元大手証券マンの黒田康介さん(29)は、4年前に脱サラして焼きそば専門店を始めた。下北沢の1号店に続き、神保町に2号店を開くなど、手応えを感じていたが、そこにコロナ禍が直撃した。黒田さんは次の商材として「バナナジュース」に目を付ける。元同僚で、兼業作家の町田哲也さんがリポートする――。(第6回)

■順調だった脱サラ店長の「焼きそば店」

黒田が経営する焼きそば店「焼き麺スタンド」が神保町に2号店を開店したのは、2019年8月のことだった。売り上げはすぐに1日100食を超えるなど、予想以上のスタートだった。

オープンした神保町店。1階がおもに厨房で、2階が客席になっている。(写真提供=焼き麺スタンド)

開店2カ月ほどたち、落ち着きかけた売り上げがふたたび拡大したきっかけは、今回もテレビ出演だった。10月に「news every.」(日本テレビ系)で紹介されると、客入りがさらに増えた。

住宅地では6時のニュースを見ている人が多いのだろうか。とくに好調なのは下北沢の1号店だ。平日に100食、週末には150食に届くようになった。以前紹介された「メレンゲの気持ち」(日本テレビ系)の時より効果が大きい印象だ。神保町も平日で100〜120食、週末で70〜80食程度出るようになった。

黒田は同時に、焼きそば店のサイドメニューとして「バナナジュース」の販売も開始していた。もともと東銀座にある専門店から発想を得たもので、家庭で作るには面倒だが、ときどき飲みたくなるのがポイントだ。

冷凍バナナと牛乳をミキサーで混ぜるだけでよく、手間がかからないうえに収益性が高い。健康かつ機能的な食べ物で、便利な食事のスタイルがオフィス街の神保町にもおしゃれな街の下北沢にも合っていた。

バナナジュース事業を開始するにあたりクラウドファンディングで資金募集したときに、営業担当者の目に留まり、その後は京王ストアから仙川駅(東京都調布市)にバナナジュース専門店を出店する話も持ち上がったほどだった。

しかし、そこに新型コロナウイルスが、黒田が経営する焼きそば店「焼き麺スタンド」にも押し寄せた。

■街から人がいなくなった新型コロナの悪夢

神保町にある企業の本社ビルが、テレワークに切り替えたのが最初の変化だった。2000人ほどの社員が通うビルで、ランチ客の多くが通っていた。同じような企業が2020年3月に入って続出し、街を歩く人の数が明らかに減っていた。

当初黒田は、それほど悲観的な見通しを持っていなかった。理由は、神保町という街の特性にある。東日本大震災の時も、にぎわいは普段と変わらなかった。神保町は店を開けておくだけである程度の客が見込めるという、知り合いの店主の言葉をそんなものかと聞いていた。

しかし現実は予想以上だった。平日でランチが60食程度まで落ち込み、夜は壊滅的だった。外出せずに家に帰っているのだろう。週末は雨が降ると20食程度だ。仕入れ業者に聞くと、他店でも野菜はいつもの半分くらいしか出ないという。

飲食店の営業スタイルの変化も影響している。ここに来て増えてきているのが、夜の売り上げが見込めないためランチ営業を開始する飲食店だ。ただでさえ少なくなった客足が分散してしまっている。どの店も生き抜くのに必死だった。

筆者提供
プレオープン時に会社の元同僚と。手前が黒田氏。一番左が町田。 - 筆者提供

■緊急事態宣言で事業プランが次々白紙に

下北沢にある「焼き麺スタンド」の1号店も同じ状況で、週末に50食、平日は40食以下という状況だ。コロナ以前と比べると週末は半分程度になった。行列ができることもほとんどなく、開店当時に戻ってしまった。

開始したばかりのバナナジュース事業にも影響が出ていた。3月にある企業の本社ビルにフードトラックを出店する予定だったが、外部業者の扱いを見直すことになったという。事実上の白紙撤回だ。ほかの会社も、保険や衛生面の手続きで止まってしまっている。

焼きそばでは、「嵐にしやがれ」(日本テレビ系)への出演が予定されていた。店の撮影は終えたが、スタジオ撮影がこれからだ。日テレは現在外部業者の立ち入りを禁止しているので、緊急事態宣言が明けてからスタジオで撮影することになっている。

