日本語には英語に置き換えられない表現がたくさんある。ブロードキャスターのピーター・バラカンさんは「『よろしくお願いします』はいまだにどんな意味なのかわからない。『お疲れさま』や『ご苦労さま』も、英語に翻訳することはできない」という――。

※本稿は、塚谷泰生、ピーター・バラカン『ふしぎな日本人 外国人に理解されないのはなぜか』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

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■ローマ字は英語とは関係がない

【塚谷泰生(実業家)】たとえばvillageはカタカナでは「ビレッジ」と書きますけど、「ヴィレッジ」とも書きますよね。そういうことを日本で体験したとき、自分が言っている言葉と表記されている言葉に違いがあることで、ストレスを感じませんでしたか?

【ピーター・バラカン(ラジオDJ)】ストレスというよりもフラストレイションですかね。ぼくの今度出す本にも書いてあるんだけど、大学で日本語を学び始めたときにこんなことがありました。

大学でカタカナを覚えたてのとき、イギリスの地名や名前をカタカナで書けという授業があったんですよ。ロンドンの一番の目抜き通りであるOxford Streetをカタカナで書けと言われて。ぼくは発音通り「オクスフド・ストリイト」にしたんですけど、そうしたらバツが付いた。

そこで「なんでバツなの?」って聞いたら日本人の先生に「オックスフォード・ストリート」と書けと言われました。「それはおかしい。全然発音と違う」と言ったんですけど「いや、日本ではこうなってますから」と言われて「ああそうか」と思って。今思えば嫌な予感がしたんですけどね(笑)。

【塚谷】日本では明治時代ぐらいからカタカナで英語を表記するようになったんです。

【バラカン】みんな発音を聞かずに字面だけを見て書いちゃうから。ぼくは今度の本で「毎日これを繰り返しなさい」というマントラをもうけました。それは「ローマ字は英語ではありません」というものです。

日本人はローマ字イコール英語だと思い込んでしまっているので、毎日「そうじゃない」ということを言い聞かせないと、ついついローマ字読みで発音してしまう。英語はローマ字と関係ない。ローマ字はあくまで、日本語を知らない外国の人たちに日本の言葉を伝えるための表記方法なんですよ。

■なぜカタカナ外国語を多用するのか

【塚谷】でも日本人から見て、日本語が英語になっているのも多少はありますよね。たとえば「テリヤキ」とか「サケ」とか「スモウ」とか。相撲は「スモー」(「ス」にアクセント)って言われるし、「サケ」は「サキ」と発音される。

【バラカン】カラオケ(karaoke)は「キャリオウキ」になるし。

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【塚谷】そうそう、日本とは発音が全然違うじゃないですか。ぼくはそれを聞くと「えっ!」って思うけど、「ああそういうものなんだな」と思いますね。それはしょうがないんだなと。日本語が英語になっているのはそんなに多くないけど、その逆はたくさんありますよね。

【バラカン】ありすぎです。そこまで外来語を使わなくてもいいですよ。日本語の言葉があるのに、なぜそれを使わないでわざわざカタカナ外国語を使うのかなと思うことが多いです。

【塚谷】漢字・漢語がもともと中国から来てるから、日本語英語もあまり気にならないのかもしれないけど。

【バラカン】いや、でも大和言葉はたくさんあるじゃないですか。使おうと思えばいくらでもある。

【塚谷】そうなんですよ。ヨーロッパの人たちは本当に自分たちの文化を守ろうという意思が強いけど、日本はそれほどではない。たとえばオランダ国立オペラの団員にしても国家公務員だから、国から給料をもらっています。民間に任せると、経営が成り立たなくなってつぶれちゃいますから。

■文化に対してはケチな日本の政府

教会もそうですね。たとえばドイツ人は教会税というのを払っていて、教会を維持しようとしている。パイプオルガンなどの維持やメンテナンスも、すべて税金でまかなっています。だから文化を守ろうという意識がすごく強いんだけど、日本はあまりそういうのがない。なくなったらなくなったで終わり、みたいに感じますよね。

【バラカン】うーん、少なくとも政府は文化に対してケチですね。

【塚谷】文化には厳しいですよね。ヨーロッパの人たちは自分たちの文化に誇り、プライドがあるというか。

【バラカン】日本もプライドはあると思うけどね。

【塚谷】日本は国内市場が中途半端に大きいので、補助金を付けて文化を守ろうとしなくても、楽団員などは何とか食べていけてしまうところがあるんでしょうね。オランダの人口は東京と千葉の人口を合わせたぐらいで1800万人ぐらいですね。ですから、たとえば楽団員や役者を養うためには税金を使うしかない。

