創薬を推進するシステム作りが日本では遅れている(写真:KAKU / PIXTA)

「薬がない」。こんな言葉が医療現場で当たり前のように聞かれるようになって久しい。『週刊東洋経済』の10月10日発売号(10月14日号)は「薬クライシス」を特集。供給不安の深層を製薬メーカーと薬局の両方から浮き彫りにします。


「日本未承認のがんの薬を手がける米国のスタートアップ(ベンチャー企業)の1つに、日本での薬事承認を目指した臨床試験の実施を打診したが、開発自体を拒否された経験がある」

こう話すのは、国立がん研究センター先端医療科の佐藤潤氏だ。佐藤氏らは腫瘍内科医でありながら米国の創薬ベンチャーに直接足を運び、日本での治験実施を呼びかけている。目的は、日本で薬が承認される見込みのないことを指す「ドラッグロス」の解消だ。

欧米で承認された新薬のうち、日本で承認されていない薬の割合は年々増加。2012〜16年の56%から、2016〜20年には72%に上昇した。未承認薬のうち最も多いのはがんの薬で、中でも治療の難しい血液がんの薬が多い。

ドラッグラグは解消に向かいつつある

2010年ごろには、海外大手製薬企業の薬が日本で遅れて承認される「ドラッグラグ」が問題視された。これは、日本の治験環境の整備や審査期間の短縮などによって解消に向かいつつある。


一方、足元でドラッグロスが生まれているのは、希少がん向け治療薬など対象患者数は少数でも効果が期待できる薬を創ろうと、ベンチャーが果敢に挑戦するケースが増えたことが背景にある。

製薬業界では、2000年ごろを境に抗体医薬や細胞療法といったバイオ薬の技術開発が急速に進んだ。

欧米の大手製薬企業では新薬開発をベンチャーに依存するケースが増えた。が、こうした創薬を推進するシステム作りが日本では遅れ、欧米の後塵を拝することが増えた。

海外のベンチャーが日本を後回しにする大きな理由は、治験制度だ。日本では、日本人が治験に参加していないと薬は承認されない。一方、米国で承認されれば自国での治験を行わなくても承認される国もある。資金が潤沢ではないベンチャーは、米国での治験のみで元が取れるため、わざわざ日本で治験を行う動機が少ない。

日本はコストがかさみがち

また日本は、病院数が多いなどの理由で治験を行うコストがかさみがちだ。「アジア圏ならば治験がよりしやすい韓国や台湾が治験先に選ばれることが増えている」(国内製薬企業の研究開発責任者)との声もある。

日本の治験の壁を越える策の1つとして、製薬ベンチャーを大手製薬企業が買収する方法があるが、ここにも壁がある。日本の新薬の値段が、薬価制度によって年々下がっているのだ。米製薬企業が加入する業界団体「PhRMA」は、日本の薬価制度が新たな投資の阻害要因になっているとして、制度の見直しを求めている。

現在、厚生労働省の創薬力強化に関する有識者会議では、日本人の治験なしでも薬を承認する案が議論されている。ドラッグロスが解消されれば短期的には患者への利益になるが、日本の創薬力が向上しない限り海外企業への依存が続くことになる。


(兵頭 輝夏 : 東洋経済 記者)