フジロックからの出店要請もあった。15万人程度の客が来場するイベントだ。8月21日〜23日の3日間の開催が予定されており、91時間ぶっ続けの営業を企画している。怖いのは東京オリンピックの延期で、イベント自体が中止になる可能性がある。すべてはコロナ次第だった。

この頃コロナ対策と並んで黒田が悩んでいたのが、下北沢店の扱いだった。大成功した神保町に比べて売り上げが見劣りするうえに、店舗としての独自性が出せていなかった。

このまま焼きそば屋として継続していくか、比較的に好調だったバナナジュースの専門店に切り替えるか。週末の焼きそば需要を逃がさないためには、平日のみバナナジュース専門店というのも面白いかもしれない。または完全撤退か。打ち合わせをして、下北沢店の店長を任せる粕谷の考えを聞く予定だった。

黒田は、焼きそば屋としては撤退してもいいかと思っていた。1月は黒字だったが、2月、3月と赤字が続いている。むずかしいのはコロナの影響で、神保町も1月、2月は黒字だったが、3月は赤字になりそうだった。

■継続か、撤退か

売り上げ以上に黒田の心残りだったのは、粕谷を店長として十分育成できずにきてしまったことだ。店のスタッフとしての実力はあるが、経営者としての意識づけが十分できていない。

神保町への出店を焦ったのが原因だろうか。ほかのアルバイトもそうだが、指示待ちになりがちなマインドを変えなければならない。業者との折衝や店舗展開の考え方など、黒田と一緒に働きながら育成していく必要性を感じていた。

粕谷も同様の認識を持っていた。ぼくがときどき下北沢店に顔を出して調子を聞くと、決まって返ってくるのは苦笑いだった。

「店長っていっても、実態は康介さんのワントップで、ぼくもスタッフの一人みたいなもんなんですよ」

人の良さそうな笑顔にときおり浮かぶ陰に、悩んでいる様子がうかがえた。

「下北沢を任せられて半年くらいか」
「そうですね。とはいっても、イベントをやったり雑誌に載せてもらったり、康介さんの発想についていくのが精いっぱいで、自分からできたことがほとんどないです」

粕谷はマクドナルドでのバイト経験が8年ほどあった。それと比較しているのだろう。以前は自分の持ち味を発揮できる場所を見いだせたが、今はそれがむずかしいという。大事なのは攻めの姿勢だ。コロナ禍で落ち込んだ売り上げを伸ばすために、何が足りないのか。一歩踏み込んだ戦略を考え、実行することが求められていた。

■新メニューで現状を打開しようとしたものの…

粕谷が出した打開策は、新しいメニューだった。ソースとナポリタンの2種類しかないのでは、どんなに焼きそばが好きな客でも飽きてしまう。濃い味の商品しかないというメニューも変えてみたかったという。

ときどき券売機のメニューの場所を変えているが、うま辛焼きそばを一番目立つ場所に持ってくるだけで売り上げが伸びることがある。客がいかに新しいメニューを求めているかを示していた。

何度もトライして出来上がったのが、オリジナルの塩焼きそばだ。具材は豚肉、キャベツにニンジン、ネギ、ニンニクで、スパイシーさを強調してみた。レモンをかけて食べてほしい。ポップなどの販売ツールが準備できれば、4月中にもスタートしたいという。

「一番の問題は、店の目標を従業員と共有できていないことにあると思うんです。正直いうと、ぼく自身焼きそばが好きだったわけじゃないんで、焼きそばを食べに来る客が本当にいるのか不安で仕方なかったんです。店長が疑心暗鬼なんですから、目標なんて持てるわけないですよね。でもそれじゃダメなんです。発想を切り替えないと」

問題点がどこにあるかはわかっていた。より深いコミュニケーションを求めているのは、新米店長のほうだった。

粕谷が作ったという塩焼きそばに対する黒田の印象は、決して悪くなかった。以前神保町開店用に試作した塩焼きそばに比べて、スパイシーな味が新鮮だ。ソースに飽きた人には新鮮に映るかもしれないし、コスト計算も悪くない。

しかしそんなメニューでは太刀打ちできないほどの勢いで、新型コロナウイルスは広がっていた。

■人件費を削り辛うじて店を守る日々

最悪期は、3月末から4月初旬にかけてだろうか。神保町は30食、下北沢は8食しか出ない日もあった。3月は下北沢で20万円程度、神保町で40万円程度の赤字に終わった。

