北海道ではヒグマに遭遇するリスクが高まっている(筆者撮影)

ヒグマ駆除を巡る騒動が拡大している。66頭の牛を襲った「忍者ヒグマOSO18」を駆除したことへの非難や抗議に対し、北海道庁が9月下旬、ホームページと公式Xに「ヒグマ有害捕獲へのご理解のお願い」という異例の呼びかけを行った。

そのXの閲覧回数は2100万件、「いいね」が7万件超ついた。そんな折、10月3日に、今度は根室市内のエゾシカ養鹿場で、エゾシカがヒグマに襲われた。とどまるところを知らないヒグマ被害にどう対処していくべきなのか。北海道の実態を追う。

約60年で死者58人、負傷者113人

まずは北海道におけるヒグマ被害の状況を検証してみよう。道庁の資料(1962年以降のデータ)によると、人身事故は151件発生し、死者58人、負傷者113人となっている。今年度は3件発生し、5月14日には釣り人が襲われて亡くなっている。この一件は大きく報じられたのでご記憶の方も多いだろうが、改めて概要を記しておく。

事故のあった場所は幌加内町朱鞠内湖ナマコ沢西岸奥部。被害にあった54歳の男性は渡し舟から現場近くで下船し、釣りを始めた。爆竹は持っていたが使用した形跡がないことから、反撃する間もなく襲われたようだ。道庁の資料にはこう記載されている。

加害個体はオス、満3歳。何らかの原因により釣りをしていた被害者に近寄り、襲撃し、最終的に食害に至ったと考えられる。被害者を攻撃後、翌15日の捕獲まで事故発生現場に留まる。

最近は住宅街でも人身事故が起きている。2021年6月18日の早朝、札幌丘珠空港近くの札幌市東区の住宅街に1頭のヒグマ(4歳のオス)が出没し、ゴミ出し後に自宅に戻る途中の75歳の男性、80歳の女性と相次いで遭遇。2人はいずれも転倒後にクマに踏みつけられ、軽傷を負った。

クマはその後北上し、通勤途中の40代男性を背後から襲う。一撃で男性を倒したクマは男性に何度もかみついた後、走り去っていった。男性は肋骨6本を折ったほか、全身を140針縫う重傷を負った。クマはその後、自衛隊丘珠駐屯地に現れ、正門前で警備していた40代の男性自衛官の脇腹に軽傷を負わせて逃走した(その後、猟友会により駆除)。東区で人がクマに襲われたのは143年ぶりのことだったという。

札幌市内でも襲われる可能性

札幌市内での目撃情報は急増している。同市のサイトによると、10月9日までに178件の目撃情報などが報告されている。子連れのクマの目撃情報も多く、いつ襲われても不思議ではない。道全体では9月時点で3000件を超え、過去最多となったという。

観光客やアウトドア派にもヒグマ対策は欠かせない。10月に道東を訪れた筆者は、取材の合間に釣りをしようと川沿いに国道を車で走っていた。牧場が連なる酪農地帯。牛たちが草を食んでいる光景は心がなごむ。

しかし、目に入ってくるのはそんなのどかな光景だけではなかった。至る所にクマ出没注意の立て看板があり、目に飛び込んでくる。クマが頻繁に出没するエリアなのだ。川はクマの移動ルートのひとつだという。クマよけの鈴は身に着けていたが、いつ遭遇するかわからないので見通しのいい河原を選ぶしかなかった。後でヒグマ目撃情報マップ(下画像)を確認してゾッとした。単独行動は厳禁だ。


白糠町のHPに掲載されている「ヒグマ出没位置図」

釧路湿原を見渡せる展望台の周囲にある散策路にも「ヒグマ出没注意」の立て看板。草木が生い茂り、いかにも潜んでいそうな場所だ。近くには目撃情報の日時、場所を記した表示板もあった。別の場所にあるビジターセンターの売店で「このあたりもヒグマ出ますよね」と確認すると「私は会ったことはないけど、出ないとは言えません」と正直な反応が。

知床をはじめ観光地の周辺の道路を歩き回るクマの姿も確認されている。いつ何時遭遇してもおかしくない。山歩きや釣りといったアウトドアはもちろんのこと、観光を楽しむ際にも常にヒグマへの警戒を怠ってはいけないということだ。


北海道で家畜の牛を襲い、駆除されたヒグマ「OSO18」[標茶町提供](写真:時事)

北海道内のヒグマ頭数は30年で倍増

最近は札幌のような大都会でも頻繁に目撃されるようになったヒグマ。道内にはいったいどれぐらいの個体が生息しているのだろうか。道の「北海道ヒグマ管理計画(第2期=2022年4月1日から2027年3月31日)」によると、全道の推定生息数は1990年度が5200頭(中央値、以下同じ)、2014年度が1万0500頭、そして2020年度は1万1700頭となっている。30年間で倍増したとみられ、引き続き個体数は増加傾向にあるという。

ヒグマが急増した背景として指摘されるのが春グマ駆除の廃止だ。北海道では1962年の十勝岳噴火による降灰の影響などで、ヒグマによる人や家畜、農作物に対する被害が激増した。そのため1966年から個体数を抑えるために、冬眠があけたクマを狙う「春グマ駆除」を開始した。

春は残雪期で足跡をたどれるうえ、藪が茂る前で見通しも良く、最も捕獲しやすい時期だ。春グマ駆除を続けた結果、ヒグマによる被害が大幅に減った。

しかし、状況は一変する。個体数が激減して絶滅寸前にまでいった地域が出てきたことに加え、世界的な自然保護意識の高まりもあり、当時の横路孝弘知事が保護政策に乗り出し、1990年3月に「春グマ駆除」は廃止となったのだ。

それ以降、個体数が増加に転じてきたのだが、一方で都市部や周辺では住宅開発が進み、ヒグマの生息域のすぐ近くに住宅街が形成されるようになったという歴史的な経緯がある。

エゾシカの増加がヒグマの頭数にも影響?

