中国ではおなじみの名酒、茅台がコーヒーとタッグを組んだ(写真:筆者提供)

1972年の日中国交正常化の宴席にも使われた中国の高級白酒(バイジュウ)「貴州茅台(マオタイ)酒」と中国のコーヒーチェーンによるコラボ商品「醤香(ジャンシャン)ラテ」が記録的なヒットを打ち立てた。

9月4日の発売初日に542万杯、1億元(約20億円)を売り上げ、翌日から1カ月間品切れが続いた後、10月に入ってようやく販売が再開された。日本と同様に中国でも若者のアルコールとの向き合い方が変わり、アルコール度数が高い白酒メーカーは逆風に直面している。高級酒ブランドが仕掛けた異業種コラボはZ世代を惹きつける突破口になるのだろうか。

1カ月にわたって品切れが続いた

中国最大のコーヒーチェーンluckin coffee(瑞幸珈琲)は9月4日、茅台で風味付けした「フレーバーミルク」を使った「醤香ラテ」を全国で発売した。定価は38元(約760円)だが、クーポンを使えば19元(約380円)以下で購入できる。

茅台は中国で最も有名な白酒(穀物を原料とした蒸留酒)ブランドで、流通量が少ないため、主力商品は1瓶(500ミリリットル)約3000元(約6万円)で取引されている。醤香ラテが発売されると、庶民には手が届かない高級酒を体験できるとあって客が殺到し、ほとんどの店で同日午後に売り切れた。

その後は全国で1カ月にわたって品切れが続き、筆者が9月下旬に上海を訪れた際も入手できなかった。

luckinが「全国で販売が再開された」と発表したのは10月6日だ。その日の午前に店舗で醤香ラテを購入した中国の大学生(20)は「結構甘くてお酒の風味もある。コーヒーって感じではない。話題だから買ってみたけど、コーヒーがそれほど好きではないので、また頼むかはわからない」と語った。


醤香ラテは1カ月にわたって品切れが続いた(写真:筆者提供)

中国のSNSでは商品について否定的な意見も少なくないが、茅台を飲んだことがなく、コーヒーが好きではないZ世代の若者に商品を買わせている時点で、マーケティング的に大成功だと言える。茅台も「今回多くの若者が、人生で初めて茅台を体験してくれた」と手ごたえを感じている。

習近平の倹約令で戦略見直し

茅台がコラボしたluckin coffeeは2017年に創業し、店舗数でスターバックスを抜いて今年6月に1万店舗出店を達成した業界最大手だ。luckinはこれまでも日本の漫画作品「ジョジョの奇妙な冒険」や、アメリカのファッションブランド「ヴィクトリアズ・シークレット」などとコラボしてきたが、中国高級ブランドの代表格であり、保守的なイメージが強い茅台との組み合わせは世間を驚かせ、SNSが大沸騰した。


luckin coffeeの上海の店舗(写真:筆者提供)

異色のコラボの背景には、Z世代の白酒離れに対する茅台の強い危機感がある。

日本では中国の酒といえば紹興酒を思い浮かべる人が多いだろうが、中国では白酒のほうが広く飲まれ、ウイスキー、ブランデーと並んで、世界三大蒸留酒とも呼ばれている(白酒が知名度の低さを補うために宣伝している側面もあるが……)。

1972年の日中国交正常化式典の宴席で、田中角栄総理と周恩来総理(いずれも当時)が茅台酒で乾杯したことから、日本でも認知されるようになった。訪中した際に茅台でもてなされたことのある日本人も多いだろう。

高級官僚や経営幹部、要人向けの「宴席御用達」「贈答品」というイメージが定着している茅台は、2010年代以降、何度か逆風を経験した。

習近平氏が2013年に国家主席に就任し浪費を取り締まる「倹約令」を発動したときには、高級アルコール市場の需要が急減し、茅台の売上高も低迷した。2020年以降のコロナ禍で会食が制限された時期も、白酒市場は大打撃を受けた。

だが茅台は出荷量を絞ることで「入手困難な高級酒」のブランドを維持し、エルメスやロレックスのように転売市場において高値で売れる投資商品のポジションを確立した。同年には時価総額がトヨタ自動車、コカ・コーラを超え、海外でも注目された

業績、株価は好調を維持している。だが、2021年夏にトップに就任した丁雄軍会長は、習主席の倹約令を機に、企業幹部や高級官僚の消費に頼っていては先がないと考え始めたようだ。


度重なる逆風を経験した茅台(写真:貴州茅台酒公式ホームページより)

