深刻な選手不足も……舵手つきフォアが全日本ローイング選手権でつかんだ収穫

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101回の歴史を誇る「全日本ローイング選手権大会」が海の森水上競技場で開催された。約500人のボランティアが集まるなど東京2020大会のレガシーを感じた同大会。4日間にわたる日程のなかで、2回行われたパラローイングのタイムトライアルをレポートする。

全日本の舞台は海の森水上競技場。東京パラリンピックと同じコースだ

全日本という舞台でレースをする意義

大会3日目の20日。一艇の舵手つきフォアが、国際規定を有する2000mのコースを力強く進む。逆風の中でも、リズムを合わせて漕ぐ4人のドライブ。ラストスパートは観客席の前だ。よく見ると艇主から2番目に近い漕ぎ手の高橋道大が片手でオールを操作しているが、会場のアナウンスがなければ、一見すると障がいのある選手たちによるクルーだと気づかないだろう。

全日本のタイムトライアルに出場した舵手つきフォア。来海泰志がコックスを務めた

温かな拍手に包まれて艇はゴールした。この日の記録は、9分20秒42。同じコースを漕いだ2021年の東京2020パラリンピックのタイム(8分36秒89)に及ばなかったものの、4人の選手とコックスは充実した表情を浮かべた。

パラローイングの選手たちに観客席から拍手が湧いた

クルー最年長の50歳で、今大会に出場した選手のうち唯一、東京パラリンピックのローイング競技に出場した西岡利拡は、穏やかな顔でレースを振り返る。
「このクルーで初めてのレースでしたが、今までで一番出来が良かったと思います。合宿の練習では、今日みたいに風が強いときや波が高いときはリズムが大きく崩れていました。各選手がそれぞれの課題をしっかり認識してレースに挑んだこと、アップからいいリズムで漕げたことがよかったと思います」

東京大会では聞こえなかった歓声についても「やっぱり声が聞こえてくるって励みになります」と西岡は喜んだ。

パラのタイムトライアルには2日間ともに舵手つきフォア1艇のみが出場。女子シングルスカルの市川友美もエントリーしていたが、大会2週間前に褥瘡がわかり、大事をとって棄権した。

競い合うことはかなわなかったが、林秀一コーチは舵手つきフォアの手ごたえを口にする。

「前半をテーマにしていました。最初に(他の艇より)飛び出すイメージを伝えたのですが、それができていたのは収穫です」

実際にタイムを見ても、最初の500mは2分15秒台(20日のレース)、1分53秒台(21日のレース)と速いペースを刻むことができていた。

海の森水上競技場を訪れた東京パラリンピック日本代表の市川

応援のために会場を訪れていた市川は、「全力で漕いでこそ課題が見える。パリ2024パラリンピック出場権のかかる世界選手権の派遣選考を控える中、フォアのクルーにとっていいタイミングで訪れた大会だったのではないか」と話し、「私もこの大会から刺激をもらってがんばりたいです」と前を向いた。

初レースに臨んだ(左から)西岡、高橋、若杉、坂口のクルー

本来は男女2人ずつだけれど……

パラリンピック種目の舵手つきフォアは男女2人ずつ合計4人で出場する。しかし、パラローイング日本チームは長年、選手不足に悩まされており、国際基準のパラ大会でクルーを組むことさえできない状況だ。

今大会は、20日のレースに男子3人(高橋・坂口・西岡)、女子1人(若杉)で参加し、21日のタイムトライアルには男子4人で出場。女子が不足している。

舵手つきフォアは果たしてパリパラリンピック出場権のかかる大会に出場できるか、瀬戸際に立たされている。それでも健常者と共に乗艇して水を漕ぐ感覚を鍛え、さらには高いレベルの練習や大会出場ができるよう、両腕がある選手は全員両サイドを漕げるように取り組むなどして新たなメンバーを待っているという。

「きついけれど、水上でこれだけスピードを出せる競技はなかなかない。腕の障がい、足の障がい、視覚障がいといったいろんな障がいの選手が同じ艇に乗り、性別も年齢もバラバラの選手が一つになる楽しさも魅力です」と西岡

そんななかでもパリパラリンピックに強い思いを持っているのは、視覚障がいの坂口宥太だ。今大会ではストロークを担当し、クルーのリズムをつくった。「フィジカルが課題」と語る坂口は昨年末、アスリート活動に専念できるように転職して練習量も増やした。「リズムもよくなり、出力も上がっている」と林コーチも評価する。東京大会代表の有安諒平とのポジション争いは、日本の舵手つきフォアのレベルを引き上げることだろう。

「このクルーで合わせる練習が足りておらず、かなり緊張感があった」と坂口。「アップで上達していく感覚があり、いい形でスタートできました」

そんな国内のパラローイングを活性化させているのが、視覚障がい者がプレーするゴールボールでパラリンピックに3大会出場し、昨年からローイングを始めた若杉遥だ。舵手つきフォアで初のレースだったにもかかわらず、堂々とした漕ぎでチームに貢献した。

「楽しかったです。直近では世界選手権、アジアパラという目標があるので、そこにしっかり挑戦できるような選手になりたい。その先にパリパラパラリンピックがあると思うので、一歩一歩まずは目の前のことをやっていきたいです」

「始めて1年ちょっとで2000mのレースの楽しさを知った」という若杉。「1500m付近の苦しいところで粘れるようになりたいです」

片腕でオールを漕ぐ高橋は、競技歴が浅く、伸びしろのある選手と言っていい。「今後はとにかく技術を磨いていかないと。今大会はすごく緊張したが、とにかく最後まで出し切ろうという気持ちで挑みました」。今大会の課題と収穫を持ち帰り、パワーアップして次のレースに臨むつもりだ。

「スタートは良かったと思う」と高橋。「練習したことを出すだけ」と気持ちをコントロールしてスタートした

text by Asuka Senaga
photo by X-1