ノスタルジックな「タイル」の時間旅行へ。“タイル博士”と巡る100年の歴史とその魅力
現在、レトロブームの影響でノスタルジックな建築がSNSを賑わすなか、建物の壁や床に用いられるタイルの魅力が再注目されています。2022年4月12日は、「タイル」という名称に国内で統一されてから100周年を迎える日。

アニバーサリーを迎えるにあたり、国内外のタイルに精通した「タイル博士」こと、INAXライブミュージアム主任学芸員の後藤泰男さんに「タイルの魅力」をテーマにお話を伺いました。100年の歴史をさかのぼってからレトロな建築を眺めると、なおさらタイルのことが愛おしくなるかもしれません。

ーー『タイル名称統一100周年 LIXILスペシャルサイト』

撮影協力:INAXライブミュージアム
※表紙の写真は「帝国ホテル旧本館」の展示前にて。
※撮影・取材は新型コロナウイルス感染症予防に配慮したうえで実施しました。
※写真撮影時のみマスクを外しています。


後藤泰男(ごとう やすお)
LIXILが運営する文化施設・INAXライブミュージアムの主任学芸員。1985年伊奈製陶(現LIXIL)入社。世界最古のタイル復原を手掛けて以来、趣味でタイルの歴史を探りながら約20カ国を旅する。国内では、帝国ホテル旧本館などに使用されたタイルの調査、復原に携わる。タイルに関連する著書(共著)も多数。


後藤泰男さん。「世界のタイル博物館」内の「イスラームのタイル張りドーム天井」を眺める


機能性と美しさを兼ね備えた“タイルの先祖”たち


「タイル博士」として国内外のタイルを求め、約20カ国を旅した後藤さん。一番好きなタイルについて伺うと「タイルは多種多様だから、僕には絞れませんね……」と苦笑いしながら頭を抱えます。

後藤さんは1997年開設の「世界のタイル博物館」(INAXライブミュージアム内)の立ち上げに携わったのち、帝国ホテル旧本館や早稲田大学大隈講堂、東京駅丸の内駅舎など、さまざまな歴史的建造物に用いられたタイルの調査・復原を行ってきました。

帝国ホテル旧本館で使用されたスダレ煉瓦


後藤さんの趣味は「タイルの歴史を探ること」。1995年に古代エジプトのピラミッド地下空間のタイルを復原したことを機に、タイルの魅力に目覚めたと振り返ります。

「伊奈製陶(現LIXIL)の技術開発部門に属し、『最先端のタイルを作るぞ!』と意気込んでいたんです。だから古いタイルを調査することの意義には疑問をもっていました。ただ調査を重ねるうちに、さまざまな建築物で用いられるタイルの虜になっていきました」

古代エジプトのピラミッド地下空間に張られていた実物のタイル ※所蔵 INAXライブミュージアム


後藤さんを「タイル博士」の道に誘った古代エジプトのタイルとは、紀元前2650年に作られたもの。タイルはやきものであるがゆえに、その美しさが4000年以上の時を経てもほぼ朽ちていないのですが、その当時、タイルは宝石のような「装飾物」として用いられていたそうです。

「タイルは“TEGULA”(ラテン語で「覆う」という意味)という語源にもある通り、外壁や内壁、床を覆う素材を指します。ピラミッドでタイルが用いられる以前から、建築素材としてやきものは使われていましたが、この古代エジプトのタイルには装飾的な意味合いがありました。当時は、宝石や王家の象徴として、タイルが用いられていたんですよ」



その一方、日本では仏教伝来とともにやきものが建築素材として使われるようになりました。日本最古の瓦屋根をもつ奈良県・元興寺が建てられたのは6世紀(奈良時代)頃。そして鎌倉時代にかけ、屋根のみならず壁や床にも瓦が用いられるようになります。

鎌倉時代の敷瓦(寺社仏閣建築などで床に敷かれる瓦)。瓦には装飾が施されている


江戸時代には中国からの影響で、釉薬(ゆうやく・陶磁器の表面に付着したガラスの層のこと)を用いた色鮮やかな瓦を壁に張るようにもなりました。

江戸時代初期の色鮮やかで装飾性の高い瓦。内装に用いられた


「もともとは機能性を重視して用いられていた瓦ですが、古代エジプトのタイルと同様、日本でも高級品として扱われていたんですよね。ある程度の権威がなければ、瓦を住宅に使うことはできなかったんです。壁に美しい瓦を張るのも、あくまで敵から人や財産を守るためでした。

