リアル店舗が生き残るために必要なものは? 「リアル店舗とデジタル接客とのハイブリッドなブランド体験」―アマゾンが体現したウォルマートに続く世界ナンバー2の小売業に成長した靴のEC

EC(ネット通販)の台頭、人手不足、地方の過疎化などの影響で、百貨店や商業施設、ブランドの路面店など、リアル店舗の統廃合が急ピッチで進んでいる。そんな現状を変えるために「オンライン接客」を可能にするサービス「スタッフスタート」を展開する株式会社バニッシュ・スタンダードの代表取締役社長の小野里寧晃氏と大前研一氏による対談を『リアル店舗を救うのは誰か ~今すぐ「店舗スタッフ」にECを任せよ~』(日経BP)より一部抜粋・再構成してお届けする。(前後編の後編)

お台場の「ヴィーナスフォート」はなぜ閉館になったのか

小野里 僕はスタッフの活性化が、リアル店舗の生き残りには重要だと信じているのですが、小売りの未来をどう考えていますか。

大前 中国では店舗自体がないブランドも多い。モノさえあれば、インフルエンサーが自宅から販売するケースも多い。けれども、バニッシュのスタッフスタートは、店の中にいる人が、自分の店で売っているもの、店にあるものを使って、自分がモデルになって全国に向けて販売をしている、ということ自体が面白いんです。

小野里寧晃さん(左)と大前研一さん(右)

小野里 大前さんは、東京臨海エリアのお台場・青海に「ヴィーナスフォート」を手掛けられたこともあるんですよね。

大前 当時は古き良き時代で、調査したところ、日本の女性がイタリアに行きたがっていた。ショッピングをしたり、そぞろ歩きをしたいと。そんなときに、森ビル元会長の森稔さんのところに話があって、イタリアや南フランスの雰囲気を出して、屋根付き・全天候でショッピングや時間消費ができる場所としてヴィーナスフォートをつくった。

けれども、注意しなければならなかったのは、日本の女性は興味関心の移り変わりが激しいということ。当時、新橋駅などでも、終業後にトイレで着替えてコインロッカーに会社着を入れて、着替えて遊びに行く女性が多かった。だから、90以上のトイレを作って着替えられるように、全身ミラーも備えた。

でも、すぐに通勤着とデート着が一緒になり、デートだからと着替える習慣が急速になくなってしまった。それにしても、ヴィーナスフォートはすごく暇になってしまってついに閉館(2022年3月)したわけだから、あの頃にバニッシュのサービスがあったら、すごく面白いことができたと思いますね。

小野里 そのころに会いたかったですね。ちなみに、業務提携している「アットコスメ」を手掛けるアイスタイルの吉松徹郎社長や、「バイマ」を手がけるエニグモの須田将啓社長と先日会食していたら、うちの会社を褒めてくださっていたと。若い経営者とも交流してくださる人柄やエネルギッシュさにいつも励まされています。

「日本の本質的な問題は2つしかない」

大前 同世代よりも、なるべく年下や若い世代と時間を過ごしたいと心掛けています。僕は今でも毎日、酒を一升飲むし。「人にやさしく、自分に厳しい」がモットーなので、若い人に頼られるとうれしいものです。それにしても、アイスタイルがアマゾン・ドット・コムと提携したのは一つの快挙だったね。

最近は大企業には興味がない。トップに会うと、19世紀に戻ってしまった感じがするし、僕の話を半分も理解できない。『企業参謀』という本を昔書いたが、そういう外部の人間を使わなければいけないのに、副社長や常務など近くにいる人の話しか聞かないなど、感覚がずれまくっている。

ビジネス・ブレークスルー大学学長を務める経営コンサルタントの大前研一さん

小野里 大前さんは、「日本の本質的な問題は2つしかない」とおっしゃっていますね。

大前 その通り。一つは、教育だ。世界で指導要領を使って教えているのは、日本と全体主義の国しかない。指導要領に基づいた授業をすれば補助金を出してくれるのだが、ビジネス・ブレークスルー大学院大学では認可はもらっているものの、指導要領に従わないので補助金ゼロで運営している。

