正式名称を「芳賀・宇都宮LRT」という「ライトライン」(筆者撮影)

栃木県で2023年8月26日に開業した宇都宮LRT「ライトライン」に今、各方面から注目が集まっている。

背景には、日本全体で地域公共交通の維持管理・運用が“大きな曲がり角”に差しかかっていることが挙げられる。そのうえで、「人×自治体×事業者」の連携による、「新しい暮らし方」が模索されているところだ。

そうした日本の社会現実を、宇都宮市で開催された公共交通関連イベントに参加し、またライトラインに乗車しながら実感した――。

東側は「新生・宇都宮」といえる様相に

2023年9月22日(金)午前11時、東京から東北新幹線に1時間弱乗って、JR宇都宮駅に到着した。

筆者は、これまで何度も宇都宮を訪れている。宇都宮市と隣接する芳賀(はが)町にはホンダの研究開発拠点があるほか、宇都宮市周辺には自動車産業に関わる企業の施設などがあり、取材や意見交換を目的として訪問しているからだ。

そんな宇都宮の街並みが近年、大きく変わってきた。


JR宇都宮駅の東口側に停車するライトライン(筆者撮影)

宇都宮市の地図を広げてみると、宇都宮市役所や栃木県庁がJR宇都宮駅の西側の少し離れたエリアにあり、近くには東武宇都宮駅を中心とした繁華街がある。

周辺には、「餃子のまち・宇都宮」を代表する人気店や、最近では「カクテルの街」や「ジャズの街」としてナイトライフを楽しめるお店が増えてきている。

一方、JR宇都宮駅東側にはバスターミナルやホテルなどがあったが、かつては人通りが少ない印象だった。それが今は「新生・宇都宮」というべき都市空間が広がっており、その中に話題のLRTの停留場がある。

国土交通省によれば、LRTとは「ライト・レール・トランジットの略で、低床式車両(LRV)の活用や軌道・電停の改良による乗降の容易性、定時性、速達性、快適性などの面で優れた特徴を有する軌道系交通システム」のことを表す。一般的な見方では、「新しいタイプの路面電車」といったところだ。

駅東側は、まず2022年8月にホテル、スーパーマーケット、各種店舗などが入る商業施設「ウツノミヤテラス」が、また同年11月には大型会議施設の「ライトキューブ宇都宮」がオープンした。

ライトラインは当初、2022年3月の開業予定だったものが、工事の遅れなどにともない2023年3月、さらに同年8月26日へ再延期されており、ライトライン開業に先立ち駅東側の各種施設が開業する形となったのである。

実際に、ライトラインに乗ってみた。


JR宇都宮駅東側のエリアを通過中のライトライン車内より(筆者撮影)

1編成が輸送できる人数は、約160人。取材初日は平日の日中で、ライトラインにはビジネスマン、主婦、高齢者などが乗降していたが、車内はさほど混んでいなかった。

その翌日は秋分の日の土曜日で、午後12時前後に乗車すると、家族づれや鉄道ファンなどが数多く乗車しており、さながら観光列車という雰囲気だった。北関東から東北にかけては、LRTや路面電車が運行していないため、ライトラインには物珍しさがあるのだろう。

宇都宮市によると、2023年9月5日時点のライトラインの利用者数は、平日が1日およそ約1万2400人、休日で約1万6800人である。

路線は、JR宇都宮駅東口からホンダの事業所などがある芳賀・高根沢工業団地までの全長およそ14.6km。停留場は19カ所あり、乗車時間は最大で約44分だ。


ライトラインの路線図。一定間隔となっている時刻表にも注目したい(筆者撮影)

運行時間は、午前6時台から午後11時台まで。オフピークの時間帯は約10分間隔、朝晩のピーク時は約6分間隔で運行している。

運賃は150円〜400円だが、宇都宮の地域連携ICカード「totra(トトラ)」を使い、沿線に5カ所あるトランジットセンターでバスやエリア限定乗り合いタクシーを組み合わせると、乗継割引が受けられるという。

ただし、定期券利用者は割引の対象外であるほか、バス運賃が400円を超える場合、割引対象となる時間帯に制限がある。

モビリティ・マネジメントという考え方

2日間の宇都宮滞在の中では、ライトキューブ宇都宮で開催された「第18回 日本モビリティ・マネジメント会議(JCOMM)」に参加した。

モビリティ・マネジメントを国土交通省の解説を借りて紹介すると、「1人1人のモビリティ(移動)が、社会的にも個人的にも望ましい方向(過度な自動車利用から公共交通等を適切に利用する等)に変化することを促す、コミュニケーションを中心とした交通政策」である。

今回の会議には、全国各地から地方自治体、学識関係者、交通事業者などが集まり、日本の各地域の公共交通のあるべき姿について議論が行われた。

会議のオープニングセッションの特別講演には、宇都宮市の佐藤栄一市長が登壇し、約45分間にわたり、「HELLO, NEW CITY. 〜新しいまちの暮らし スーパースマートシティ うつのみや 始動〜」という題目で講演した。