■日本に来てすぐに困惑した「よろしくお願いします」という言葉

【塚谷】話は戻るんですが、日本語のカタカナの表記に大きな問題があることは間違いないんですが、そもそもヨーロッパのいろいろな言語を見ても、綴りを見て発音をそのまま読めない例外的な言語が英語だと思うんです。ほとんどの言語は書いてある文字の通りに読めば、たいてい発音は合っています。

【バラカン】そうですね、フランス語にしても、最後の子音が発音されるかどうかはケイス・バイ・ケイスですが、それ以外はほとんど簡単なルールを覚えれば全部わかる。ドイツ語もスペイン語も、イタリア語もそうですね。英語は本当に例外だらけです。例外だらけの特殊な言葉が世界標準の言葉になっているわけで、英語はいろいろある言語の中で一番苦労する言語だと思ってます。

ぼくが日本に来てすぐの頃、「よろしくお願いします」が何を意味するのか、まったく理解できない言葉でした(笑)。

【塚谷】たしかに、ヨーロッパにはそういう言葉はないですよね。

【バラカン】そう。だから最初は自分で言うのが気持ち悪かった。今はもう、さすがに何十年も日本にいるから何も考えずに言いますけど、これは何のために言うのか、何を意味しているのか、とにかく理解できない言葉でした。

【塚谷】バラカンさんが「よろしくお願いします」っていつも言っている裏で苦しんでいたとは(笑)。

■「お疲れさまでした」「ご苦労さまでした」も翻訳できない

【バラカン】海外から日本に来た人は、ぼくと同じようにそのことで一度は悩むと思うんです。だって訳せないでしょ。これは英語でどう言えばいいのか、いまだにぼくはわからないし訳せない。他にも「お疲れさまでした」とか「ご苦労さまでした」とか、そういう挨拶の言葉はたくさんありますけど、これもThank youとか味気ない訳しかないと思うんです。

【塚谷】あとはHave a nice day.とか。まあ「頑張ってね」みたいな感じですね。

【バラカン】See you tomorrow.とか(笑)。そういうのはまだかろうじて訳せるけど、「よろしくお願いします」はいまだに訳せない(笑)。でも「よろしくお願いします」は日本社会の重要な接着剤・潤滑油ですよね。あの言葉をなくしたら日本人はみんなどうするんだろう。えらく困ってしまいますよね。

【塚谷】この言葉については、ヨーロッパやアメリカの人たちに説明が付かないですよね。

■「あなたの意見は?」に疲れて日本に来たスイス人女性

【塚谷】日本には「わび・さび」「もののあはれ」という言葉がありますが、これは日本の災害から来ているのかなと思うことがあります。自然災害が多いからこそ、明日は滅びてなくなるかもしれないという考え方が出てきたのかなと。ぼくは「わび・さび」についてヨーロッパの人に説明しようとして成功したためしがありません。

【バラカン】まあ、仏教の世界観もあるでしょうね。「もののあはれ」は仏教プラス日本独特の考え方ではないかと思いますね。

【塚谷】ぼくがデザインを頼んでいる人がスイス人の女性なんです。彼女は日本でデザインの仕事をしていて、海外の企業から日本で販売する商品のデザインを頼まれていて、とても活躍している。

その彼女に、なぜ日本に来たのか聞いたことがあるんです。彼女によると、スイスの学校では毎日のように「あなたの意見は?」「あなたは何をしたいの?」「あなたの意見を言いなさい」と言われていたけれども、自分にはそんなに意見もないし言いたくもない。「いちいち聞いてくんなよ! うるせーんだよ!」と心の中で叫んでいたと。

写真=iStock.com/SDI Productions
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だからいちいちそういうことを言われるのが嫌で仕方がなかった。日本に来たら誰も何も聞いてこないし、何も言ってこない。これは天国だということで、日本に住んで仕事をすることに決めたそうです。

これはものすごく珍しい例ですね。逆に、すごくうるさい日本人がヨーロッパでうまくやってる例もあるんですよ。はっきり物事を言う日本人というのはたまにいて、そういう人たちはヨーロッパに比較的うまく溶け込んでいる。

■番組後のコメントは「お疲れさま」だけ

普通、ヨーロッパの人が日本に来ると「何も意見を言ってくれない」「自分のことについていいとも悪いとも言ってくれない」「自分の意見を言おうとすると受け付けてくれない」などと言いますが、バラカンさんはそういう嫌な思いをされましたか?

