中国では近年、さらなる健康意識の高まりにより、ビジネスの可能性も広がっています(写真:Maridav/PIXTA)

古くから健康意識の高い中国ですが、近年とくにその傾向が高まり、ビジネスにもその可能性が広がっています。

『2030年中国ビジネスの未来地図』を上梓した、研究者趙瑋琳氏が、中国人の「養生(健康)消費」について解説する。

消費者需要の高度化・多様化・細分化

近年、中国では、より良いモノによって生活の質を高める人が増えていますし、多様性や他人との違いを意識し、自分らしさが表現できる商品を買い求める傾向が強くなっています。アイデンティティーやライフスタイル、趣味趣向によって消費のニーズが細分化しています。


ニーズの細分化が進むにつれて、それぞれが新たな消費トレンドとなり、影響力が拡大しています。本稿ではその1つである「養生(健康)消費」を紹介したいです。

日本語としての「養生」は、人が対象となる場合、健康に注意して元気でいられるように努めること、病気の回復に努めることと解釈されています。

一方中国では、食事や運動をはじめ、未病(病気ではないが、健康でもない状態)の改善や寿命延長のための健康増進にかかわる一連の活動を養生と呼びます。それに関する考えや知恵は養生思想となり、その歴史が長いのです。中高年を中心に普段から養生を心がけている人が多く、薬膳料理や漢方などは養生法として古くから親しまれています。

それが近年、養生に対する関心は性別・年齢問わず高まっています。

その背景には生活レベルの改善に伴う健康意識の向上がありますが、さらに新型コロナウイルスの感染拡大以降、養生に気を配り、免疫力アップを図ろうと、食生活の改善や運動、サプリメントの摂取などを実践する人が増えているのです。

「健康中国2030計画」とは

ひとくちに養生と言っても多岐にわたりますが、ここではスポーツ関連の動向を中心に取り上げたいと思います。

もともと中国政府は国民の健康促進のため、2016年10月に「健康中国2030計画綱要」を打ち出していました。健康生活の普及や医療サービスの完備、健康関連産業の育成などを推し進め、2030年までに国民の平均寿命を79歳にまで延ばすという目標を掲げています。

そこでオリンピック熱の高まりを活かそうとした中国は、2020年東京夏季オリンピック開催中の2021年8月上旬に「全民健身計画(2021─2025年)」を公布しました。同計画は「健康中国2030計画綱要」の実施版として、国民の健康水準を引き上げ、フィットネスに対する意欲を高めることを目的としています。

具体的には、関連施設の充実をはじめとする一連の取り組みを進め、普段からフィットネスやスポーツをする人口を現在の37.2%から、38.5%以上にまで増やそうとしています。同時に、2025年にスポーツ関連産業規模を5兆元に拡大する目標も明らかになりました。

また、中国政府は2020年から新型コロナウイルス対策の一環として打ち出した「インターネット+スポーツ」を継続的に推し進めると見られます。デジタル技術やアプリを活用した気軽なフィットネスを普及させようとしているのです。こういった政策の後押しもあり、スポーツアプリが成長を遂げています。

2015年にリリースされ、1億人以上のユーザーを抱える運動アプリ「Keep」はその好例です。フィットネス計画の作成や運動データの記録、オンラインレッスンの提供、コミュニティー機能など充実したコンテンツが人気を集めています。同社は今年7月に香港上場を果たし、スポーツテックの代表格となっています。

大ブームの「自転車」

また、ここ数年、普段のお出かけから、旅行、スポーツ競技まで自転車が登場する場面が急増しています。中国は以前から自転車大国と呼ばれ、1980年代の中国人と言えば、人民服を着て自転車に乗っているイメージでした。

その後、自動車の普及に伴って、自転車離れが起きましたが、シェア自転車のブームで多くの人がまた自転車に乗るようになっています。そして今、徒歩の代替手段だった自転車は、養生や健康を促進する手段として人気を博し、自転車専用道路の整備も進んでいます。

始めやすく、愛好者が集まりやすいのが自転車の魅力的なところです。実際、SNSではかっこいい自転車に乗っている人々の写真が数多くアップされているのです。

今は昔と違って、自転車を「健康とライフスタイル」の一部と考える人が多いため、よりハイエンドなブランドの製品が人気です。浙商証券研究所のレポートによると、世界の自転車市場規模は2020年の437億ドルから2027年には1405億ドルに達し、中国市場も拡大していくと予想されています。

京東は2022年9月に14歳から30歳までの人を調査対象とする「中国若者運動発展白書」を公開し、若い人たちのスポーツ消費の特徴を分析しています。スポーツのための消費支出が年々増加し、1人当たりの年平均消費金額は7238元に達しています。1万元以上の金額を出した人の割合も上昇しており、全体の18.1%になりました。

若い人にとっては、スポーツ器具、スポーツウエア、健康食品は「三種の神器」となっていますが、同調査によると、中国ブランドの製品を選ぶ人が73%にものぼり、中国製を好む傾向が強くなっていることがわかります。有望な市場ではありながら、外資系のスポーツブランドは苦戦を強いられる分野ともなっています。とはいえ、中間層やエリート/富裕層を中心に人気を獲得している外資系のスポーツアパレルブランドが好調です。例えば、コロナ禍以降、カナダの大手ルルレモンは中国で年平均50%超の伸び率を実現しており、日本のデサントも中国での収益が大きく拡大しています。両社の伸長は中国人消費者の嗜好およびライフスタイルの変化を軸に商品力とブランド力を強化した結果だと考えられます。変化がとてもはやい中国ですが、消費トレンドを正しく素早く捉え、消費者のニーズと特性をもとにしたブランド戦略の重要性を改めて認識したほうがいいでしょう。

(趙 瑋琳 : 伊藤忠総研 産業調査センター 主任研究員)