中国EC最大手「アリババグループ」の創業者ジャック・マー氏に「若者が茅台を飲まない」とこぼし、「自分も若いときは飲まなかった。茅台は人生経験を積んで味がわかるようになる酒だ」と激励されたとの話も伝わる。

丁会長の懸念通り、中国では若者の白酒離れが進んでいる。
戦略コンサルのRies Strategy Positioning Consultingが2022年12月に発表した「中国の若者と酒」に関するレポートによると、アルコール度数30度以上の酒を好む中国の若者は11.2%にとどまり、「好きな酒」で白酒はワイン、果実酒、ウイスキー、ビールを下回った。

中国EC大手の広報担当者は消費者の変化について、「十数年前までは中国人にとって酒の選択肢はビールと白酒しかなかった。だが、中国市場に出回るアルコール商品が多様化したことや、コロナ禍のステイホームで宴席が減ったことと部屋飲みが増えたこと、女性消費者の台頭などで、果実酒など低アルコール飲料がトレンドとなり、白酒の存在感が薄れた」と分析した。

茅台はアイスクリームも発売

茅台の主力商品のアルコール度数は53度。若者の購入者も多いが、「転売目当てがほとんど」との指摘もある。現状をよしとしなかった丁会長は会長就任以降、Z世代に照準を合わせた施策を次々に打ち始めた。

まず2022年5月に大手乳製品メーカー「蒙牛」と組んで、「茅台アイスクリーム」を発売。1カップ59〜66元(約1100〜約1300円)の価格にもかかわらず、店舗には行列ができた。茅台によると発売1年で1000万個近くが売れたという。同年はECアプリ「i茅台」も開設し、茅台アイスをECで購入できる体制も整えた。

ただ、アイスは季節商品であり、1000円を超える単価だとSNSで写真や動画をシェアするために購入しても、リピーターにはなりづらい。コーヒーチェーンのluckinとコラボしたのは、若者の日常生活によりとけ込んでいるコーヒーのほうが消費の持続性があり、マーケティング効果が大きいと判断したとみられる。

醤香ラテは通常、luckinのアプリからクーポンを取得して注文するが、茅台のアプリも割引クーポンを配布しており、同社のアプリの認知拡大やダウンロード数の増加も期待できる。

アルコールメーカーは卸売店や代理店経由の販売が中心で、消費者との接点を増やすためには直接販売の比率を上げる必要があるが、既存販路の反発が予想されるため、踏み切れないという事情もある。

アイスクリームやコーヒーなど異業種への参入ならば、卸売店を脅かすこともない。醤香ラテは、消費者だけでなく業界内でも「うまいやり方」と評価が高い。茅台は9月中旬に中国のチョコレートメーカー「DOVE」とコラボした茅台チョコもECで発売した。こちらも一瞬で品切れし、転売市場でプレミアムがついている。

カフェチェーンとFENDIのコラボも

茅台のコラボが脚光を浴びたことで、アルコールメーカーによる異業種コラボは珍しい取り組みではなく、前例が多くあるという事実も注目されている。ただし多くが話題にならず終わった。

知名度で茅台と双璧を成す白酒の「五糧液」は2018年に高級ティードリンクチェーンの「喜茶」とアイスクリームを発売。四川省の白酒メーカー「瀘州老窖」は香水、アイスクリーム、チョコレートと続き、今年8月にティードリンク「奈雪的茶」とコラボ。乳飲料メーカーとも中秋節に合わせて「月餅アイス」を共同開発した。

青島啤酒(ビール)も夏にアルコールを含んだアイスクリームを売り出している。醤香ラテのヒットで、今後も類似コラボが相次ぐのは間違いない。

カフェチェーンやドリンクチェーンも毎月のようにコラボ商品を発売しており、今年はラグジュアリーブランド「FENDI」と喜茶という組み合わせもあった。ブランド力がある企業同士のコラボはSNSで話題になりやすいが、多くは一過性に終わってきたし、企業も話題作り以上の効果を求めていないように見える。

決して新しい取り組みではない異業種コラボで、茅台とluckinがこれほどのヒットを生んだのは、歴史や客層、価格帯が全く重ならない2社の組み合わせが消費者に驚きを与えたことと、どこにでもあるluckin coffeeの店舗で希少性の高い茅台を味わえるという訴求ポイントの明確さ、そして茅台の高いブランド力と、Z世代を取り込む努力の本気度があってこそだろう。

茅台は醤香ラテのヒット後、定番品として発売していく意向を表明している。

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)