4月のほうが売り上げは落ち込んでいるが、人件費を削ったので、損益はそこまで悪くない。神保町はランチが2人で夜はワンオペ、下北沢は1日ワンオペで回すことにした。コストをギリギリまで削減して、売り上げ減少に対応するしかなかった。

神保町は夜ほとんど客が来ないので、早く店を閉めるようになった。週末は様子を見ながらだが、土曜日は営業し、日曜日は閉めることが多い。仕込みの量を抑えているので、急に客が多く来店したときには、急いで追加の仕込みをする。

一方で、店を開けておくことの意味も感じるようになった。

あまりに多くの店が休業に追い込まれたため、どこにもランチに行けない人が流れてくるという現象が起きている。ランチの需給が一時的に崩れており、緊急事態宣言が出て以降のほうが、客足が伸びている印象がある。

黒田が意識する老舗やきそば店「みかさ」(東京・神保町)のような人気店は、ほとんど影響を受けていないという。このような時期にしか食べられないと考える客が集中しており、いまだに行列ができている。焼き麺スタンドには、まだそこまでの知名度がなかった。

■激変する客のニーズへの気づき

しかし着実に変化が起きつつあることも、黒田は感じていた。

一つは飲食宅配代行サービスのウーバー・イーツや、テイクアウト需要の拡大だった。住宅地が近い下北沢はデリバリーのオーダーが増え、すぐに来店数を上回った。オフィスビルに近い神保町で多いのはテイクアウトだ。会社員が持ち帰って、オフィスで食事しているのだろう。減っているのは来店客であり、飲食に対するニーズは消えていなかった。

写真提供=焼き麺スタンド
コロナ後にデリバリーのニーズが高まった。 - 写真提供=焼き麺スタンド

二つ目の変化は、バナナジュース需要の高まりだった。神保町で1日50〜60杯、下北沢で30〜50杯出るようになっていた。驚くべきことは、宣伝していないのに売れることだ。焼きそばの客が一緒に買っていくことが多かったが、今ではバナナジュース単体の客も増えている。それだけポテンシャルのある飲みものだということだろう。

反応が大きいのは割引クーポンだ。リスタートキャンペーンとして一杯100円引きにすると、1日の売り上げは150杯に達した。トッピング込みで平均450円の売り上げに100円程度の原材料費がかかるので、粗利益は350円になる。これが250円になっても150杯売れれば4万円近くになる。

写真提供=焼き麺スタンド
完成したバナナジュース。当初のレギュラーサイズで450円。 - 写真提供=焼き麺スタンド

一方で焼きそばは一食当たり700円と粗利益は高いが、50食出ても3万5000円程度だ。キャンペーンの効果を考えても、収益貢献度で引けを取らない。

バナナジュースは焼きそばに比べて単価は低いが、作るのに手間もコストもかからないのが魅力だった。冷凍バナナと牛乳をミキサーで混ぜるだけなので、アルバイトも間違えようがない。競合が少なく、コスト管理が可能で再現性が高いという、黒田がビジネスに求める3つの要素を満たしていた。

このビジネスの根幹は、バナナの保管スペースとロジの確保だ。大量の冷凍バナナを保管するのに、今は業務用の冷蔵庫を使っているが、足りなくなるのは目に見えている。倉庫兼セントラルキッチンとして使える場所を探していた。

■緊急事態宣言下で変わり始めた「脱サラ店長」

一度目の緊急事態宣言が解除されて、最初の週末のことだった。ぼくは昼前から出社し、1時過ぎに神保町に向かった。テーブル席に男女が一組、カウンターに男性が一人、バナナジュース待ちの男性が一人いた。

ぼくの後で男性が一人カウンターに座り、3人組がテーブルに座り、バナナジュース目当ての男女が一組入ってきた。かなりの混み具合に思えたが、黒田がいうには、たまたま混む時間帯だっただけだという。非常に厳しい一週間だった。

写真提供=焼き麺スタンド
神保町店でバナナジュースの準備を進めるスタッフ。 - 写真提供=焼き麺スタンド

雨が多かったからか、平日でも焼きそばが20食に届かない日が続いた。「嵐にしやがれ」は、スタジオ収録の日程すら見えない。悪いことは重なるもので、フジロックの中止がリークされた。

