■監査役会は社長の「翼賛機関」だった

東証一部上場企業の電気興業がガバナンス不全の泥沼に陥っている。筆者はプレジデントオンラインで、これまで6月25日付と8月13日付の2回、この問題を取り上げてきた。

ひとことでいえば、松澤幹夫前社長が女性社員に対するセクハラで退任に追い込まれたにもかかわらず、電気興業は「社長交代は世代交代によるもの」というウソをついた。その結果、次々に新たなウソを重ねることになり、最高意思決定機関である株主総会で株主をも欺かなければならない事態に至っている。

電気興業の松澤幹夫前社長(写真=電気興業第94期報告書より

前回までの記事では、電気興業の企業統治の不全において、その要となる社外取締役がまともに機能していないことを指摘した。しかし電気興業が抱える問題はそれだけではない。実は監査役会も機能せず、松澤幹夫前社長の翼賛機関のような状況だった。

松澤幹夫前社長のセクハラや交際費に不明朗な点が多い点などについて、監査役会は調査報告書をまとめてはいるが、調査のプロセスから見ても、結果から見てもザル同然だった。そればかりか、問題のすり替えも行われていたのではないか。

■目的がすり替えられていった調査報告書

電気興業の監査役会は、前社長が女性社員に対して働いたセクハラや、不透明な交際費支出、利益相反取引に関し、中間報告を含めて3つの調査報告書を作成している。

2月に開かれた臨時取締役会では社内取締役の合意により、松澤氏の社長解任を決議する運びになっていたが、決議の直前に松澤氏が社長退任と後継社長指名の緊急動議を提出。松澤氏の解任は宙に浮いてしまっていた。その3カ月後に作られたのが中間報告である。

5月10日に調査の中間報告を書面にまとめ、同21日に内容を補足する形で最終的な調査報告書を作り上げた。しかし議論の結果、作成し直すことになり、6月1日に「調査結果報告書」としてまとめ上げている。

不可解なのは、当初は松澤氏のセクハラや不明朗な支出を調べる目的だったのが、松澤氏の問題行動にストップをかけなかった側近らの責任追及が大きく取り上げられ、セクハラなどの責任追及が権力闘争やクーデターにすり替えられていたことだ。

■「退任は世代交代」という説明は真実だったのか

それら調査報告書の内容を子細に検分しよう。5月10日の中間報告ではセクハラについて「松澤前社長は、取締役会での謝罪、社長辞任、代表権の返上及び報酬の自主返納を行っており、本件への対処として社会通念上不足するところはないと認められる」とし、松澤氏の社長退任はセクハラが原因であったことを明確に指摘している。

これが記されているのは中間報告ではあるが、その後監査役会では「すでに(外部弁護士らによって)調査済み」として、セクハラに関する調査は打ち切っており、セクハラに関してはこの中間報告が事実上の最終報告である。

電気興業は現在も世代交代によるものと言い張っているが、監査役会の報告書はこの説明を覆す内容だ。近藤忠登史社長は6月の株主総会でも松澤氏の退任を「世代交代によるもの」と説明したのは、株主にウソをついたことにならないのか。

現社長の近藤忠登史氏(写真=電気興業第95期報告書より)

電気興業に説明を求めたところ、「中長期経営戦略の実現を目指し、新たなリーダーシップの発揮を期待して、社長交代が行われました。『投資家の判断を誤らせかねない虚偽』とする貴殿の見解は、弊社の見解とは異なるものと認識しております」と説明にならない説明を繰り返している。

■社長をひたすら守る社外取締役と監査役会

疑問はまだある。社外取締役が立ち上げた調査チームも監査役会も、松澤氏について「違法行為があったとまでは言えない」としながら、これを制止しなかった社内ナンバー2の石松康次郎専務(当時)については善管注意義務違反があったと指摘している点だ。