さらに、見逃せないのがエゾシカの激増である。2000年には約32万頭だった道内のエゾシカは2022年には72万頭へと2倍以上に増えている。このエゾシカ激増により、山間部においてヒグマの餌にもなる植物を食べてしまうことで、里に下りて農地に出没するヒグマが増えたという説があるほか、エゾシカがクマの餌となっているケースが報告されているという。

1995年に発表されたある論文(※1)によると、1990年代に行われた67例のヒグマの胃の内容物分析の結果、日高・夕張地域や道東・宗谷地域の6例からエゾシカの体毛や肉片などが出現した。またエゾシカの成獣を捕食するヒグマの目撃情報も記載されている。

こうしたことから前出の論文では、

近年のエゾシカの増加に伴ってシカを利用する頻度が増加していると思われ、ヒグマによるエゾシカの捕食が今後増加する可能性がある。

と指摘している。

さらに、アラスカキーナイ半島のアメリカクロクマの生態研究についても触れ、

「ヘラジカの新生子を高頻度で捕食する個体群(※アメリカクロクマ)では、そうでない個体群と比べて幼獣の成長が早く、生存率が高いことも知られている」(Schwartz & Franzmann、1991)

という興味深い論文内容を紹介している。

実際、最近のヒグマのシカ捕食に関する研究報告(※2)では、知床半島の2地点(知床岬/ルシャ地区)でヒグマのフンの調査を行った結果、それぞれ3.7%、11.0%の割合でシカが含まれていた。この結果から、ルシャ地区に生息するヒグマは知床岬のヒグマに比べ

高頻度でシカ新生子を捕食している可能性が示唆された。

と述べている。

これらの研究結果を併せ考えると、すべてではないが一部のヒグマは増殖したエゾシカをエサとしていて、その子どもの生存率が高く、ヒグマの個体数増加に結び付いたのではないか。そんな仮説が成り立つかもしれないのである。

では、ヒグマによる被害を抑えるためにどんな対策が必要となってくるのか。注目点は、北海道がこの春から市街地近くでのヒグマ出没を抑えることを目的として、「春期管理捕獲」を開始したことだ。

市街地から概ね3〜5キロメートル以内のエリアに限り捕獲数の上限も定めた。今シーズンは27市町村から申請があり、全部で20頭を駆除した。もっとも多かったのは近年、目撃情報が多く住民を不安に陥れていた道南の村で9頭だった。同村はハンターの育成に力を入れているという。

この「春期管理捕獲」は先の「北海道ヒグマ管理計画(第2期)」に基づく対策である。同計画では今後の個体数管理について「数の調整に関する事項」の中で、「問題個体を特定して排除することで、総個体数を維持しつつ(人との)あつれきの抑制を排除できることから、現時点においては問題個体の排除に向けた管理を進めていく」としている。

より踏み込んだ対策も

ただし、最近の市街地などへのヒグマ出没件数の増加などの状況変化を踏まえ、第2期計画では一段と踏み込んだ表現も見られる。

最新の生息状況等の科学的データを精査し、専門家の意見等を十分に踏まえつつ、個体数調整の可能性やあり方などについての検討を早期に開始する。

と、個体数調整の可能性に言及しているのだ。

一連の管理計画について道庁の担当者に計画の真意を聞いた。

「問題個体を特定して排除することで人とのあつれきを抑制することができます。ただし、最近は市街地に出没するなど状況が変化してきていますので、個体数調整の可能性については改めて検討し、基準などを決めていこうということです」(ヒグマ対策室)

一方的な「駆除ありき」「個体数調整」ということではないということだ。まずは問題個体を発生させないための取り組み、そして出没個体の有害性に応じた対応を行い、そのうえで地域個体群存続のための方策としてモニタリングや総捕獲数管理、生息環境管理などを総合的に実施していくとしている。

OSO18の悪夢再び?

ヒグマによる人的被害や農作物被害がさらに増え続け、深刻化する前に、厳格なルールの下に個体数調整という対策の検討に踏み込むことはやむをえないのではないか。もちろん、行き過ぎた開発行為や自然破壊、人口減少による里山の荒廃といった社会的事象や現象が、ヒグマの市街地への出没を加速させている面も否定できない。それだけに、ゾーニング対策を徹底するなど人とヒグマが共生できる環境づくりに力を注ぐべきことは言うまでもない。

ヒグマ駆除にあたるハンターへの抗議、苦情が殺到したことについて、北海道猟友会の関係者は「これだけクマの被害があるようなところに来て、生活して、実態を見てくれと言いたい」と反論したと報じられている。

その直後、北海道根室市の「養鹿場」でエゾシカがヒグマに襲われる被害が発生。地元メディアは「OSO18の悪夢再び」と報じた。これが北海道の現実なのである。ヒグマと共生せざるをえない道民の声を尊重しながら、解決の道を探っていくしかないのではないか。

(※1)「捕食者としてのヒグマ」間野勉 https://www.jstage.jst.go.jp/article/mammalianscience/35/1/35_1_57/_pdf

(※2)「増えすぎたシカはヒグマにとって恵みか災いか? ヒグマとシカの種間関係に関する研究」下鶴倫人 https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-19K06833/19K068332021hokoku/              

(山田 稔 : ジャーナリスト)