「これで、キッチンカーを売却する踏ん切りがつきました」

まだ主催者から正式な連絡は受けていないが、すでに決定したに等しいのだろう。当面何を目標にすればいいのだろうか。黙り込む黒田の表情が、今までになく暗かった。

小さな記事だが、『大人の週末』(講談社)で取りあげられたらしい。神保町でナポリタンを食べるという特集で、焼きそば屋のナポリタンというのが珍しかったようだ。覆面での取材だったので、知らされていなかった。思い出せば、ここ数日ナポリタンに関する問い合わせが多かった気がするという。

メディアの動向に敏感な黒田らしからぬ反応だった。焼きそばに対する関心も低下してしまったのだろうか。

■コロナ禍で掴んだ“儲けの秘策”

とくに厳しいのは下北沢店だ。開店2周年セールとして焼きそばを一杯500円で提供しているが、いまひとつ売り上げに結びついていない。平日30食、週末50食といったところで、神保町に比べても戻りが鈍い。

神保町は平日50〜60食、週末30〜40食と最悪時を脱しつつあるが、売り上げの水準としてはまだまだだ。近くのビルに勤める社員が徐々に戻っているという状態で、今までと違って顧客の山も分散している。

近所の店も引き続き苦しいようで、「キッチン南海」が閉店を決めた。神保町ではいちばんといっていい人気店だったので衝撃だ。店舗の老朽化が理由のようだが、コロナの影響がないことはないだろう。ほかにも居酒屋チェーン店が閉鎖を決めた。

焼き麺スタンドにとって、頼みの綱はバナナジュースだった。

黒田の秘策は、下北沢店のスペースを半分にして、残りをバナナジュースの拠点することだった。デリバリー増加と来店客の減少で可能になった策で、焼きそばで賃料分の売り上げさえ確保できれば、家賃のかからないバナナの倉庫兼セントラルキッチンと位置づけることもできる。政府の補助金があるうちに、ビジネスの転換を進める必要があった。

筆者撮影
バナナスタンド仙川店で準備する黒田さん。左は容量1000リットルの冷凍庫。 - 筆者撮影

■客の変化に合わせ、「焼きそば」から「バナナ」へ大転換

「ついに決まりました」

6月のある日のことだ。ぼくが仕事の後で店を訪れると、黒田は顔を赤くしていった。

バナナジュースで、仙川駅への出店が決まったという。8月末にスタートする。駅に隣接する京王ストアのリニューアルオープンに合わせて、同社が管轄する駅ナカスペースを賃貸運営する一環だという。

バナナジュースのような新しい動きが、新鮮に思えたのではないかというのが黒田の読みだ。同社の社長が自分でバナナジュースを飲み歩き、最後は味で決めたという。オープンに先駆けて、経営会議にもバナナジュースを提供した。

コロナ禍で落ち込んだ売り上げに対して、黒田が重視したのは顧客の変化を見極めることだった。飲食のニーズが減ったのではない。外食したい客の数が減ったのだ。テイクアウトやデリバリーに対する対応を強化するとともに、売り上げの戻りが大きいバナナジュースへと注力することで活路を見いだそうとしていた。

黒田は久しぶりの新商品として、焼きそばブリトーとバナナジュースのセットを開始した。今までもブリトーは準備していたが、適切な販売タイミングが見つからなかった。普通のソース焼きそばでは味が弱くなってしまうので、濃いめのソースを後掛けすることにした。ジャンクな味にすることで、ブリトーと一緒に食べても味が鮮明に残る。

決め手になったのは、バナナジュースに合うことだった。あらゆることがバナナジュースを中心に回りはじめていた。

写真提供=焼き麺スタンド
焼きそばブリトーはジュースとセットで販売した。 - 写真提供=焼き麺スタンド

■バナナジュース店を開業、目標を超える売り上げ

バナナスタンド仙川店がオープンしたのは、8月31日のことだった。滑り出しは予想以上だった。初日で売り上げは750杯に達し、翌日は760杯、3日目も700杯を超えた。一日500杯を目標にしていただけに、黒田も驚きのペースだった。