松澤氏のセクハラなどは違法行為ではないのに、これを見咎めなかった石松氏は違法行為があったというのでは、理屈としておかしいし、責任のバランスも悪い。石松氏に善管注意義務違反があるとするなら、それは松澤氏に違法行為があったことが前提になるはずではないか。

こうした疑問を解き明かす上で補助線になるのが、社外取締役らが指摘する「血判状」であろう。セクハラについて被害者女性から電気興業の管理部門に通報があった直後の1月29日、社内取締役が西村あさひ法律事務所に相談した際に作成した文書である。西村あさひの弁護士から取締役会で多数派を形成することが重要だとの助言を得て、5人の社内取締役が結束の証として署名捺印して社外取締役に渡したのだ。

しかし、鈴木則義社外取締役(当時)らが取締役会でこれをクーデターのための「血判状」と言い出して、これを松澤氏擁護の材料に使った。鈴木氏は自らが社長を務めていたエドモン・ドゥ・ロスチャイルド日興(SMBC日興証券の出資先で外部委託先)を通じて「利益相反取引があったのではないか」として、社内調査の対象になった人物である(この調査ではこの取引も問題なしとして片付けている)。

■「交際費」名目で数万円の食品を買い続けた

監査役会は、松澤氏の交際費についても体裁を取り繕うだけの調査で済ませている。「電気興業の利益との比較で、交際費の額は大きいとは言えない」として、松澤氏をお咎めなしとしたが、交際費の具体的な内容については精査していない。

松澤氏が交際費で購入した領収書に目をやると、大手デパートでローヤルゼリーやパプリカ、納豆、ヨーグルト、健康食品など、消費税の軽減税率が適用されている品目、つまり食品を数万円ずつ数日おきに購入し、これを交際費で落としていたことがわかる。宛名や日付は空欄のままになっている領収書も多い。関係者によれば、空欄になっていた宛名を秘書室が書き込んでいたようで、たしかによく似た筆跡のあて名書きが並んでいるが、監査役会の調査ではこれにも目をつむった。

松澤氏が被害者女性に買い与えようとして受け取りを拒まれた37万円のゴルフ道具代金の返金もあいまいなままだ。監査役会の報告書では代金について、「報酬の自主返納により会社に返済されていると認められる」と片付けており、37万円は報酬の自主返納分に含まれているらしい。

■不適切支出の返金すら確認できていない

「らしい」と書いたのは、それを誰も確認していないからであり、監査役会による調査でも、田宮弘志監査役が「37万円を(自主返納とは別に返却して)頂いたというのは見つかっていないです」と話している。この場での田宮氏の説明にはしきりに「想像ですけども」という言葉が出てきており、監査役会のおざなりぶりが察せられる。

社会常識から言えば、役員報酬の自主返納と、不適切な支出の返金は別のものだろう。

セクハラの被害者女性と松澤氏の間で解決金100万円を支払うことで合意書を交わし、どういうわけかそこに電気興業が連帯債務者として加わっていることは、前回までに触れた通りだ。

合意書には決められた日までに、被害者女性の銀行口座に振り込むことが明記されているが、実際には近藤社長から現金が手渡しされており、「そのカネは松澤氏が立て替えた形になっている交際費の精算分を保管する秘書室の金庫から手掴みで取り出したもの」(関係者)だという。ローヤルゼリーや納豆などの買い物を交際費として会社に支払わせたカネが秘書室にプールされており、これが解決金に化けたことになる。

まさに「暗闘(だんまり)」である。電気興業は監査役会などではなく、独立した外部の有識者を集めて第三者委員会を立ち上げるべきであろう。

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山口 義正(やまぐち・よしまさ)
ジャーナリスト
1967年生まれ。 愛知県出身。法政大学法学部卒。日本公社債研究所(現格付投資情報センター)アナリスト、日本経済新聞社証券部記者などを経て、現在は経済ジャーナリスト。月刊誌『FACTA』でオリンパスの不透明な買収案件を暴き、第18回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞を受賞。 著書に『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』(講談社)などがある。
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(ジャーナリスト 山口 義正)