■表向きは「サービスセンター」を名乗っている

中国政府が独自の「警察署」を世界各地に展開し、各国政府を激怒させている。

こうした拠点は、表向きは海外に住む中国系住民などを支援する「サービスセンター」を名乗っており、免許の更新などを中国国外で容易に受けられる施設として運営されている。

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しかし英BBCは、その実態は中国国外に住む反体制派を取り締まる捜査機関だと報じている。本国での裁判にかけるため、数十万人規模で市民を送還するなど、サービス窓口とは程遠い活動を行っている模様だ。

米フォックス・ニュースは、中国が当該の偽装警察署を「五大陸じゅうに幾つも」展開しており、米ニューヨークやカナダのトロントなどにも存在すると報じている。記事はスペインの人権監視団体「セーフガード・ディフェンダーズ」による報告書を基に、「国際法違反」の疑いがあると報じた。

多くの国において警察は「法執行機関」、すなわち各国が主権の下に定める法律の遵守を担保する機関と位置付けられている。中国政府の意図をくんで動く独自の警察網を展開することは、各国に対する「主権侵害」であり、「厚顔無恥」な行為だとの指摘が相次ぐ。

■NYの中華料理店の2階が「警察署」だった

凝ったことにこのような警察署の一部は、民間の施設に偽装して運用されているようだ。ニューヨークでは、1階はラーメン店、2階は鍼灸(しんきゅう)院という雑居ビルの一角に身を隠すようにして、秘密の警察署が今年2月に開設された。

このビルはニューヨークのマンハッタン島南東部のメインストリートである、イースト・ブロードウェイ沿いに位置する。一帯はチャイナタウンに近く、中国関係の店が軒を連ねる。

米共和党のジャック・ロンバーディ2世議員はこの拠点をめぐり、米紙記事を基に、「FBI長官は、ニューヨークにある中国の秘密警察署が『主権を侵害している』と述べている」とツイートした。

1階は何の変哲もないラーメン店、2階が鍼灸店となっている。チャイナタウン近辺によくあるタイプの雑居ビルであり、中国の出先機関が入居しているとは想像もつかない。

英デイリー・メール紙は実際にこの拠点を訪れ、その様子をリポートしている。同紙が周辺に聞き込みを行ったところ、この警察署は表向きは「海外サービスセンター」を名乗っているという。中国本土に帰国せずとも、書類の発行や身分証の更新ができる模様だ。

だが、窓口はほぼ常時閉鎖されており、開くことはめったにない。サービスセンターとは名ばかりで、内部が中国側の警察のオフィスとして利用されている可能性が疑われる。同紙記者が隣接する鍼灸院の受付に取材したところ、隣が秘密の警察署だと知って驚いた様子だったという。

記事はこのような警察署は中国共産党が運営しているものであり、少なくとも世界30カ国に54カ所の存在が確認されていると報じている。多くは偽装されており、中華料理店やコンビニのスペースを一部利用して運用されているという。

セーフガード・ディフェンダーズによると、中国共産党は2021年4月以降に海外市民の監視を強化しており、これまでに23万人の中国人を「説得」し本国へ帰還させたという。反体制運動の支持者が多く含まれるとみられる。

■米紙は「世界100拠点以上」と報じる

中国が秘密裏に運営する警察署は、世界各地に存在する。フォックス・ニュースはその多くがヨーロッパに位置し、ロンドン、アムステルダム、プラハ、ブダペスト、アテネ、パリ、マドリード、フランクフルトなどに点在していると報じている。北米ではニューヨークの1拠点に加え、トロントに3拠点が設けられている。

カナダ民放最大手のCTVは、同国に設けられた3拠点を実際に訪れている。1カ所目は平凡な事業所に紛れる形で、2カ所目は閑静な住宅街にある家の一角に、そして3カ所目は既存のコンビニの住所を借りる形で存在していることが確認された。いずれも東岸の大都市・トロント大都市圏に位置する。

ほかの国においても、既存の商店に身を隠すようにして設営されているようだ。英スコットランドのヘラルド紙は、スコットランドのグラスゴーにある有名ショッピング街に位置する人気中華料理店の住所が、秘密に設けられた警察署のものと一致したと報じている。中華料理店の一角が、中国政府とつながる捜査組織の拠点となっていた。

少なくとも世界じゅうに54拠点という報道があるなか、米ニューヨーク・ポスト紙は世界100拠点以上とも報じており、中国警察網の規模は想像以上に広大なようだ。

セーフガード・ディフェンダーズが公開した報告書によると、詳しい所在地は明かされていないものの、東京にも1拠点が存在する模様だ。

ニューヨーク・ポスト紙はまた、中国政府が各国の政府や自治体関係者らとのパイプを築いていると指摘している。

ニューヨークのラーメン店2階に構えた警察の事例を前掲したが、このビルの3階に入居し福建省長楽市と関係が深いとみられるアメリカ長楽協会は、ニューヨーク市のエリック・アダムス市長を招いた豪華な晩餐(ばんさん)会を開催している。同協会には中国市民を監視している疑いが掛けられており、また、米国税庁によってブラックリストに登録されている。

