりますよね。

おおた:作者としては?

高瀬:今川さんと原くんが第19集の見どころだと思っています。

おおた:まだ1つも合格をもらえていない二人ですね。

高瀬:あの2組の親子を描くのに今回いちばん神経を使っています。要するに子どもの自立と親の受容がテーマです。説得力をもってそれを伝えるのは漫画表現としてとても苦労したところです。

おおた:今川さんと原くんのところは、親が求めている学校のランクみたいなものがある。子どもの実力は届いていないのに、その現実から親が目を背けてきた。でもとうとうどこにも合格をもらえていないという現実を受け入れざるを得なくなる。そこから親子がそれぞれにどう変容していくのか、ですね。


高瀬志帆(たかせ・しほ)/漫画家。『週刊ビッグコミックスピリッツ』で『二月の勝者−絶対合格の教室−』を連載中(画像:高瀬志帆さん提供)

高瀬:子ども本人もここにきてやっと自分の意思を言えた。それを親がようやく認めていくところが第19集でいちばん見てほしいところです。

おおた:2月4日、5日って、毎年私のところにも必ず何件か知人からの連絡が入るんです。「まだどこも合格をもらえていないんだけど、どうすればいいかな?」って。

その状態で、まだ入試を受けに行く……。ある意味での中学受験における極限状態が第19集では描かれていますよね。島津くんのふてぶてしさが戻ってきているところも個人的には嬉しかったですけど。

高瀬:ですです。気づいてもらえて嬉しいです。

第1志望不合格で泣いた女の子

おおた:それと、原くんのお母さんとの電話で、黒木が「人は……必ず……頑張って……努力しなければ、いけないのでしょうか……」ってぼそっと言いますよね。あれ、すごく気になったんですけど。

高瀬:そこを拾っていただけるのはすごく嬉しいです!

おおた:あれは伏線として、どこかで回収されるんですか?

高瀬:回収するつもりです。入試本番の熱いシーンがずっと続いて、やっぱり頑張ることが美しいよねという気分に読者さんもなってしまっていると思うんです。

でも、頑張ったから認めるみたいなものでもないよねというのも伝えたい。親がそう思ってしまうと、子どもを追いつめることになりかねないので、作者として責任をとらなきゃいけないと感じています。

おおた:それは大事なメッセージですね。

高瀬:おおたさんの新刊『中学受験生を見守る最強メンタル!』の冒頭にも、2月2日の夜に第1志望不合格がわかって、「ごめんなさい」と泣く女の子が出てきますよね。

おおた:それが象徴的ですよね。子どもは実は、自分が第1志望の学校に通うことよりも、親を喜ばせたい気持ちのほうが強い。きっと本人も気づいていないけど。だからそういう言葉が出ちゃうんですよね。

高瀬:さらに第2章以降では、子どもを思い通りにする方法があるんじゃないかってところから相談が始まっていますよね。

渦中にいるとこんなに狭い視野になるよね、というのをちょっと思い出して、ゾクッときました。そして、なぜこんなに視野が狭くなっちゃうのか、中学受験の親の心理状態がおおたさんのカウンセリングによってつまびらかにされていきます。


おおたとしまさ/教育ジャーナリスト。著作は80冊以上。近著に『中学受験生を見守る最強メンタル!』(光文社)がある(画像:おおたとしまささん提供)

おおた:「子どもがこんな状態なんですけど、どうしたらいいですか?」って相談に、答えを出さないで、問い返すという意地悪な本(笑)。

高瀬:でも、なぜこんなふうになってしまうのか、じゃあどうすればいいのかを、「内なる魔物をてなずける」という最終章で簡潔に提示してくれていますよね。その結論が、その通りだなと思いました。

「悪い狂気」と「正しい狂気」の違いは何か?

おおた:「なぜこんなふうになってしまうのか」というフレーズから思い出すのは、『二月の勝者』第9集で黒木が教育虐待を回想する場面で言う「なぜ一見、常識的で理知的な親ほどこんな状況に陥りやすいのか。なぜ、こんなにも『悪い意味』での『狂気』が湧き上がるのか」です。

第18集でようやく「正しい狂気」が明示されていましたね。それが今回の私の本のテーマとぴったり重なります。

高瀬:皿投げて割れちゃったり、鬼の形相で子どもに勉強させたりというのを「狂気」だとずっと思われてしまっていたところがちょっと……。漫画を知ってもらうために第1集で「父親の経済力と母親の狂気」というセリフを意図的にもってきたわけですが、真意を開示できるまでは私も正直つらかったですね。

おおた:私も最初は、「何言ってんだこいつ」って黒木のことを思いましたよ(笑)。でも漫画をちょっと読んでいくと、「いや、きっとこれには深い意味がある」とわかりました。

高瀬:すべての読者さんがそう読んでくれる訳ではありませんからね。狂気という言葉だけが独り歩きして、ドン引きさせたり、勘違いされたまま流布したり、あるいは教育虐待の被害者が傷ついたりということがあったらいけないなとずっと思っていました。

おおた:ここまで答え合わせを待ったのには理由があったんですか?

高瀬:正しい狂気って、本当に追いつめられたときに発揮されるものだと思うので、やっぱり説得力をもって表現できるシーンがやってくるタイミングを待つしかありませんでした。

おおた:作者として、ようやく少し心のつかえがとれましたか?

高瀬:そうですね。

親には「狂気」が宿る

おおた:では、改めて、「狂気」とは?


高瀬:武道にしろ芸術にしろ、必死に何かを習得しようと思ったら、狂気みたいなものが宿るじゃないですか。そういう意味で狂気という言葉を使いました。

中学受験生の親として、おおたさんの本の表現を借りるなら、内なる魔物を手なずけてまで子どもの成長を見守るって、狂気が宿ってないとできないことだと思うんです。

おおた:決して楽ではない中学受験の日々を通して、子どもをコントロールしたくなる誘惑に打ち勝ち、自分の中の内なる魔物を手なずける強さを習得するとき、親には狂気が宿るということですね。

高瀬:その通りです。

おおた:第18集で、2月2日の夜にまるみちゃんの母親が正しい狂気でまるみちゃんを守り、その結果、3日の朝にまるみちゃんが自分の力で殻を破る場面が第19集で描かれていました。「中学受験生の親の役割は究極のところこれなんだ!」と私もグッときました。


高瀬:じゃあ、どうやったら正しい狂気が身につくのかってことは漫画ではなかなか表現できないんですが、おおたさんの本にはそれがしっかりと書かれている。すごい本ですね。

おおた:私の本のオビには「さあ『折れない心』の親になろう」というキャッチがついていますが、「さあ『狂気』を身につけよう」にしようかなと思ったくらいです(笑)。

高瀬:それ、すごく怖いから、やめて正解です(笑)。

(高瀬 志帆 : 漫画家)
(おおたとしまさ : 育児・教育ジャーナリスト)