スーダンの首都ハルツームの人々の日常をスマホで撮影していたら、大変なことに……(写真:筆者撮影)

離婚を機に世界一周花嫁探しの旅に出た敏腕テレビディレクターの後藤隆一郎氏。

諸国を巡りながら多くの女性、そしてトラブルに遭遇するうちに自分を見つめ直し、いつしか花嫁探しは自分探しへ。日本を出発してから2年8ヶ月後、彼はアフリカにいた。

異文化の中を歩くにはどんな注意が必要なのか? 敏腕テレビマンが見たイスラム世界のリアルとは? 『花嫁を探しに、世界一周の旅に出た』から、今回は2018年7月に訪れたスーダンでのエピソードをお届けする(本原稿は上記書籍から抜粋・再構成しています)。

「テロ支援国家」スーダンの首都に潜入

2023年4月に発生したアフリカ、スーダンにおける武力衝突は、日本人を含む外国籍の大使館職員や支援関係者が大勢スーダンに滞在していたことから世界中のメディアの関心を集めた。

このスーダン共和国への潜入記は、米国政府のテロ支援国家リスト下にあった2018年7月7日に入国した時のレポートである(2020年に指定解除されている)。

街を歩きながらスーダンの首都ハルツームの人々の日常をスマホで撮影していた。

砂漠の街並みは首都だというのに、道がほとんど舗装されておらず、砂土の地面だ。黄土色の地面の上に3階建てから5階建ての古い雑居ビルやトタンで出来た小さな平家のお店が雑然と並んでいる。

オレンジやメロンなどのフルーツが安いようで、街の至る所でフレッシュジュースの販売店を見かけた。

白いイスラムの衣装を着ている人も多いが、路面店で携帯ケースなどを販売する商売人などジーンズに長袖シャツといういでたちの人も数多くいる。


トタンで出来たお店が並ぶ街並み(写真:著者提供)

「観光客の写真撮影」は危険行為

イスラム社会では女性の写真撮影は難しい。イスラム教の女性は、聖典コーランの神の教えに従い頭に被るベール、ヒジャブを着けている(国や宗派によって衣装は変わる)。

神は女性たちに「目を伏せ、プライベートな部分を守り、(魅惑させないよう)飾らず」と伝えている。

貞操観念が強いイスラム世界で女性の写真を撮るということは、あえて日本の感覚に置き換えるなら、外国人男性が日本の清純そうな未成年の女の子をパシャパシャと撮影するのと同じようなことだと思う。あまりいい気はしない。

そんな基本的な感情に偶像崇拝が禁止される厳しいイスラムの戒律が加わっている。そうイメージしていた。

しかし、ドバイやヨルダン、モロッコ、エジプトでは、若い女性に撮影をお願いすると簡単に許可してくれる人もいた本で読むイスラムの知識とは少し違うようだ。


ヨルダンの首都アンマンで撮影したイスラム教徒の20代女性(写真:著者提供)

モールを出て街を歩いていると、前方に大学生らしき男女の4〜5人の集団が見えた。

女の子たちは、黒いヒジャブに赤いロングTシャツを合わせていたり、ピンクのヒジャブに花柄の長袖のシャツを合わせたりとかなりお洒落に気を遣っているノリも明るく元気そうだ。

「これは、シャッターチャンスかも」

これまでムスリムの若い女性を撮影してきた経験から、「若い人なら年配のイスラム教徒より写真に寛容なのではないか?」と仮説を立てた。

話しかけるのが礼儀だが、写真として日常の一コマが撮りたい。典型的な観光客のようにスマホで街並みを撮影しながら、そーっとそのグループにレンズを向けた。

突如訪れた「命の危機」

「おい、お前何してるんだ! 撮影しただろう」

2人の若い男たちが小走りでこちらに近づいてきた。

「街の風景を撮影してただけだけど」

「噓をつけ、こっちにカメラを向けてたのを見たぞ」

「すみません。日本から来たバックパッカーで、世界の写真を撮ってます」

「そんなのどうだっていい。写真を見せろ」

俺はスマホのフォトアプリを開き見せた。

「女性の写真を撮ってるぞ」

男たちは怒りの表情を見せた。やばい。

「本当にごめんなさい。映っている写真を全て消去します」

そう言って、写真を相手に見せながら撮影したデータを消した。

「全部消しました。本当に申し訳ないです」

女性たちはOKのサインを気軽な感じで出してくれた。男たちは「彼女たちが良いならイイか」というような顔をしている。

その時、「おい、どうしたんだ」というような態度で、後方から5人くらいの40、50代の男たちが近づいてきた。


雑居ビルが立ち並ぶ街中には、白いイスラム装束を来た男性が数多くいる(写真:著者提供)

