日本の食料自給率は37%。小麦は8割以上を輸入に依存している(写真:freeangle/PIXTA)

日本にも影響が及ぶ「世界食料危機」

ロシアによるウクライナ侵攻で世界が食料危機に陥る懸念が叫ばれている。肥沃な黒土の穀倉地帯を持つウクライナは、小麦で世界第5位、トウモロコシで第4位の輸出国だ。黒海を閉鎖されたことでウクライナから約2500万トンの穀物が運び出せずにいる。

すでに穀物相場は高騰し、さらに肥料の値上がりが懸念材料となり、折からのインフレが拍車をかけて食料価格は上昇。そこに異常気象が加わって農作物の不作から、インドでは小麦の輸出を一時停止した。こうした詳細については、以前に書いた。(『08年の再来?足元で加速「世界食料危機」の深刻度』参照)

食料自給率が37%(カロリーベース、2020年度)の日本にもその影響が及ぶことは必至だ。すでにロシアのウクライナ侵攻の前から小麦の価格は上昇していて、政府が買い付けた輸入小麦を製粉会社に売り渡す「売り渡し価格」が、この4月に前年10月期と比べて平均17.3%も引き上げられた。そこにエネルギー価格の高騰や円安も加わって、食品の値上げが相次いでいる。

こうした事態に、岸田文雄首相は4月14日の時点で、訪問先の石川県輪島市で「日本の農業に関して言えば、自給率を上げなければならない」と述べている。だが、日本の食料自給率は上がらない。上げることはできない。なぜなら、アメリカが許さないからだ。

食料の60%以上を海外からの輸入に頼る日本とって、アメリカは最も依存している相手国だ。農林水産省が公表している「農林水産物輸出入概況」によると、2021年に農産物の輸入が金額ベースで最も多かったのがアメリカの1兆6411億円で、全体の23.3%を占める。次いで中国の10.1%、カナダの6.9%、豪州の6.7%、タイの6.2%と続く。

しかも第2位の中国からの輸入は、冷凍野菜や鶏肉調整品などの比較的カロリーが低いものに比べて、アメリカからは穀物や牛・豚肉などのカロリーが高いものが多い。

価格が高騰する小麦の8割以上を輸入に頼る日本は、アメリカに45.1%依存し、カナダの35.5%、豪州の19.2%と、この3カ国で占められる。ほぼ100%を海外に依存するトウモロコシは、アメリカからの輸入が72.7%を占める。自給率が21%の大豆も、74.8%がアメリカからの買い付けだ。

牛肉は豪州の40.5%と拮抗しているとはいえ、42.2%がアメリカからでこの2カ国で8割を超えているし、豚肉も27.1%とカナダの25.7%をしのいで最も得意な輸入先だ。ちなみみに2020年の豚肉の自給率は50%で、その前の年は49%だった。

きっかけは1960年の新日米安全保障条約

こうしたアメリカ依存の食料供給体制は、昭和の時代からずっと変わることがない。

始まりは、新日米安全保障条約だった。戦後、サンフランシスコ講和条約と同時に締結された日米安保条約を、1960年1月に改定した。そこに両国の経済協力条項が、あらたに盛り込まれる。

これによって、のちに「東洋の奇跡」とも称された戦後日本の高度経済成長がはじまる。日本は生産性の優れた工業を特化。安価で性能の高い工業製品をアメリカ市場に売り込む。一方で、アメリカからは安価な穀物を主体とした農業製品を輸入。こうした対米輸出入型の貿易構造を立ち上げたことで経済成長が進んだ。

戦時中の食料不足にあえぎ、戦後の農地解放もあって食料自給率を急速に80%近くにまで伸ばしていた日本だったが、この1960年をピークに下降していく。それも着実な右肩下がりで、平成になると50%を割り込み、東日本大震災の前には40%を切り、そして令和になってはじめて37%を記録している。それだけ食料の海外依存、とりわけアメリカを中心に依存度が増していったことになる。

敗戦後の日本への食料支援や、その後の学校給食もパンと牛乳で普及していったように、アメリカ側には日本に洋食文化を浸透させるためのしたたかな側面もあった。洋食化と同時に肉食が浸透すれば、畜産のための飼料穀物も必要になる。

いまウクライナでは、ロシアの侵攻が終焉したあとの“マーシャル・プラン”の必要性が叫ばれている。マーシャル・プランとは、第2次世界大戦で戦場となった欧州の復興支援に乗り出したアメリカのプロジェクトのことだ。このときにアメリカは食料を武器に使った。

