仕事の現場でAIを有効活用するために必要なこととは(写真:Graphs/PIXTA)

昨今話題となっている生成AI。われわれの生活や仕事を大きく変える可能性を持っているとされていますが、実際に仕事に活かし始めている人はまだまだ少ないのでは。生成AIを活用するためには、どんな考え方や取り組みが必要なのでしょうか?

日本最大のAI専門メディア「AINOW」の編集長・小澤健祐さんの著書『生成AI導入の教科書』より一部抜粋・再構成してお届けします。

常に優先されるべきは現場のEX

生成AIの導入、活用推進において、常に優先されるべきは現場の従業員のEX(Employee Experience)です。

大規模言語モデルは汎用的なAI技術。その性能は非常に高く、多くの場面でその効果を発揮します。しかしながら、その全能ぶりばかりに目を向け、現場の具体的な課題を見逃してしまっては、生成AIの本質を見失うことになるでしょう。

現場の課題とは何か。その意味を理解するためには、まず「AI」と「現場」というふたつの要素を理解しなければなりません。AIは、人間の思考や判断を模倣し、自動化する技術であり、その基本的な目的は人間の作業を助けることです。一方、現場とは具体的な業務が行われる場所や状況を指し、そこには具体的な課題や問題が多数存在します。

AIは、自ら思考して判断する能力を持つことから、現場の課題を解決する強力なツールとなり得ます。しかし、その一方で、AIの使用には適切な設定や環境が必要であり、それらが現場の実情に即していなければなりません。具体的に言うと、AIが何をすべきか、どのように動作するべきか、またその出力がどのように現場の業務にフィットするかなど、その適用範囲と働き方を理解し、調整する必要があるのです。

特に生成AI活用においては、ChatGPTなどの生成AIへの指示であるプロンプトの重要性が非常に高くなります。質が高いプロンプトをどうすれば入力できるかなど、現場の従業員が生成AIをストレスなく活用できる方法を考えることが大切です。

大規模言語モデルの汎用性は「あらゆる業務に適用可能である」という意味ではなく、「あらゆる業務に適応するための学習能力を持つ」という意味です。つまり、この汎用性があるからといって、現場の課題を無視し、一概にすべての業務に適用しようとすると、結果的には効果が出ない、あるいは逆効果になる可能性さえもあります。

したがって、大規模言語モデルの活用を進めるためには、まず現場の課題を理解し、それに対する適切な解決策をAIに提供することが重要なのです。そのためには、AI技術者だけでなく、現場の担当者もAI活用の場面に参加し、共に考え、共に動くことが求められます。

確かに大規模言語モデルの汎用性は、現場の課題を解決するツールとしての可能性を秘めています。しかし、その活用にあたっては、現場の実情を理解し、それに対する適切な設定や調整を行うことが欠かせません。これが真にAIを活用する道であり、この理解がAI技術の普及と発展に寄与すると私は確信しています。

部分最適と全体最適の使い分け

生成AIの活用を進めるうえで重要なのは、部分最適と全体最適を使い分けることです。部分最適は、例えば各部門で特有の業務やシステムに対してChatGPTなどの生成AIをAPI連携させるケースなどが考えられます。全体最適は、全社で汎用的な業務を効率化し、トップダウンで生産性をあげる方法で、ChatGPTなどの生成AIの導入環境を整えることなどが挙げられます。本書では、上記の2つを「特化型生成AI(部分最適)」と「汎用型生成AI(全体最適)」に区別して解説します。

AIの普及に伴い、企業は生成AI、特にChatGPTのようなツールを社内でどのように活用すべきかを模索しています。社内でこの種のAIを活用するためには、ただChatGPTの費用を補助し、ChatGPTを利用できる環境を整えさえすればいいと考えがちですが、それでは本質的な課題解決にはつながりません。

まず第一に、現場の業務をプロンプトで再現するのが難しいという課題があります。生成AIは特定のプロンプトに基づいて適切な出力を生成しますが、業務フローやワークフローの複雑性を考慮すると、それらを適切なプロンプトとして表現し、さらにはそのプロンプトに対する適切な応答をAIが生成できるようにするのは容易なことではありません。

次に、企業が既に利用しているシステムと生成AIとの連携が必要です。現状では、多くの企業が既存の業務システムを持っており、それらとの完全な連携が重要になります。それらのシステムが生成AIと緊密に連携しなければ、実際の業務を効率的に自動化することは難しいでしょう。