例えば、お城の壁に使われていた瓦などは、今見ても色合いが綺麗ですよね。当時の人々は機能性を求めていたにもかかわらず、実は美しさも兼ね備えていたのです」

“タイルに名称統一”を境に人々の生活は大きく変化


明治時代に突入すると欧州から美しい陶磁器のタイルや煉瓦(レンガ)が伝来し、明治後期にはテラコッタ(アメリカで建物の壁を覆うためのやきもの建材をテラコッタと呼んでいた。タイル名称統一後は、大形の立体的なもののみをテラコッタと呼んでいる)も導入されます。ここで、あらゆる技術が日本へ持ち込まれたことによる弊害が……。

「敷瓦や壁瓦、テラコッタなど、用途に応じてさまざまな呼び名があったため、大工たちに混乱が生じてしまったのです。そこで、1922(大正11)年に東京上野で開催された平和記念東京博覧会の全国タイル業者大会で、それらをすべてタイルという名称に統一する、という宣言がなされました。その日が4月12日で、これを記念して2021年に “タイルの日”になったんですよ」



「実はこの大会は、名称統一以上に大事な意味合いをもっていました。それは、宣言文のなかに『営業の一進歩と言うべし』という文言が添えられていること。つまりタイルを発展させるために、あらゆる職人たちが一丸となって業界を盛り上げていこう、ということを決意した瞬間でした」

平和記念東京博覧会の会場には、外壁から天井、玄関、床がタイルに覆われた「タイル館」という建物が設けられました。後藤さんは、この博覧会もタイルの発展に大きく寄与していると語ります。

「第一次世界大戦後、世界的にスペイン風邪が大流行し、1921(大正10)年に収束しました。当時の博覧会では『衛生館』というパビリオンや、タイルに覆われたガス風呂やタイル張りの化粧室なども展示されました。

また『文化村』という一角には、今でいう住宅展示場がオープンし、台所や浴室、トイレなどの水まわりでタイルを用いる建築も紹介されたんです。まさにタイルが一般の家庭に用いられるようになったきっかけでした」

文化村住宅で展示されたモデルハウスの図面。赤枠はタイル張り床と思われる場所


また、大正時代には東京銭湯組合が衛生環境を懸念し、従来は木造が主流だった銭湯の床を石張りか、タイル張りにするようルールを制定。一般的に広く“タイル=衛生的”という認識が国内に広まるきっかけになりました。特に、住空間で用いられるタイルは「汚れがわかりやすく、落ちやすい」ことから白色のタイルが普及します。

衛生的というイメージから、白色のタイルが住空間で使用される(提供: 江戸東京たてもの園)


居住空間では衛生面からタイルが活用されるようになった一方、公共空間では装飾豊かなマジョリカタイル(多彩な色を用いてレリーフを施したタイル)も多く用いられるようになりました。

「ホテルや料亭の床や壁に、装飾性の高いタイルが使われるように。大正から昭和にかけては、タイルで描かれた銭湯絵も登場したのです。第二次世界大戦中は“贅沢品”として、タイルの使用に多額の税金がかけられるようにもなったのですが、戦後はアメリカの進駐軍が利用を推進したことにより、再びタイルが建築物に用いられるようになりました」

国産のマジョリカタイル(正面左)の展示前にて


“工芸品”から“工業品”へ――次の100年に込める願い


名称が統一されたことによって、日本国内に普及したタイル。第二次世界大戦後は、より工業製品としての需要が拡大していきます。モダンなビル建築が主流となり、装飾性も徐々に失われ、タイルには主に“機能”が求められることに。

「1922年の名称統一以前、タイルは“工芸品”であり、一つひとつ手作りで生産されていました。機能性と美しさを兼ね備えていたタイルですが、名称統一後もしばらくは化粧煉瓦や腰瓦、という旧名が残っていたんです」

後藤さんが手に持つのは、昭和初期の白タイルの役物(特殊な形状の物)


「“タイル”という呼称が完全に統一され、それらの旧名が消滅したのが 1929(昭和4)年。日本標準規格(JES)(現: 日本産業規格(JIS))がタイルの素材や用途によって製品名を定義するようになると、より“工業製品”の意味合いが強まりました」