やはり駅ナカは立地がいい。ホームから近く、出入り口も一つしかない。今まであまり駅ナカに出店させてこなかった、京王ならではのメリットを享受できている。

筆者撮影
開店当初の仙川店。駅ナカで来店客が絶えない。 - 筆者撮影

売り場面積は1坪、厨房は3坪ほどの広さだ。今の客数をさばくには一人では無理なので、当面は黒田とアルバイト2人で対応していく。駅ナカでやる以上は、一杯20秒以内で出す必要があり、メニューもオペレーションも簡素化した。

客単価は平均450円程度なので、一日400杯としても18万円程度の売り上げになる。原材料費が100円ほどかかるので、粗利益は一日で14万円程度だ。通常であれば家賃が月に80万円程度はかかるが、これだけ売り上げが立つのは魅力だ。

重要なのは、初期投資を250万円程度と低く抑えることができたことだ。接客をしないので店舗にお金がかからず、人件費も低い。資金調達に悩まされることもなければ、損益分岐点に余裕ができるので回収もむずかしくない。

■脱サラ店長が見つけた飲食業の勝ち筋

「飲食店はもうからないっていうのも、間違ってないかもしれないですね」

一冊の本をバッグから取り出すと、黒田は腕を組んだ。素人が飲食店に手を出してはいけないと警告する、ある経営コンサルタントが書いた新書だった。

資金繰りに限らず、店舗作りから原価管理、マーケティングまで、飲食店は経営学のあらゆる要素が求められるむずかしいビジネスであり、素人が安易にはじめてはならないというのがその著者の指摘だ。ぼくが読んで感想を教えてほしいと、1カ月ほど前に渡してあった。

「店をやってみたうえでの実感かな」
「朝早いし夜遅いし、決して楽な商売じゃないですからね。しかも何が売れるかなんて読めない。一年くらいは客が来なくてもどうにかなるだろうっていう気持ちがないと、やってられないと思いますよ。でも必死でやってるうちに、借金の返済と忙しさに追いかけられて、何がしたいかわからなくなっちゃうんです。すごくよくわかります」

黒田は苦笑いしながら、だからこそ大事なのは経営理念だといった。

何をしたいのかという軸がないと、継続していくことはできない。そこまで考えずにこの業界に参入すると、失敗するしかないのではないか。

料理が好きとか、食べるのが好きというだけでは、飲食店はむずかしい。何年続けることができるかというプランと、体力が必要だ。ただ気をつけなければいけないのは、経営理念は理想ではないことだ。求められるビジネス形態はどんどん変化している。

それはコロナ禍を通じて、黒田が一番実感していることだった。

目指していた行列は回避すべきものになり、料理は店に行かなくても味わうことができる。焼き麺スタンドでは、店内で食べるよりテイクアウトやウーバーの売り上げのほうが大きくなっている。客の喜ぶ顔は想像するしかない。

ある意味でそれをいっそう推し進めたのが、バナナジュースといえるだろう。

筆者撮影
スタッフ二人で対応。駅ナカなので待たせないことが重要。 - 筆者撮影

■もはや飲食店で、テーブルは必要ないかもしれない

接客サービスをしないことで、飲食店経営におけるムリ・ムダ・ムラを極限まで排除している。売れなければすぐに切り捨てるという身軽さもある。求められるのは、流行で客を引き寄せるのではなく、客の習慣に入り込むことだ。

黒田が想像していた飲食店ビジネスとは、まったく違う世界を突き進んでいた。しかしこんなビジネスでなければ生き残っていけないほど、社会情勢は厳しかった。

写真提供=焼き麺スタンド
バナナスタンドで使用しているミキサー。冷凍したバナナと牛乳しか使わない。 - 写真提供=焼き麺スタンド

もはや飲食店で、テーブルは必要ないかもしれない。自分ではじめてみなければ、この変化はわからなかった。

黒田はバナナジュースに商機を見いだし、のちに年商1億円を稼ぐジュース専門店に成長させていく。(続く)

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町田 哲也(まちだ・てつや)
作家
1973年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。大手証券会社に勤務する傍ら、小説を執筆する。著書に、天才投資家と金融犯罪捜査官との攻防を描いた『神様との取引』(金融ファクシミリ新聞社)、ノンバンクを舞台に左遷されたキャリアウーマンと本気になれない契約社員の友情を描いた『三週間の休暇』(きんざい)などがある。
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(作家 町田 哲也)