そして最後に、セキュリティ上の課題も無視することはできません。AIツールは大量のデータを扱うため、情報漏洩や不適切な使用のリスクが常に存在します。これらのリスクに対処するためには、厳格なデータ管理とアクセス制御が必要です。

これらの課題を解決するひとつの方法は、先に述べたように特化型生成AI(部分最適)と汎用型生成AI(全体最適)のアプローチを適切に使い分けることです。

特化型生成AI(部分最適)では、各部署で運用されているシステムと生成AIのAPIを連携させ、人間が直接プロンプトを入力しなくても、API経由で自動的に情報が生成AIにインプットされる状況を作り出すことが大切です。これにより、各部署は特定のタスクを自動化し、より高度な業務に人間のリソースを集中させることが可能になります。

一方、汎用型生成AI(全体最適)は、全社員が「要約」「報告書作成」「メールレスポンス」などの汎用的なテキスト業務を効率化できるように、ChatGPTなどの生成AIツールを社内で広く利用できる状況を作ることを目指します。このためには、コミュニケーションツール「Slack」などと生成AIを連携させるなど、全社員が生成AIに、より簡単に、より素早くアクセスできる環境を整えることが必要となります。

私は、生成AIの真の力は、API連携を通じて発揮されると考えます。メールと生成AIを連携させるとしても、API連携がなければ、メール着信時に人間が情報を手動で入力し続ける必要があり、これは意味がありません。しかしAPIが連携されていれば、メールの内容をAIに自動的に伝え、AIが適切な応答を生成できるようになるでしょう。これにより、AIの力を最大限に引き出し、生産性を向上させることが可能となります。部分最適でも全体最適でも、EXの向上を第一に考え、インターフェースを整えることが重要なのです。

生成AI導入に必要な社内政治

生成AIの導入や活用を実現するためには、単に技術を採用するだけでなく、社内の様々な部署やステークホルダーとの協力が必要不可欠です。これを成し遂げるためには、自社内での「社内政治」の理解と活用が必要となります。

「社内政治」という言葉に対する反応は人それぞれでしょう。一部の人々は「我々の企業はオープンであり、社内政治は不要だ」と考えるかもしれません。しかし、企業は多様な業種、職種、ポジションの人々から成り立ち、そのなかで様々な思惑や圧力が交錯しています。そのため、社内政治を無視するのは実際には危険だと私は考えます。

社内政治とは「会社のことをよく理解し、敵を作らずに味方を増やし、自分の居場所を確立して最終的に自分のアイデアを実現していく」ものです。決してドロドロした根回しのことだけを指すわけではありません。大規模言語モデルの導入に関わる担当者にとっても、この社内政治は避けて通れません。

養うべきはアイデアを実現するための社内政治力

生成AIの導入には、社内のあらゆるレベルでの調整が求められます。しかし、残念ながら、多くの導入担当者にとって社内政治は後回しにされがちな存在です。人間関係が悪化すると、企画が通らなかったり、予算が承認されなかったりと、どうしても障壁が生じてしまうもの。それが生成AIの導入を阻む壁となりうる以上、ある程度の交通整理は欠かせないのです。

特に生成AIのような高度なAI技術の導入では、「AIの知識を深めることが楽しい」「AIがあれば業務が効率化する」イコール「導入も簡単にできる」と、短絡的に考える人が多く、社内政治の重要性が見落とされがちです。


なぜ生成AIの導入に社内政治が重要なのか。それは部署間の連携が欠かせないからです。大規模言語モデルの導入においては、法務部と連携して契約や導入後の法律への適合性を確認したり、情報システム部と連携して既存システムとの互換性を確認したり、その他の部署から必要なデータを集めたりと、様々な部門の連携が必要となります。

部署によっては「仕事を奪うもの」と認識されることもあるので、その点もコミュニケーションで解決することが必要です。自社の競争優位性を高めるために生成AIを有効活用していくというスタンスを社内で広げることがなによりも重要となるのです。

さらに、大規模言語モデルの導入を実施する部署と、そのモデルを実際に活用する現場部署との間での調整も重要です。現場の課題を正確に理解し、それを大規模言語モデルの導入に反映させることが求められます。

以上を踏まえると、社内政治は、大規模言語モデルの導入と活用にとって重要なひとつのファクターであると私は考えます。大規模言語モデルの導入担当者は、これを理解し、自分の役割を社内全体で共有し、各部署との連携を深め、自身の立場を確立し、アイデアを実現するための社内政治力を養うべきでしょう。

(小澤 健祐(おざけん) : AI専門メディア「AINOW」編集長)