宇宙航空研究開発研究機構宇宙科学研究所(JAXA/ISAS)・宇宙航空プロジェクト研究員の益永圭さんを筆頭とする研究チームは、大規模な砂嵐が発生した火星の高層大気では水素が増加する反面、酸素が一時的に減少する関係がみられるとした研究成果を発表しました。今回の成果は、火星の生命環境を考える上で一つの手がかりになるかもしれません。


■火星の砂嵐で水素は流出しやすくなるが、反対に酸素は流出しにくくなっていた

古代の火星の表面には海が形成されるほどの量の水が液体の状態で存在した時期があり、生命が誕生していた可能性もあると考えられています。しかし、現在の火星は主に二酸化炭素でできた薄い大気を持ち(大気圧は地球の約1000分の6)、寒く乾燥した大地が広がっています。


【▲ ハッブル宇宙望遠鏡で撮影された砂嵐に覆われていない火星(左、2001年6月)と、大規模な砂嵐に覆われた火星(右、2001年9月)の比較(Credit: NASA, James Bell (Cornell Univ.), Michael Wolff (Space Science Inst.), and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA))】


火星表面の水は火星の内部に取り込まれたり、上層大気で紫外線によって分解されたりしたことで失われたと考えられていますが、近年注目されているのが砂嵐の役割です。火星では大気中に砂や埃が舞い上がる大規模な砂嵐が度々発生していますが、砂嵐の発生時に火星の下層大気から上層大気へと運ばれた水蒸気に由来するとみられる水素が宇宙空間へと流出していく様子が観測されたためです。ただ、火星の大気の流出や気候変動における砂嵐の役割を理解するには水素の観測だけでは不十分であり、引き続き研究が進められていました。


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研究チームは今回、水素とともに水分子を構成する酸素の行方に着目して研究を行いました。2016年9月に発生した砂嵐の期間中に取得された火星の大気に関する観測データを研究チームが分析した結果、火星の下層大気で発生する砂嵐や大気波動の影響を受けて、上層大気に含まれる水素と酸素の総量が増減することがわかりました。


なお、分析に使われたデータはJAXAの惑星分光観測衛星「ひさき」をはじめ、アメリカ航空宇宙局(NASA)の火星探査機「マーズ・リコネサンス・オービター(MRO)」「メイブン(MAVEN)」および火星探査車「キュリオシティ(Curiosity)」、それに欧州宇宙機関(ESA)の火星探査機「マーズ・エクスプレス(Mars Express)」によって取得されました。


【▲ 火星上層大気における水素と酸素の量が砂嵐によって変化することを解き明かした今回の研究成果を示した図(Credit: JAXA)】


今回の成果で注目すべきは上層大気の変化です。研究チームによると、砂嵐の発生時、上層大気の水素は20日間で約2倍に増加しましたが、酸素は6日間で約3分の1に減少していました。砂嵐によって水素は火星から流出しやすくなるいっぽうで、酸素は反対に流出しにくくなっていたのです。


「水素は失われやすく、酸素は失われにくい」というこの状態が特別なものではなく、季節的な砂嵐が発生する度に何億年にも渡って繰り返されてきたとすれば、火星の大気は砂嵐の働きによって酸化され続けてきたことになると研究チームは指摘しています。言い換えれば、今回の成果は古代の火星の大気が還元的だった可能性を示唆していることになります。


20世紀半ばに実施された有名なユーリー−ミラーの実験でも示されたように、還元的な大気のもとでは生命にとって重要な物質である有機物が合成されやすいと考えられています。砂嵐による酸化が進む前の大気が還元的だったとすれば、古代の火星は生命が誕生しやすい環境を有していたかもしれません。研究チームは今回の研究で示された火星の水損失の歴史と酸化還元状態に関する知見について、火星の生命居住可能性を理解する上で重要だと言及しています。


 


Source


Image Credit: NASA, James Bell (Cornell Univ.), Michael Wolff (Space Science Inst.), and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA), JAXAJAXA/ISAS - 「ひさき」衛星が観た砂嵐による火星上層大気の変化 ー火星生命環境への示唆―Masunaga et al. - Alternate oscillations of Martian hydrogen and oxygen upper atmospheres during a major dust storm

文/sorae編集部