「いかにモダン建築のなかにタイルを用いるか」を追求する建築家や、アートモザイクタイルを手掛けた岡本太郎、東郷青児など、よりタイルの“美しさ”を求める人々がいたのは確か。しかし、大量生産されたタイルや、値段の安く機能的な壁紙などが普及するにつれ「手作りのよさ」が残ったタイルは徐々に失われていったのです。

1951(昭和26)年頃、富士屋ホテル(熱海温泉)の大浴場に描かれた東郷青児のアートモザイク


では名称統一がなされてから100年が経過した現在、なぜ「手作りのよさ」を残したタイルが人々の心を掴むのでしょうか? 後藤さんは古きよきタイルのもつ魅力について、次のように語ります。

「昔ながらのタバコ屋さんなどをよく見ると、モザイクタイル(表面積が50平方センチメートル以下の装飾用平物タイル)やマジョリカタイルが使われています。実は、こういったレトロな建築物に使われているタイルって、当時の流行の最先端なんですよね。たとえ建築物そのものは朽ちていっても、タイルだけは朽ちることなく当時の姿のまま残り続けます。そのギャップが魅力なのではないでしょうか。

江戸東京たてもの園に展示されたタバコ屋さん。タイルの魅力が再認識できる(提供: 江戸東京たてもの園)


「技術はどんどん進歩している以上、当時のノスタルジックな時代に戻れないことは事実。昔と同じタイルを現在も作り直せばいい、という問題ではないと思っています。例えば、当初は水まわりの環境を整えるために活用されたタイルですが、現在では技術が進み、寝室などの乾燥した空間でも用いられるようになりました」

1998年には、LIXILからニオイ・有害物質などを吸収し、土壁のように調湿してくれる『エコカラット』というタイルが登場しています。また、注目の機能タイルとして、ダニや花粉などの環境アレルゲンの機能を抑制する『アレルピュア』なども開発されています。

20年以上前に発売された『エコカラット』は、現在でも多くの住宅や公共空間で使われている


「大事なのは、機能を追求するとともに“美しさ”も求めること。もし今の人たちに100年間の歴史のバトンを引き継ぐとしたら、今後も機能だけではなく“美しさ”を追求してほしいです」

現在、過去の建築物を調査し、復原する事業にも携わっている後藤さん。復原において重要なのは「当時建築に携わった人が、何を考えてタイルを活用したか、という想いまで深く掘り下げること」だと語ります。

タイルの魅力と発展の歴史を紹介する「世界のタイル博物館」エントランスアーチで


今後、INAXライブミュージアムでは、日本のタイル100年のあゆみを振り返る企画展「日本のタイル100年――美と用のあゆみ」を4月9日から開催予定です。タイルの美しさはもちろん、当時の人々がどのような想いをもってタイルを活用したか、ということに想いを馳せながら鑑賞することが、次の100年間で私たちの生活をどう進化させ、豊かにしていくかを考えるヒントになるかもしれません。

そのほかにも、スペシャルサイトではタイルに関するクイズラリーなどを展開しているので、タイルについて気軽に考えてみるのもよいですね!

ーー『タイル名称統一100周年 LIXILスペシャルサイト』

【巡回企画展 概要】
タイル名称統一100周年記念 巡回企画展「日本のタイル100年――美と用のあゆみ」
<巡回会場と会期> 
1)INAXライブミュージアム: 2022年4月9日(土)〜 8月30日(火)
2)多治見市モザイクタイルミュージアム: 2022年9月〜(予定)
3)江戸東京たてもの園: 2023年3月〜(予定)
生活様式の変化や都市化に合わせて発展してきたタイルの歴史を振り返り、果たしてきた役割と可能性を考える企画展を開催。

「日本のタイル100年 ―― 美と用のあゆみ」開催記念オンラインシンポジウム
「タイルのこれまでとこれから」

ゲスト: 藤森照信(建築史家・建築家)、若林亮(日建設計 フェロー役員)
開催日時: 2022年4月12日(火)15:00〜16:30 ※終了しました
開催方法: YouTubeによるオンライン配信
参加費: 無料(事前申込制)
※詳細はこちら

【INAXライブミュージアム 施設概要】
株式会社LIXILが運営する、愛知県常滑市にある文化施設。敷地内には「窯のある広場・資料館」や「世界のタイル博物館」、「建築陶器のはじまり館」など6つの館がある。土とやきものが織りなす多様な世界を体感できる施設となっている。
住所: 愛知県常滑市奥栄町1-130
https://livingculture.lixil.com/ilm/



[PR企画: LIXIL × ライブドアニュース]