AIが人間の知性を超えていくシンギュラリティの時代になっていくといわれている。人間にしかできないことを教えていかなければならないのに、工場制時代の大量生産・大量消費みたいなことしか教えていない。シンギュラリティになったら、即死ぬような人しか育てていないのはおかしいでしょう。

もう一つは、統治機構の問題だ。地方自治といいながら、全体主義的な統治を行っている。憲法にも地方自治と書いてあるが、実際には国が決めた範囲の中で地方公共団体が運営していくというものになっている。少なくとも道州連合制にしたら日本は8つになり、競争が起こり、次の気運が出てくる。今は競争相手がいないので、「内向き」「下向き」「後ろ向き」の三拍子がそろってしまっている状態だ。

銀座のショッピングの変革

小野里 教育は本当に重要ですね。僕たちは今、店舗スタッフの評価制度も重要だと感じていて、その在り方を模索しています。今、ECが伸びる半面、リアル店舗はどんどん苦しくなっていて、このままではブランドの本質を伝えきれない状況になると危惧しています。ECだけでは自動販売機でモノを買うみたいな、便利だけど味気ないことになる。店を残すには、個人が評価されるだけでなく、その店自体が評価されるような仕組みが必要だなと思っています。

大前 米国でもリアル店舗は次々と成り立たなくなっている。今は好立地は高いけど、長い目で見ると、店舗の不動産が安くならざるを得ないということだ。その証拠に、今日本で一番高いのは銀座の松坂屋があった辺りで、再開発してGINZA SIX(ギンザシックス)にお色直ししているけど、モノを買っている人、ショッピングバッグを抱えて出てくる人は少ない。

それでも好調なブランドはあるわけで、ECに慣れてしまうとリアル店舗での買い物になかなか戻らない。それでも店舗がなくなるということはあり得ないと思うし、あったほうが買う人は安心する。

そして、店舗スタッフの方から、お客さまを取り上げてはダメだ。その店やブランドへの信頼を獲得しているのは、そのスタッフなんだから。お客さまはそのスタッフのもので、お店はアグリゲーター(集める組織)。だから、販売手数料ではないけれど、何分の1かのフィーがその人に入るようにし続けなければ。

その権利を奪ってしまったらインセンティブがなくなり、モチベーションが下がる。店舗スタッフたちにはデータベースを含めて情報を開放し、そのベネフィットを受けられるように維持してあげることが重要だ。

小野里 僕は、リアル店舗とデジタル接客とのハイブリッドな購入体験やブランド体験が、その答えの一つだと思っています。

アマゾンの急成長えお支えた靴のEC

大前 アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは、世界最大の小売業を目指すと言っていて、実際にはウォルマートに続く世界ナンバー2の小売業になっている。けれども、本屋の後、相当苦労をし、失敗を重ねている。それを越えられたのは、靴をECで販売していた「ZAPPOS(ザッポス)」を980億円で買収したからだ。

本は注文すれば注文通りの本が届くし、航空チケットも、何時何分の何便のどこの席というものは一つしかないので、間違いようがないし返品は起こらない。けれども、靴は多くのサイズがあり、身体に合わなければ買えないので返品がどうしても多くなる。でも、ザッポスは返品自由にし、ロジスティクスを整えたことで成功できた。購入者は一度経験しておけば、このメーカーならこれくらいのサイズ、などの知見を得て、2回目以上の注文はうまくなっていく。だからこそ、先行者が勝つということになる。

このビジネスモデルに触れて、ベゾスは返品自由にした。そのために、ロジスティクスを構築し、プライム会員制を強化した。90年代半ばからずっと見てきて、「アマゾンが黒字になったら恐ろしくなる」と言ってきたが、実際にそうなっている。

この時代、リアル店舗は重要だが、必ずしも必要であるとは言えないし、店だけで完結することはなくなっている。一方でアマゾンがホールフーズを手に入れたようにECだけで完結するわけでもない。

小野里 なるほど。では、最近の小売業の潮流として、気になっていることは何ですか。

有名ブランドであることの重要性が増してくる

大前 日本の構造変化にもつながっているけれど、一つは、ますますブランドが重要であお金に換えることを日常的に行う人が増えている。メルカリでは、中間領域のブランドは売れにくい。となると、最初に新品で買うものは3年後にも売れそうなものに購入基準がシフトする。そうして、変わらずその価値が分かる有名ブランドであることの重要性が増してくる。新規性で売っていたものや中途半端なものはダメになる。