JCOMMのオープニングセッションで挨拶する、宇都宮市の佐藤栄一市長(筆者撮影)

この講演では、まず世界、日本、そして宇都宮市の人口現状と今後の課題、それにともなう宇都宮市での少子化対策や、定住人口の増加を図る施策などを紹介。

街づくりの基本政策として、佐藤市長が「私の造語」だと言う「NCC(ネットワーク型コンパクトシティ)」を説明した。NCCは「地域共生社会、地域経済循環社会、そして脱炭素社会の3要素を『人』と『デジタル技術』を原動力に発展を続ける街づくり」と定義される。

宇都宮市の「足掛け20年」

NCCという表現は、佐藤市長の就任2期目となった2008年に、第5次宇都宮総合計画における「目指すべき都市の姿」として位置付けたものだ。その中にLRTも含まれるのだが、「LRT事業のあゆみ」のスタート地点は1992年の第2回宇都宮都市圏パーソントリップ調査にまでさかのぼるという。

翌1993年には、宇都宮市街地開発組合(県と市)において、交通渋滞の解消と交通アクセス強化のため、新しい軌道交通システムの導入が検討された。

そこから数えると、2023年のライトライン開業まで足掛け30年を要したことになる。

とはいえ、実際に具体的な計画が進んだのは、佐藤市長就任1期目の2004年。宇都宮市が主体となり、まちづくりと交通、LRTに関するオープンハウスや懇親会等の開催からであり、開業まで「足掛け20年」という認識を佐藤市長は示した。


鉄道・バス・タクシー・ライトラインで公共交通のリ・デザインを図った(筆者撮影)

こうしたLRT開業に向けた20年間、宇都宮議会や市民の間でLRT建設については「賛否両論があった」と、佐藤市長がこれまでの流れを振り返る。

宇都宮LRTについてはさまざまな意見を持つ人がいるが、筆者はこれまでそうした多方面の人々と膝を突き合せた議論をともなう、定常的な取材はしていない。そのため、本稿では過去の各種報道を引き合いに出した形での記事化は、行わないことが妥当であるものと考える。

今回の講演で宇都宮市が示した資料に基づく実績を示すにとどめ、論点を「街づくりの方法論」に置くこととする。

市が示した事業予算と実績は次の通りだ。

JR宇都宮駅東側のLRT整備費は、総額約684億円。このうち約半分の約342億円が国の支援、栃木県の支援(建設時)が約20億円。残りのうち、宇都宮市と芳賀町の予算がそれぞれの区間分に応じて約282億円と約41億円を負担している。

宇都宮市の約282億円は20年のローンで返済するため、年間の負担は最大約13億円となる。市債償還金額である18億円から、県の支援金(償還時)約2億円と、交付税措置額(市債充当率90%、償還期間20年想定)の約3億円を差し引き、約13億円という計算だ。

この約13億円は、宇都宮市の予算規模約2000億円の0.7%であり、佐藤市長はほかの支出と比較して妥当性を強調した。

なお、2021年には概算事業費を約458億円から約684億円へと見直している。これは、「実際に事業用地を買収後に事業費を整備した結果」と、宇都宮市では説明している。


沿線の大型商業施設「ベルモール」はライトライン停留場からアクセスしやすい立地にある(筆者撮影)

LRT建設が決まったことで、市にはどんな変化があったのだろうか。 

まず、JR宇都宮駅東側整備区間の人口は、平成24年から令和3年にかけて約4100人増加した。市全体では、平成29年をピークに人口減少が続いている中での、増加である。

また、マンションや商業ビルなど、高層建築物の建設確認申請件数も、ライトライン沿線のJR宇都宮駅東側で増加しているというグラフが示されている。

こうした地域への投資効果によって、JR宇都宮駅東側の地価は、平成24年と比べて令和4年は商業地で約2%、住宅地が約5%上昇した。宇都宮市全体では、それぞれ約8%・約10%下落しており、LRTの効果がはっきりと現れていると宇都宮市は見ている。

コンパクトシティで目指す街のあり方

ここからは前述のNCCについて深掘りしていく。コンパクトシティという街づくりの概念は、日本でも近年、さまざまな地域で導入を検討、あるいは実際に導入するケースが出てきている。


宇都宮市は「新しいまちのくらし、スーパースマートシティ」を掲げる(筆者撮影)

日本は高度経済成長期を経て各都市で街が郊外に拡大したが、2010年代半ば以降になると、少子高齢化や就業人口の減少に伴い、住民からは「街をコンパクトに変えるほうが、住みやすくなるのではないか」、行政からは「予算の支出を抑えた有効的な街づくりが可能になるのではないか」という発想が出てきた。

