写真・共同通信

 ロシアが、ウクライナへの侵攻を開始してから約1カ月。欧米諸国による経済制裁をはじめとしたロシアへの圧力は日に日に高まっている。

 日本政府も例にもれず、政府の方針としてウクライナの首都キエフをウクライナ読みの「キーウ」へ変更することを正式に発表した。

 そんななか、母国が世界中から非難される “侵略者” にされてしまった在日ロシア人は複雑な立場に立たされている。

「プーチン政府をなんとかしないといけないことはわかっているけど、何もできずにいます……」

 そう語るのは、錦糸町で多国籍バーを経営するソフィアさん(仮名・49)だ。ロシア極東部のハバロフスク出身で、故郷には両親と姉がいるという。

「両親や姉とは頻繁に連絡をとっていましたが、ウクライナ侵攻が始まったとき、『まさか!』と思いましたよ。

 東部のドンバス地方に攻めこむのは、少しは予想できましたが、まさかウクライナ国土全体にまで侵攻するとは、誰も想像していなかったと思います。

 私自身、今回の侵攻は絶対に反対です。ウクライナについては、以前からロシア国内で『ロシア人をいじめている』『ナチスのグループがある』と報道されていました。

 確かにナチスを礼賛するグループはいます。でも、4000万人もの国民がいるなかでネオナチなんてほんの一部でしょう。戦争以外の方法はあったはずです。

 現地のロシア人の間でも、私の甥など、20〜30代の若い世代はみんな戦争に反対しています。

 ただ、悲しいことに、個人の力だけではロシアで何もできない。デモをしても捕まるか、お金のペナルティが課せられるので、みんな怖がっています。平均給与は2万5000ルーブルなのに、罰金は3万ルーブルですからね……。

 しかし、私の70代の両親は『戦争には反対だけど、プーチンは正しい。こうなるしかなかった』と本気で考えています。

 もちろん、現地では “戦争” という言葉を使ってはいけなくて、“スペシャルミッション” と呼んでいるんですよ。明らかに戦争なのに」

 ロシアに課せられた厳しい経済制裁によって、ロシア人の生活も悪化しつつある。

「食品が少なくなっていることはありません。ただ、トイレットペーパーなどの日用品が少なくなっています。

 特にジョンソン・エンド・ジョンソンの衛生用品など、外資系の日用品は3〜4倍ほど高騰しているようです。

 今まで毎月3〜4万円ほど両親に送金していましたが、送金できなくなってしまいました。

 ロシアではけっこう大きな額なので、この状態が続いたとき、両親がきちんと暮らしていけるか不安です」

 ロシアから脱出しようとする若者も増えているという。

「もう今は無理かもしれないけど、知人が2週間前に、ロシアから出国していました。

 ハバロフスクからは直行便がなくて、まずモスクワに飛んで、そこからさらにトルコ、カナダと移動したそうです。

 モスクワの空港で荷物はもちろん、携帯の内容まで厳しく調べられたそうです。『なぜ国から出るのか』と質問されたとも言っていました。

 携帯を調べるのは、ロシア政府を批判するような活動をしていないかチェックするためだそうです。

 知人は空港に行く前にデータを全部消したそう。もし政府に批判的な活動をしていた場合、どうなるかはわかりません」

 ソフィアさんのお店には、ロシアやウクライナを含む東欧の客が多かった。飲みながら、国籍に関係なく他愛のないことを話す場だったが、ウクライナ侵攻を機に、戦争の話はタブーになった。

「お酒が入るから、みんな感情的になってしまう。ある女性が『ロシアが正しい』と言い出して、ウクライナ人たちが『なに言ってるの!』と反発してね。

 こういう口論が増えてきたから、うちのお店ではそういう話はやめましょうと取り決めました」

 知人の在日ロシア人レストランには、日本人からの嫌がらせもあるという。

「知り合いのロシア人女性オーナーのところに電話がかかってくるそうです。『ロシアに帰れ』とか『お前らはプーチンの糞の丸焼きだ』なんて汚い言葉をつかって嫌がらせしてくるそうです。

 もちろん、私たち一市民に言われたって困りますよね。でも、ロシア人だから仕方がない。ある程度は覚悟していますよ」

 ウクライナ人の常連客は、母国に帰って戦争に参加している。

「いつも顔を見せていたウクライナ人男性の姿を見ないから、連絡してみたらキエフに帰っていて、戦争に参加していると言っていました。今も生きているかはわかりません。

 あの有名ユーチューバーのサワヤン兄弟のお父さんもよく来てくれていたんですよ。彼も、今はウクライナで戦っているそうです。

 ロシアとウクライナは、本当に兄弟のようなもの。今回の戦争は、寂しいし、悲しいです。困難な状況にある人を助けるために、取材謝礼はすべてウクライナに寄付させていただくつもりです」

 戦争のいちばんの犠牲者は、いつも無辜の市民だ。