小野里 新しいビジネスモデルの企業やブランドも出てきていますね。

大前 特に中国から出てきた「SHEIN(シーイン)」はすごい。ジャスト・イン・タイムで100着ぐらいの小ロットでどんどん作って、米国や欧州、中国以外のアジアで売っている。売上高はすでに2兆円あり、時価総額はユニクロを抜いたといわれている。ユニクロは大量生産で何百万枚、何千万枚も作って世界の店で販売するから、半年から1年後ぐらいの商品を作っている。

中国発のECサイト「SHEIN(シーイン)」

一方、SHEINは1週間ごとに商品がごろごろ変わる。どこまで持続可能なモデルなのか分からないが、こういう新しい会社が生まれていることは感慨深いし、「H&M」のヘネス&マウリッツや「ZARA」のインディテックス、そしてユニクロ的なところは全部ひっくり返すかもしれない。

僕は業界全体の構造変革を見続け、追いかけてきたが、世界中には賢い経営者がたくさんいるとつくづく思う。バニッシュ・スタンダードは日本の中でも極めてユニークなビジネスモデルがあるので、面白いし、日本にとっての福音だと思います。

『リアル店舗を救うのは誰か ~今すぐ「店舗スタッフ」にECを任せよ~』(日経BP)

小野里 寧晃

2023年3月25日

1787円(税込)

288ページ

ISBN:

978-4296201198

「このままいけば、リアル店舗は『死ぬ』」――。

EC(ネット通販)の台頭、人手不足、地方の過疎化など、社会環境が大きく変わる中で、百貨店や商業施設、ブランドの路面店など、リアル店舗の統廃合が急ピッチで進んでいる。

そんな現状を変えようと奮闘しているのが、店舗スタッフによるコーディネート投稿など、「オンライン接客」を可能にするサービス「スタッフスタート」を展開するバニッシュ・スタンダードだ。サービス提供開始から僅か6年で年間経済効果は1500億円を突破、導入ブランドは2100以上と、快進撃を続けている。

本書では、同社を率いる小野里寧晃(おのざと やすあき)CEO/代表取締役が初めて明かす、「リアル店舗復活のための処方箋」が余すことなく語られている。

すべてのカギを握るのは、アパレルやコスメ、百貨店、家電量販店、家具・インテリアなど、あらゆる業界のリアル店舗で働く「店舗スタッフ」だ。店舗で培った接客ノウハウをオンラインでも発揮することでファンを獲得し、EC売り上げを最大化。その貢献を適正に評価してスタッフ個人や店舗にインセンティブを還元していくことが、リアル店舗を守ることにつながると説く。

その効果は絶大で、スタッフスタートを活用した投稿経由のEC売り上げの最高記録は、店頭の約100倍に当たる月間1億3000万円に到達。ECで月1000万円以上売り上げる店舗スタッフも200人以上と、リアル店舗とECを股にかけて活躍するOMO(オンラインとオフラインの融合)時代の「令和のカリスマ店員」が、全国で続々と誕生している。

従来、企業が推進してきた「オムニチャネル」は、なぜ失敗ばかりだったのか。店舗スタッフ起点のOMOに取り組む先進企業は何が違うのか。令和のカリスマ店員はなぜ売れるのか――。本書では、豊富な事例を基に数々の疑問を分かりやすく解き明かし、リアル店舗の明るい未来を描く。

「店舗スタッフこそ、最強のビジネスモデルである」

企業の経営層、EC担当者、店舗のエリアマネジャーのみならず、すべてのビジネスパーソンは、今すぐ認識を改めるべきときに来ている。また、「当事者」であり、リアル店舗の「救世主」である店舗スタッフの「あなた」にとっても必読の一冊となる。リアル店舗はもう1店も潰さなくていい!

大前研一氏 推薦!

「『あなた(店舗スタッフ)の努力で人生を変えていける』。これが、バニッシュ・スタンダードの事業の他との一番の違いだし、この観点から事業を組み立てた人は今まで日本にはいない。『怒りと愛』を原点にした、『日本一のビジネスモデル』だ!」