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■狙いは香港人、ウイグル人、反体制派…

米国議会が出資する報道機関のラジオ・フリー・アジアは、セーフガード・ディフェンダーズによる報告書を取り上げ、「報告書によるとこうした警察署は、中国の2つの省の公安局が海外で運営しているものである。本国の家族に圧力をかけるなどを通じ、市民に中国への帰還を説得する目的で利用されている」と報じている。

説得対象は中国政府が「犯罪者」とみなした人々だが、実際にこうした人々が人道に反しているとは限らない。英スコットランドのナショナル紙は、「こうした『犯罪者』とは、香港人、ウイグル人、反体制派、そしてもちろん、中国共産党を批判するだけの勇気がある人物たちかもしれない」と指摘する。

デイリー・メール紙も同様に、「多くは反体制派の政治活動家であり、(中国)共産党政権を批判するため中国国外へと逃げ出した人々ではないかと懸念される。香港からの脱出者、ウイグル難民、その他の国の正当な市民である可能性もあるだろう」との見解だ。

こうした人々への「説得」工作は、非常に汚い手法で行われることがあるようだ。ナショナル紙は次のように報じている。「情報によるとこれら(取り締まり)により、容疑者の子供たちが中国で教育を受ける権利を失ったり、その他、家族に対する措置が行われたりすることがある」。家族の銀行口座の凍結や、財産没収などもあり得る模様だ。本土に残った家族への迫害を脅しの材料とし、帰国を「説得」している形となる。

■23万人を連れ戻した「キツネ狩り作戦」を支える

なお、送還対象となった人物には、電話詐欺などの悪質な容疑者も含まれる。中国政府は2014年ごろから、海外へ逃亡した自国の容疑者を確保する「キツネ狩り作戦」を展開している。ニューヨーク・ポスト紙は、海外に無断で設けられた警察署がこの作戦を支援していると分析している。

しかし、正規の外交ルートを無視した独自警察網の設置は、現地政府との摩擦を生むばかりだ。セーフガード・ディフェンダーズの調査報告によると中国政府は、容疑者の引き渡し条約を締結している国においても、非公認の警察による同様の説得工作を展開している。

同NGOの調査責任者はフォックス・ニュースに対し、「中国共産党がいかに厚顔無恥であり、他国政府に敬意を払わなくなってきていることの表れだと考えています。国際法違反であり、主権の侵害に当たります」と語っている。

セーフガード・ディフェンダーズの担当者はカナダのCTVに対し、監視網の強固さを強調した。「彼ら(中国政府)は国民に対し、たとえ中国を脱出して海外へ行ったとしても、私たちはお前を見ているぞ、監視下にあるのだぞ、そしてお前を追跡して帰国させることができるのだぞ、とのメッセージを送っているのです」

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■米政治家もターゲットに

実際のところ、中国共産党政権に対する反体制活動に加わった疑いで送還される人々は後を絶たない。

フォックス・ニュースは「このような警察署はまた、中国政府のプロパガンダを浸透させ、(海外にいる)中国国民の行動と世論を監視するための施設としても機能してきた」と指摘している。中国市民は国外にあっても、悪名高い中国共産党の監視網を逃れられないということになる。

取り締まりの対象は政界にも及ぶ。ブルックリンで活動する58歳政治家の熊焱(Yan Xiong)氏も、このような監視システムの犠牲者のひとりだ。

フォックス・ニュースによると、地元支援者らに対し警察関係の工作員から圧力をかけられ、民主党予備選挙で大敗を喫したという。さらには売春婦を動員した工作を画策され、不倫およびセクハラ騒動を仕立て上げられる被害に遭う寸前だったようだ。このような工作にも、偽装警察署の関与が疑われている。

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■欧米各国が中国の監視網にメスを入れ始めた

そもそも中国の一部国民や活動家らが国外へと逃げている背景には、強大な国家権力への恐怖や監視社会への嫌悪感がある。こうした社会制度を改善するのではなく、むしろ監視を強化することで国外の国民までをも追い詰める警察網には、中国共産党政権の並ならぬ執念を感じる。

党の対面を重んじ政権批判を許さなかった中国だが、各国の主権を無視してまで独自の捜査網を広げるとあらば、海外の各政府としては黙ってはいられない。中国側が勝手に開設した警察署はここ数カ月で急速に問題となっており、拠点が設けられている各国は対応に着手した。

米ワイアード誌は、カナダ当局が現地拠点の捜査を開始したと報じている。BBCによると、アイルランドのダブリンに設けられていた警察署に対し、現地当局から閉鎖命令が下った。MSNはドイツ捜査当局が、フランクフルトの秘密警察所の調査に乗り出したと報じている。

これまでサービス窓口の名目で存在を正当化してきたものの、実質的な無断警察署の存在を隠すことは難しくなってきている。世界52拠点とも100拠点超ともいわれ、中華料理屋や民家に偽装して展開する捜査網に対し、各国の当局が実態の把握に乗り出した。

自国の犯罪者を国へ帰還させるという聞こえの良い口実を作り、23万人を半ば強制的に「説得」し帰国させてきた中国政府だが、その手法に疑いのまなざしが向けられている。

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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)