第2次大戦中から、アメリカは国家を挙げて食料の増産体制に入る。ホワイトハウスの敷地内に農園を造った逸話は有名で、それだけ国威発揚を目指したものだった。しかし、それは日本のように本土を攻撃されて極度の食料不足に陥ることを防ぐ、国民のための食料備蓄対策でなかった。

やがてこの戦争に勝利した段階で、欧州にソビエト連邦が進出してくることは、すでに見えていた。いずれは冷戦構造ができあがっていく。そのときに、どれだけ多くの欧州諸国を西側に取り込むことができるか。そこで戦後復興支援としての食料援助が役に立つ。そこを見越した食料増産だった。いままたウクライナで叫ばれるように、このマーシャル・プランが功を奏して欧州諸国は復興を遂げていった。

余剰を解消するための新しい市場が日本だった

だが、戦後も10年が経つと、欧州でも独自で食料が供給できるようになった。そうなると、アメリカが取り組んできた増産体制は、むしろ余剰を生む。それも年々増していく。そのためには、新しい市場が必要になる。

そこへ現れたのが日本だった。小麦やトウモロコシ、大豆といった穀物はアメリカのほうが生産効率は遙かに高く、日本にとっても国内生産よりも安く手に入る。双方の利益が合致する。日本は食料自給率の低下と引き替えに、アメリカの余った穀物を買うことを約束した。それが日米新安保条約の持つもう1つの意味だった。

そんなアメリカ農業にとっての確実な市場である日本を失うワケにはいかない。自給率を向上させてしまうと、市場を奪われることになる。そうはさせない。それは1980年代の日米貿易摩擦の顛末を見ればわかる。

新たに構築された日米循環型の貿易構造のはずが、1980年代になるとアメリカが対日貿易赤字を抱えるようになる。貿易黒字で潤う日本に厳しく市場の開放を求めた。日本製の自動車を目の敵にして、アメリカの農産品をもっと買えと迫った。「どちらが戦勝国かわからない」と発言したアメリカ政府の関係者もいた。結果的に日本は1991年、それまで国内農家の保護を楯に規制していた牛肉と柑橘類の輸入自由化に踏み切っている。

幻に終わったアメリカとのTPP交渉にも、農産品の聖域を設けた。それでも牛・豚肉の関税は時間をかけて下げていくことで合意したはずだった。それをTPPからの離脱を宣言したトランプ政権が、日米貿2国間易交渉の末に結んだ「日米物品貿易協定(TAG)」に継承させている。

そのトランプ政権下で米中貿易戦争が勃発すると、中国がアメリカの農産品に報復関税をかけて買い取りを拒むようになった。それを引き受けたのも日本だった。中国に向かうはずが、売れ残って余剰となったトウモロコシ約250万トンを当時の安倍政権が買い取っている。

アメリカの農業にとって日本は欠くことのできない、そして便利な市場なのだ。そんな市場を手放すはずがない。

「Can you imagine a country that was unable to grow enough food to feed the people? It would be a nation that would be subject to international pressure. It would be a nation at risk.」

(君たちは、国民に十分な食料を生産自給できない国を想像できるかい? そんな国は、国際的な圧力をかけられている国だ。危険にさらされている国だ)

2001年7月27日、ジョージ・W・ブッシュ大統領は、ホワイトハウスでNational Future Farmers of America Organization(アメリカの未来の農業者を支援する国立機関)の若い会員に向けた演説でそう述べた。

日本はアメリカの“食の傘”の下にある

ウクライナ侵攻と同時にプーチン大統領は核兵器の使用も示唆する発言をして物議を醸した。そこであらためて日本はアメリカの“核の傘”の下にあることを認識した。同じように日本はアメリカの“食の傘”の下にある。そのことをアメリカはよく知っている。

ウクライナ侵攻をめぐって日本はアメリカと足並みを揃えた。それは理念ばかりではなく、そうせざるをえない事情もあるからだ。食料供給によって相手国を従わせる。自給率の低下と食料依存体制の強化で、相手国を骨抜きにする。それが重要な市場でもあり、かつての植民地のように機能する構図。

もっとも、これをアメリカや日本政府は「日米同盟」と呼んでいる。だが、私はずっと日本はアメリカにとっての「食料植民地」であると言い続けてきた。だから、岸田首相もあの日以来、自給率については言及していないはずだ。

(青沼 陽一郎 : 作家・ジャーナリスト)