2022年2月24日に、ロシアがウクライナに戦争を仕掛けた。本稿を執筆している3月7日の時点でも、戦闘は続いている。そして、この戦争で1機の巨大機が破壊された。すでにニュースで報じられているから、御存じの方は多いだろう。

宇宙往還機を空輸するための飛行機

それが、ウクライナのアントノフが1機だけ完成させたAn-225ムリーヤ(登録記号UR-82060)。ウクライナ語で「夢」という意味だそうである。この機体、キエフ近郊のホストメルにあるアントノフ国際空港で駐機していたところ、戦闘で破壊されたという。

ウクライナのアントノフが1機だけ完成させたAn-225ムリーヤ。ロシアとの戦闘で破壊されてしまった 写真:アントノフ


では、どうしてこんな巨大機を1機だけ用意することになったのか。それは、旧ソ連時代に、大型ロケット「エネルギア」や宇宙往還機「ブラン」を空輸する必要が生じたため。モノが大きすぎて陸上輸送は現実的ではないし、分解して機内搭載するわけにもいかない。発地や着地が海に隣接しているわけではないから、海上輸送というわけにもいかない。そこで、大型輸送機の背中に背負わせて空輸することになった。

ただし、そのための輸送機を新規に設計するのは大仕事になってしまう。よくしたもので、すでにアントノフAn-124ルスランという大型輸送機があったので、これをスケールアップして専用輸送機を用意することになった。それがAn-225である。

An-124は全長68.96m、全幅73.3m、最大離陸重量405t、最大積載量150t。それに対して、An-225は全長84.0m、全幅88.74m、最大離陸重量640t、最大積載量250t。機体の大型化に合わせて、エンジンもD-18Tターボファン・エンジンの4発から6発に改められた。

元が軍用輸送機なので、胴体内部には広大な貨物室がそのまま残り、そのサイズは43.3m×6.4m×4.4m。胴体の断面は変わっていないようだが、貨物室の長さはAn-124と比べて6.8m長い。この貨物室の大きさ、そして大きな最大積載重量を活かして、「ブラン」空輸の仕事がなくなった後は、大型貨物輸送機として世界各地を飛んでいた。

同じように宇宙往還機を開発・製造して飛ばしていたアメリカにも、似たような機体があった。それがSCA(Shuttle Carrier Aircraft)だが、こちらはボーイング747の改造で済ませている。2機があり、登録記号N905NAはアメリカン航空で使用していた747-100の改造機、登録記号N911NAは日本航空で使用していた747SRの改造機だった。

フロリダのケネディ宇宙センターに飛行する前のボーイング747を改造したスペースシャトルエンデバーを搭載したNASAのSCA(Shuttle Carrier Aircraft)。 写真:NASA


ちなみに、「ブラン」とスペースシャトル・オービターの機体規模や最大離陸重量に、大きな差はない。ただし、前者は推進用のロケット・エンジンを持たないが、後者は持つという違いがある。だから、ペイロードや自重には差がありそうだ。

巨人機の何が難しいのか

ものすごく単純に考えると、「大きくて重い積荷を載せるのであれば、機体をスケールアップして、大きな主翼をつけて揚力を稼ぎ、エンジンをいっぱい付ければ済むのでは」と思いそうになる。しかし物事、そんな単純ではない。

そこで出てくるキーワードが「2乗3乗法則」。同じ構造のままで単純にスケールアップすると、主翼の面積は2乗に比例するのに、機体全体の体積や重量は3乗に比例するという趣旨。仮に規模を2倍にするとした場合、主翼の面積は4倍、体積・重量は8倍となり、翼面荷重が倍増する。つまり、漫然とスケールアップするだけでは、重くなりすぎて飛べない機体ができてしまう。

だから、巨人機を実現するには何かしらの技術的ブレークスルーが必要になる。それは例えば、「同じ主翼面積で、より大きな揚力を発揮できるようにする」「エンジンのサイズ・重量を変えずに推力を大きくする」「同じ強度や耐久性を持たせつつ、機体構造を軽量化する」など。

また、宇宙往還機の空輸では背中にばかでかい積荷を載せて飛ぶことになるから、それが大きな空気抵抗の原因になる。An-225にしろSCAにしろ、宇宙往還機を載せて飛ぶときには航続性能が大幅に低下したというが、無理もない。しかも、空気抵抗の源は背中に載っており、その位置は機体の軸線よりも上にある。すると、背中に載せた宇宙往還機が引き起こす空気抵抗が、ピッチ方向の影響、つまり機首を持ち上げる動きにつながらないだろうか?

そして、背中に載せた大きな宇宙往還機は空気の流れにも影響する。だから垂直尾翼の形態を変更しており、An-124が胴体後部に垂直尾翼を1枚立てていたのに対して、An-225は水平尾翼の先端に1枚ずつ垂直尾翼を取り付ける双尾翼に改めた。SCAの方は、既存の垂直尾翼はそのままに、水平尾翼の先端にも四角い安定板を追加する方法をとったが、これは既存機の改造だからという理由か。こうして、クリアに気流が当たる垂直安定板を確保しないと、安定性を維持するのが難しくなる。

話はまだある。背中に背負った宇宙往還機は胴体に取り付けた支柱で支える形だから、宇宙往還機の重量、そして飛行中に宇宙往還機に当たる気流によって生じる荷重が、数少ない支柱の取付点に集中してかかってくる。したがって、支柱を取り付ける場所を慎重に決めなければならないし、取付部の周囲では構造強化が必要になっただろう。

このほか、An-225は機体そのものを大幅にスケールアップして最大着陸重量を増やしたため、降着装置の増設も実施した。降着装置が増えれば機体が重くなるが、車輪ひとつで支えられる重量(降着装置の側だけでなく、滑走路や駐機場も含む)には限りがあるから、数を増やさないと、どうにもならない。

○おわりに

かようにさまざまなハードルがあるため、大型で特殊な機体を開発して送り出し、それを実際に飛ばすのは、簡単な仕事ではない。だから、世に出た巨人機の種類は限られるし、巨人機を世に出して飛ばすこと自体が、一つの偉業となる。An-225が多くの人々を魅了したのは、その大きさと希少性による部分が大きそうだが、それを実現するための労苦にも目を向けてみて欲しいものである。

著者プロフィール

○井上孝司

鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。

マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。