【バラカン】嫌な思いというほどでもないけど、ぼくは毎週番組をやっていて、終わったときに「今日はよかったね」とか「今日のあそこがいま一つだったね」とか誰も言ってくれません。「お疲れさま」というのが唯一の反応で、何でも「お疲れさま」なんですよ。

だから本当によかったときには「今日はすごくよかった」とか、一言言ってくれると嬉しい。あるいは「今日はちょっとあそこ、ぎくしゃくしたな」とか「あの一言は言いすぎだよね」とか、そういうのでも参考になるし。ライターと編集者の関係、ラジオの出演者とディレクターないしプロデューサーの関係というのは本来、そういうものだと思うんです。

フィードバックがあるからこそ伸びるし、成長する。そういうフィードバックがないと「これで本当によかったのか」「自己満足だけでやっているのか」と時々不安になる。それがちょっと物足りないですね。

■余計なことで衝突したくないから何も言わない

【塚谷】何も言われないことでいい部分ってありますか?

【バラカン】うーん、どうだろう。人それぞれで感覚が違うから、何とも言えないな。そのスイス人の女性は人からいろいろ言われたり、意見を求められたりするのをうるさく感じる。そういう人は日本で暮らしやすいと思います。

逆に、もっと意見を言いたい人はヨーロッパのほうがやりやすいでしょう。まあ、それぞれ自分の得意なところでやっていけばいいのかな。「お疲れさま」で終わらせるのは日本のやり方で、もう慣れましたけど。

塚谷泰生、ピーター・バラカン『ふしぎな日本人 外国人に理解されないのはなぜか』(ちくま新書)

【塚谷】余計なことを言ってぶつかりたくないと考えるのが日本人なんですよ。

【バラカン】人と衝突したりすると人間関係が難しくなるから、何も言わない。

【塚谷】なかなか言えないですよ。たとえばバラカンさんがいいと思っていることについて「バラカンさん、あれよくなかったよ」と言えばそこでぶつかってしまうから。「お疲れさま」で終わらせるのは日本の典型的なスタイルですけど、ヨーロッパではそれで終わることはまずなくて、逆にいろいろと言われますよね。「あれはちょっと言い方がおかしかったんじゃないか。こういうふうに言ったほうがよかったよ」とか。

【バラカン】それもお互いを理解することですよね。でも「お疲れさま」という言葉もまた訳せないんだよなぁ(笑)。

■ヨーロッパには“ねぎらいの言葉”がない

【塚谷】仕事が終わったとき、英語で何て言うのかな。金曜日に「じゃあワイン飲もうよ」とかそういうのはあるけど。

【バラカン】See you next week.とか。

【塚谷】たしかにヨーロッパでは終わって「お疲れさま」とは言わないね。それこそSee you next week.で終わりで。ねぎらいの言葉ってないですよね。

【バラカン】なかなかないですね。日本には「ご苦労さま」とか「お疲れさま」とか、そういうねぎらいの言葉がたくさんあるけど。

【塚谷】みんなでまとまって一つのことをやった後は、そういうふうにお互いの健闘を称えて丸く収めようとするというか。「じゃあ、また来週ね」という感じで。

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ピーター・バラカン(ぴーたー・ばらかん)
ブロードキャスター
1951年、イギリス生まれ。高校までラテン語と古代ギリシャ語を学び、大学は日本語学科のあるロンドン大学へ。卒業後、週給20〜30ポンドのレコードショップの店員として働いていたとき、英語のネーティブ・スピーカーを求める日本の音楽出版社、シンコー・ミュージックの求人に応じて74年に来日。国際部で7年間勤務を経て、「CBSドキュメント」などのキャスターに就任。『魂(ソウル)のゆくえ』『ブラック・ミュージック』など著書多数。現在、NHK FMの「WEEKEND SUNSHINE」(毎週土曜7:20〜9:00)などに出演中。
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塚谷 泰生(つかたに・やすお)
実業家
1957年生まれ。埼玉県出身。明治大学農学部卒業。日商岩井(現、双日)に入社。デンマークの日商岩井北欧会社取締役を経て1992年退社。オランダ、アムステルダムで日本食品流通・製造会社を設立し日本食店「串亭」を運営。現在は、機械、食品全般の輸出入、及び食品製造のコンサル業務を手掛ける。福岡大学非常勤講師。著書『ヨーロッパで勝つ! ビジネス成功術』、共著に『ふしぎな日本人 外国人に理解されないのはなぜか』(ともにちくま新書)がある。
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(ブロードキャスター ピーター・バラカン、実業家 塚谷 泰生)