コンパクトシティでは、人の生活に関わる就業、医療、教育、買い物、行政などの施設を居住エリアの中に組み込む、といった考え方を基本としている。

宇都宮市がいうNCCでは、JR宇都宮駅や東武宇都宮駅がある都市拠点と、郊外部の地域拠点、さらに奥地の集落、大谷石の里などの観光拠点、そして芳賀町と隣接する産業拠点を、「ライトライン+定時定路型バスの再編+地域内交通」という、ライトラインを基軸とした階層性のある公共交通ネットワークの構築を目指す。

「目指す」としているが、正確にいえばNCCはすでに社会実装のステージにあるといえるだろう。

ライトラインを軸とした移動の形

ライトライン開業にともないトランジットセンターでは、定時定路型バスの路線を新設した。

例えば、平日の場合、506本から654本に増加。さらに、タクシーやミニバンを使う地域内交通では、定時定路型でトランジットセンターを停留場に加えたほか、利用者の要望によって自宅まで送迎するオンデマンド交通は、付近のライトライン停留場を目的地に追加している。

また、乗用車からライトラインなどへの乗り換えや出迎え用に、ライトライン沿線で駐車場約150台分と駐輪場約500台分を新設した。

そのほか、小型モビリティサービス関連ベンチャーのLUUPなどと連携して、電動アシスト自転車や電動キックボードのポートを40カ所程度に設置するという。


平石停留場のトランジットセンター(筆者撮影)

料金体系も、大きく見直された。

先に一部を紹介したが、改めて全体像を示すと、totraを使えば、定時定路型バスは「どこまで乗っても1乗車(片道)400円」に。市の北部からだと、850円だったものが半分の負担で済むようになった。

さらに、各種交通機関の乗り継ぎで料金を割引く。具体的には、「定時定路型バスとライトライン」で100円割引、「定時定路型バスと地域内交通」または「ライトラインと地域内交通」でそれぞれ200円割引となる。

目指していた「さまざまな組み合わせで、どこから乗っても街中(都心部)まで片道500円以内」(定期利用以外、バス上限制度適用時間等条件あり)を実現したのだ。

加えてライトラインには、「ゼロカーボントランスポート」という観点もある。

必要とする電気は、地元のごみ処理施設「クリーンパーク茂原」でのバイオマス発電や、家庭用太陽光発電などから宇都宮ライトパワーが調達し、ライトライン運行用に供給する。同社は、再生可能エネルギーの地産地消を推進する、官民共同出資の地域新電力会社だ。

各種の取り組みを包括して見ると、ライトラインは単なる新交通システムではなく、次世代の街づくりに向けた「街の背骨」、または「街の血管」として位置付けられていることがわかる。

近年、全国各地でいわゆるMaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)の実証実験が数多く行われてきたが、その多くは「実証のための実証」にとどまり、社会実装されないケースが目立つ。


宇都宮はライトラインを次世代の街づくりの主軸として主導する(筆者撮影)

そうした中で、宇都宮のNCCは「MaaS構想が実現したステージ」として見れば成功事例といえるのではないだろうか。

国土交通省では2023年6月30日、地域公共交通を抜本的に見直す「リ・デザイン」に関して、「交通政策審議会 交通体系分科会 地域公共交通部会」の最終とりまとめを公表した。

これを受けて、同省では同年9月6日に「デジタル田園都市国家構想実現会議」のもとで、第1回「地域の公共交通リ・デザイン実現会議」を開催。配布資料の中に、宇都宮市の事例も紹介されている。

もう1つの狙い「渋滞緩和」はどうなる?

宇都宮LRT構想には、1990年代から課題となっていた渋滞を緩和させる狙いもある。

中でも、ホンダ関連企業などに通う人たちの通勤渋滞への影響が考えられてきた。ホンダはこれまで、通勤専用バスを仕立てるなどしてきたが、今回のライトライン開業によって新しい方針を打ち出した。

本田技研工業の広報担当部署に事実確認をしたところ、ライトライン開業によりJR宇都宮駅から各事業所に、公共交通機関で通勤が可能となった。そのため、これまでのJR宇都宮駅〜事業所間を走らせていた通勤専用バスを廃止したという。

通勤時間帯の渋滞解消による地域への貢献に加え、移動をライトラインに切り替えることでの脱炭素推進も専用バス廃止の理由だと説明する。


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従来の通勤専用バスの利用者数は、1日約1200人。大多数が新幹線通勤者であったことから、「そのほぼ全員がライトライン通勤にシフトするもの」と、ホンダでは見ている。

また、通勤手当は自家用車とライトラインを含む公共交通機関利用の場合にも支給しており、公共交通機関の利用を推奨する形となっている。

宇都宮市は今後、ライトライン導入後の渋滞緩和の実績も公開するだろう。地域公共交通のリ・デザインの最先端を走る宇都宮市。そこから、日本の未来を見出いすさまざまなヒントが生まれることを大いに期待したい。

(桃田 健史 : ジャーナリスト)