顔つきからあまり良くない雰囲気がする。若い男たちがアラビア語で状況を説明すると、その男たちが俺に近づいて来た。危険を察し、おどけた顔をしながら彼らの反対側にゆっくりと動く。

そして、事を荒立てないよう、静かに身を構えた。

「一緒に来い!」

彼らは俺を指差した後に、その指を古い雑居ビルのほうに動かした。人目の付かない所に連れて行こうとしている。あそこに行ったら身ぐるみ剝がされる。いや、もっと酷い目に合うかもしれない。

「すみません。もう全ての写真は消去しました」

そうやって写真を見せたが、首を横に振り、俺の主張を取り下げようとしている。彼らには英語が通じていない。

すると突然、男たちは声を荒らげながら2人がかりで俺の腕を摑もうとしてきた

「何するんだ」

咄嗟に振り払った。相手を刺激しないよう拒絶の言葉と態度で行きたくないという意志を示した。

言葉が通じなくとも身振りや顔つき、声の大きさで相手に意志を伝えることは出来る。さらに人が集まって来た。

人々は静観しながら、この状況を監視しているようにも感じる。

群衆の中では「軽率な行動」が命取りに

しかし、全体的に異様な高揚感がある。集団での高揚感はやばい。予想外の方向に進む可能性がある。

助けてくれそうなアジア人や西洋人を探したが、いない。この街に着いてから、バックパッカーさえ見かけていない。観光客を装って写真を撮るという作戦がそもそも失敗だった。


俺はイスラムの白装束を着た黒人たちに完全に囲まれた。

「お前の目的はなんだ」

怖そうな男たちは片言の英語でそう言った。

「いや、ただ観光写真を撮影していただけです」

男たちはさらに興奮し、早口で捲し立ててくる。そうやって皆の気持ちを扇動しているようにも感じた。意図がわからない。

建物の中で金品を巻き上げたいのか、女性を撮影した異国人(中国人だと思われている可能性大)に鉄拳制裁したいのか、それとも、本当に政治犯として拉致したいのか。

そういえば、中東ヨルダンで出会ったレバノン人の映画監督が「ベイルートでの撮影は気をつけたほうが良い」と言っていた。

戦時中の国での撮影は、雑居ビル一つをとっても誰がどこに住んでいるかなど、敵軍が爆撃をする際の有益な情報となる。見つかると拉致される可能性があるので気をつけろとのことだった。

脳裏に、イスラム過激派にカメラの前で銃殺されたジャーナリストの無残な映像が浮かんだ。

「ここまでやるってことは、ただの物取りとは違うかも……」

俺は脱出ルートを探った。だが、逃げて捕まるほうがやばい。本当に政治犯だと思われる。

捕まるか逃げるか、その決断をしなければならなかった。

スマートフォンの普及により、誰でも簡単に写真を撮ることができるようになった。海外でも、国内旅行のように気軽に写真を撮る人が増えている。

しかし、スーダンのような危険度が高い国だけでなく、どの国にも宗教的な習慣や独自の伝統、風俗・文化が存在する

これらを無視して撮影すると、命の危険を招く可能性がある。

海外旅行で写真を撮る際は、その国の文化を尊重し、ルールを守ることが大切だと、このエピソードは警告を鳴らしている。

外務省海外安全ホームページより

2023年4月15日午前(現地時間)、スーダンにおいて国軍(SAF)と準軍事組織である即応支援部隊(RSF)との間で衝突が発生しました。
今次衝突は、首都ハルツームを中心に、国内各地で発生している模様であり、9月28日現在も継続しています。
首都の空港は現在閉鎖されており、航空各会社もフライトの運行を見合わせています。
当面の間、スーダンへの渡航は見合わせてください。

(後藤 隆一郎 : 作家・TVディレクター )